41・孤児院
人間の領地の在る大陸と魔王が治める大陸の間を隔てて、海が横たわっている。
遠くではあるが、対岸が見えるくらいの距離しかない海峡だ。
その海峡の間に人族と魔族や亜人等が住む、中立地帯の島があった。
俺達はコナー男爵の屋敷に滞在して、一度セーラの迷宮に戻ってから数日後、再度この島に戻って来た。
よしよしエリザベートとヴィクトリアはもう居ない様だな。
コナー男爵の治める島半分側から、魔族領の島半分側へと移動することにする。
移動と言っても本当に歩いて行くだけで、門や壁等の仕切りも無ければ、番人なども居ない。
島の両端にある各男爵達が住む場所とは違い、島の中心部のこの境界の辺り一帯は、人間側の住人と魔族側の住人が、一緒に暮らしている稀有な地域だ。
「あの、すみません。ちょっと寄りたい場所があるのですが……」
またかクラリッサ! 前回お前のせいで大変な目に遭っただろう? 忘れたのか!
「いいですよ~行きましょう。ねぇ陸さん、リタちゃん」
「いいよ、どこへ行くんだクラリッサ姉」
お前等……。
はぁ、まぁいいか。先を急いでいる訳ではないし、逆にゆっくりと行きたいのでかえって好都合か。
勇者の中には俺より先行している奴等もいる。
俺が寄り道や一地域に留まるとかして、差が更に開くなら俺としては嬉しい話だ。
先行組が先に魔王の所へ乗り込んで、倒してしまってくれても全然構わない。むしろ頑張って倒してくれ。
「陸さん?」
「ああ、すまんクラリッサ。じゃあ行こうか」
「はい」
嬉しそうに返事をするクラリッサ。彼女が変な事を企んでない事を祈ろう。
人族と魔族が入り乱れるこの区域の少し外れに、寂れた様に見える古い建物が見えて来た。古いが建物自体は大きい。
「ここです」
クラリッサが入り口に立ちドアをノックすると直ぐに返事が帰って来て、中からクラリッサと同じくらいの歳の少女が顔を出した。
「あ、クラリッサ、お久しぶり。こっちに帰って来てたの?」
「突然来ちゃってごめんなさいね、貴方も元気そうねライラ」
二人は挨拶を交わした後、ライラと呼ばれた少女が入り口で立ち話も何だからと、家の中に通してくれた。外見と同様に家の中も古びていた。
……すまん正直に言おう、ボロい家だった。ドアや床がギシギシと音は鳴るし、壁は所々穴が空いていた。
クラリッサの屋敷と比べると天と地の差だ。
「ごめんね、何のおもてなしも出来ずに……」
「いいのよ、少し様子を見に来ただけだから」
「そう言えば、ありがとう。先日バスチャンさんがクラリッサからの援助金を持ってきてくれたわ。何度も何度も……本当に感謝するわ」
「何言ってるの、メアリやアンも協力して援助してくれているでしょ」
「一番援助してくれているのはクラリッサよ、お陰で孤児院の子供達も元気で暮らせているのよ」
意外だ、この町はこんな危険な場所にあるにも拘わらず、治安がいい上に豊かな町に見えた。コナー男爵はあんなのだが極悪人には見えないしな。それなのにもかかわらず、身寄りのない子供達が集まる孤児院がこんなにもボロ屋だとは……。
ちなみにメアリとアンと言うのはクラリッサとライラの友達らしい。
「一見仲が良いように見えても魔族と人間の混血には冷たい人が多いからね、これからも協力させて頂戴、ライラ」
「ありがとうクラリッサ」
成程そういう事か、ここでは混血は忌み嫌われてると。
話を聞くとこの少女も混血だそうだ。ちょっと見ただけでは全然分からないのだが。
親の代から混血児の為の孤児院を開いていたのだが、院長の父親が倒れてから大変だったそうだ。
「そう言えば面白い事があったのよ」
ライラが会話の途中で、そう切り出した。
「町で子供達がある人にぶつかって、その人が怒鳴りながら乗り込んで来たの。責任者を出せとか、ぶっ殺してやるとか」
「ええ、それのどこが面白い話なの?」
「うちの状況を知ったその方が、泣きながら結構な額のお金を出してね、貸してやる、返すのはいつでも構わん百年後でも千年後でも……って」
「それって、同情してお金を置いて行ったって事?」
「そうなの、根は良い方でしたよ。しかも驚くなかれ、その方は勇者だったの、名前は空様……」
「「「「ブッ!」」」」
「ど、どうしたのクラリッサ、皆さんも」
クラリッサだけではない、セーラもリタも、当然俺も噴き出した。
あいつそんなキャラだったか? 頭に血がのぼってクラリッサとリタを殺そうとしてた奴だぞ?
口を揃えて何でもないですと答える俺達。いや言えないだろう、流石に。
「陸さん、私達も負けてはいられないですね」
あの~何を言い出すのかなセーラさん?
