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40/122

40・混乱

 その後、食事もそこそこにお開きとなった。まぁそうなるよな。

 俺達は各自に用意された部屋に戻ることになって解散したが、俺だけ皆に分からない様に男爵夫妻に呼び止められた。


「荷物持ちの下人よりはマシかと思っていたんだが……あの勇者め」


 男爵はいきなり意味不明の言葉を吐いた。ん、ひょっとして独り言なのか?


「しかしながら、下人に娘をあげるわけにはいきませんからね」


 男爵夫人も理解不能な言葉を呟く。やはり独り言なのか? 


「ともかく勇者は駄目だ、クラリッサの嫁にはやれん!」


 ああ、それは分かる。流石にあんな態度を取られちゃな。

 ついでに俺に対する警告だろうか? 安心してくれ、俺にそんなつもりは毛頭ないから。


「分かります、勇者は総じて屑ばかりですから」

「おお、分かってるじゃないか、クラリッサは……娘は勇者に幻想を持ち過ぎなのだよ」


 いや、クラリッサはその勇者を利用しているんだぞ。親である男爵夫妻は知らないのか?

 やれやれ、この男爵夫妻は純粋に娘の心配をしているのだろう、クラリッサと違いできた親じゃないか。


「君に使命を与えよう、当然ながら拒否権はないぞ」

「これで懲りたならいいのですが……これから先、クラリッサが勇者にうつつを抜かさぬ様に見張るのです、いいですね?」


 おやおや、すっかり勇者嫌いになってしまった様だなこの夫婦。

 仕方がないな、この娘思いの両親の頼みだ従ってやるか。娘の為に嫌いな勇者である俺に頼んでいるのだからな。


「では、下がってよいぞ」


 俺は一礼して部屋を出て屋敷の外へ、昼間に案内された離れに向かった。

 離れは意外に広くて、屋敷で働いている下っ端の人達が寝泊まりをしていた。


「真面目に働いていれば、旦那様達に気に入ってもらえるかもしれない、そうすれば儂らの様な平民でも良い暮らしができるさ」

「ああ、それにこの町は平民には優しい方だしな、男爵様は我々に手を上げたりはしないからな」

「まぁ頑張れ、あのお嬢さんの世話は大変かもしれんが」


 こんな風に俺を励ましてくれる屋敷の使用人の方々、俺は勇者と言っても平民の筈だからな。至極当然な話だ。

 勇者を偉いと勘違いしている勇者自身が多いからな、実際はこんな下っ端の使用人と同じ対応をされても文句を言えないと思うのだ。

 まぁ、今回は男爵夫婦が勇者嫌いだと言うこともあって、この待遇なのだろうし、気にはしない。


 明け方になって何やら屋敷の外が騒がしくなってきた。

 何事かと思って窓の外を見ると、見覚えのある方々が大勢の護衛と共にそこに居た。


「陸様は何処におられる!」

「勇者陸様ですわ、ここにおられるのは分かっているのですのよ!」


 なんとエリザベートとヴィクトリアだ。

 何故こんな所に? いや今の台詞からすると俺を探していたのか?

 しつこい奴等である。


「そのような方はここにはおられません、勇者海様なら昨日何処かへ行かれましたが……」

「海? そんな者は知りません。私クインズ公爵家ヴィクトリアが探しているのは陸様です、隠し立てすると只ではおきませんよ?」

「ああそうだぞ、アルメリア王国王女である私、エリザベートが探しているのは陸様だけだ、直ぐにお会いさせろ!」

「しょ、少々お待ちください! 旦那様大変でございます、旦那様!」


 ああ、可哀想に。全く権力を翳した奴らは嫌だねぇ。


「エリザベート様? ヴィクトリア様? どうされたのですか」


 クラリッサが慌てて出てくる。


「おお、無事だったかクラリッサ、あの空と言う無法者に攫われたので心配しておったぞ、貴女が無事なら陸様も無事なのだな?」


 ああ、そう言えばそういう事になっていたな、セーラの悪戯で。


「は、はい、ですが陸様が屋敷に見つからないのです」


 クラリッサが困った顔でそう告げる。

 それはそうだ、俺は離れの使用人が住んでいるこの小屋に泊まっているのだから、当然屋敷には居ないよな。

 屋敷から続けてセーラとリタも出てきた、リタはまだ寝ぼけていてボーとしていた。

 一方セーラは俺に気付いたらしく、最初何でそこに居るの? と不思議な顔をして首を傾げていたが、その後ニヨニヨといつもの笑い顔を浮かべて、事の成り行きを楽しむ事にした様子だった。