セーラはいつもの様に自分の胸の谷間に手を突っ込み、ある物を取り出した。
そのある物とは……
ドンッと積まれた金貨袋の山。
「クラリッサさんのご友人が困っているなら助けるのは当然です。何しろこの方も勇者様なのですから!」
「えええっ!」
驚くライラに満足げに頷き、俺に向かってウィンクをするセーラ。
それセーラの金だよね?
まぁ、深くは突っ込むまい。何やら、当然の妻のつとめがどーのとか、寝言を言ってたが無視だ無視。
俺の金では無いのに、図々しく寄付しましたとは言えないだろ。
だがセーラも譲らなかった。結局勇者と聖女の共同寄付という形で落ち着いた。
セーラは「陸さんと共同作業、ウフフフフ」と気持ち悪く笑っていたがスルーしておく。構ったら面倒臭そうだし……。
ライラだけではなく、クラリッサにまでお礼を言われた。
だから俺に言うなよ、お礼ならセーラに言え。見てただろ俺達のやり取りを……。
いつまでもここに居ても迷惑だろうし、早々に立ち去る事にしよう。
俺達を見送るライラと孤児の子供達。
一応執事のバスチャンが色々と気をかけてくれているらしいので、心配する事は無いだろう。
コナー男爵も混血児を忌み嫌う風潮のせいで、ライラ達を表立っては保護しきれないそうだ。
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魔族側のサウス男爵が治める地域に足を踏み入れても、人間である俺やクラリッサに突っかかって来る者もいない。本当に不思議な町である。
「昔は魔族や獣人の友達と一緒に遊んだものなんですよ」
クラリッサが懐かしそうに遠い目をしながらそう語る。
大人になって国の事情が分かるようになると、次第に疎遠になってしまった者も多いそうだ。
それでも何人かは、あちら側の友達がいるらしい。
まぁ、同じ人間でも反りの合わない奴は合わないし、種族が違っても気の合う奴は居るだろうしな。
「さぁ参りましょう~」
今回はセーラが先頭に立ってサウス男爵の屋敷の敷地に足を踏み入れる。
人間側で聖女と呼ばれている者が、魔王側の男爵の屋敷に入って行くって風評的にどうなんだと思うのだが……。
「おお、よく参られましたセーラ様、そして勇者一行の方々」
何とサウス男爵自らが出迎えてくれた。
男爵はスラリと背が高く中々イケメンの青年だ。ただ若く見えるが彼は魔族だから見た目通りの年齢ではないかもしれないが。
それにしても中立地帯のこの街にいるとはいえ、魔王側の領主が俺達に対し、友好的に接してくれるとは不思議なものだ。
きっと魔王軍幹部のセーラが横に居るからだからだろう。
……そう思っていたが、クラリッサが「サウス男爵は実家のコナー男爵家をよく訪問して来る上に、一般市民の人間にも人気があるんですよ」と教えてくれた。
どうやらこの友好的な態度は、サウス男爵の普段通りの対応らしい。
いやいや、魔族で権力者だぞ? 人を騙すのに長けているだけでは?
騙すと言うのは言い過ぎかもしれないが、地域を治める者なら自分の都合のいいように手を回したり、仲間に引き込んだりするのも仕事の内だと言うのに、まんまと手の上で踊らされてないか?
しかしここで、俺だけ反抗的な態度に出るのは愚策だろう。この友好的な態度を取る男爵に、心を許しておくフリをしていた方がいいと思う。
「お世話になりますね、サウス男爵」
「はい、お好きなだけご滞在くださいセーラ様、それと勇者と仲間の方々」
笑顔で挨拶を交わすセーラとサウス男爵。
一見ほんわかした雰囲気だが、二人共魔王軍のお偉いさんだ。腹の探り合いでもしてるのではないだろうか? そう考えてみるとこの二人、胡散臭さい事この上ない。
「おや、これはひょっとしてコナー家のお嬢さんではないですか?」
「はい、お久しぶりですサウス男爵」
「やっぱりそうですか、お久しぶりですクラリッサ嬢」
共に町を治めている貴族同士、交流もあって然りだろうし、先程クラリッサがこの魔族の男爵は、よくコナー男爵家に訪問に来ていたと言っていた。当然顔見知りだった訳だ。
「クラリッサ嬢がセーラ様と一緒におられるとは、勇者殿の件はご存知とみてよいのですね?」
「はい、存じております、セーラさんが魔王軍の幹部という事も、魔王のちょっと理解不能な計画も」
「ははは、理解不能ですか違いないですね。わざわざ自分を倒せるくらいの勇者を育てるなんて、魔族の私でさえ理解できませんよ」
「サウス男爵、そんな事を言っていいんですか~?」
「これは失言でした、聞かなかった事にしてくれるとありがたいですね」
この会話、屋敷の中に通され、男爵自らの案内で応接室に行く途中の廊下での話だ。
懐かしい友人と知り合いの娘と世間話をする位の軽い感じの口調で、何気に重大な会話を話していた。
おいおい大丈夫なのか?
男爵家の屋敷の中だ、盗聴される事は無いだろうし。使用人たちも信用できる者達しか雇用してないだろう。
それにサウス男爵は、コナー男爵と比べて強かそうな感じがするしな。心配には及ばないのだろう。