 相変わらず人が悪い女である。


「中へ、取り敢えず屋敷の中へお入りください、エリザベート様、ヴィクトリア様!」


 駆け足で戻って来たバスチャンが、汗を浮かべた困り顔で王侯貴族の二人を屋敷の中へ案内をする。

 あ~あ、あんなに慌てて可哀想に。

 面白そうなので俺も同行させてもらおう。

 最近レベルも上がって使える魔法が増えたのだが、その中に一時的に姿と音、そして匂いまで消すステルス魔法があるのだ。

 無論魔法の都ケビンで購入した魔法で、ありがたい事に格安で手に入れることが出来た。

 賢者ケビンをおだてた甲斐があったというものだ。


 屋敷にある来客用の広く豪勢な部屋に皆集まっていた。

 セーラだけは姿を消している俺を一度ちらりと見たのでバレている様だが、他は俺に気付いてはいない。

 ふむ、レベルのせいか、もしくはこっそりと見に来ると見込んで見破りの魔法でもかけていたのかなセーラは。

 しかし……ちょっと背徳感があってドキドキするな。

 部屋の上座に二人揃って腰掛けているアルメリアの王族と自国の上級貴族のお二人。ヴィクトリアは腕を組み、エリザベートに至っては足まで組んで偉そうな態度だ。

 まぁ、友好国の王女と自国の公爵家の娘だからな、いくら爵位のある男爵でも何も言えまい。

 あ~嫌だね、権力を傘にした態度って。


「そ、それで勇者陸様とは……一体誰の事なのですか?」

「何ですって!」

「まだしらばっくれるのかコナー男爵!」

「い、いえそのような事は、決して!」


 権力者二人に凄い剣幕で攻め立てられ、汗を拭きながらしどろもどろになる男爵。

 昨日の貴族らしい堂々たる態度は見る影も無く、蛇に睨まれた蛙の様だ。


「お父様、何を言っているのですか? 昨日私と一緒に来た男性が勇者陸さんですよ、お忘れですか」

「な、何!? い、いや……分かっていたよ……ああ分かってた」

「ところでお父様、陸さんは何処のお部屋にお泊りされたのですか? 昨日から探していたのですが、どの部屋にもおられなくて……」


 それを聞いてコナー男爵が大量の脂汗を流す、横に控えていた夫人は気分が悪いのか顔が真っ青だ。

 コナー男爵は後ろに控えていたバスチャンを呼び寄せ耳打ちすると、執事バスチャンは一礼した後に部屋を飛び出していく。

 あの様子だと俺を呼びに行ったみたいだが、残念ながら俺は今ここに居る。


「……よもやと思うが、我が国の宝である勇者陸様に無礼な真似はしてないだろうな? コナー男爵?」


 エリザベートが見下した目で男爵を見つめる。

 やめろよエリザベート、それあまりいい気持じゃあないぞ。実際俺はそんな目で見下されたしな。


「もし陸様を蔑ろにしているようなら……分かってますよね男爵?」


 ヴィクトリアが冷ややかな目を男爵に向ける、ああ、初めて会った時に俺もそんな目で見られていたな。

 無論いい気分ではない、ドMではないからな俺は。


「あ、あの勇者陸様とは、一体どのような者なのでしょう……」

「お父様、ご存知ないのですか?」

「い、いや、知っておるぞ、おお知っておる、のぅお前」

「ええ、そうですわ、あなた」

「ただ詳しく知りたいだけなのだ、そう詳しく」

「ええ、そうですわ、詳しく知りたいだけなの」


 男爵夫妻はお互いを見つめ合いながらそう言っていた。

 まぁ、ここに住んでいては娘の周りの事とは言え、噂くらいしか知る術が無いのかもしれない。

 それにこんな変わった領地だ、多忙で情報を纏めきれてないのだろう。


「はぁ、勇者陸様はアルメリアでは領民を救ったり、他の勇者や冒険者を手助けしたりと真摯でとても信頼の厚い勇者だ。聖女セーラ殿が傍らに着き従うくらいにはな。不幸にも冤罪をかけられた事があったが決して挫けず高い志を持った、私にとっても大切な方だ」


 エリザベートが何故か自慢げに語る。

 誰が大切な方だって? それに冤罪をかけた本人が言う事ではないと思うが。

 あっ、それより冤罪は認めたんだな。ではエリザベートは俺を取り込む為に俺を探している線が濃厚になった訳だ。

 ……つまり俺を国の為に利用したいのだ。


「全くこの国に居て、陸様のご活躍を知らないとは呆れますわ。陸様は王都キングスに襲来したアルティメイトモンスターを撃退し、その際に私の命を救ってくれたナイト様なのですよ。陸様には是非我がクインズに来ていただき私と、その……とにかく、素晴らしい方ですのよ」


 まだ言ってやがる、いい加減にその間違った噂を広げるの止めてくれよ。

 アレは魔王軍幹部のセーラを見て巨大羊が勝手に逃げ出しただけだっての。

 それにたまたま俺の方にヴィクトリアが落ちて来たので受け止めただけで、他意は無い。

 しかし、ヴィクトリアも俺を取り込もうと動いているのか。

 事実ではない功績で名声が高くなってしまった俺を利用し、領地を纏める為に一役かってもらうつもりだろうが、そうはいかん。

 利用されるのが分かってて行く筈はないだろう? 俺だってそれ程馬鹿ではない。


 エリザベートとヴィクトリアの話を聞いて男爵夫妻は震え上がっていた。

 やれやれ王族や上級貴族が下級貴族を虐めるのを見るのは、あまりいい気分では無いな。


「大変です旦那様、勇者様がおられません!」

「よ、よく探したのか? 敷地からは出ておらぬのだろう? 離れに一緒に泊まっていた使用人達に聞いて……はっ!」

「男爵……何故勇者陸様が使用人と一緒に泊まるのだ?」

「離れと言いましたわね、屋敷では無く?」

「はわわわわっ、そ、その違うのです、何かの手違いで、そう手違いでして」


 男爵が椅子から崩れ落ち、夫人は気を失ってしまった。

 ……何だろう、俺のせいで大変な事になっている気がする。

 俺は黙って修羅場と化した部屋から出て、転移魔法を使いセーラのアジトである迷宮最下層へ飛んだ。

 クラリッサとリタはセーラが転移魔法で連れて来てくれるだろうから問題無いだろう。

 案の定、数時間後に三人は迷宮に戻って来た。


「すみません陸さん、父と母が失礼な事をして」

「謝る必要は無いよ。クラリッサを心配しての行動だろ、気にしてないさ」

「り、陸さん……」


 クラリッサが帰るなり俺に謝ってきたが、俺の台詞通り娘を心配しての行動なのは昨夜の男爵夫妻との会話で分かっていた。

 やれやれクラリッサももう少し親心に気付くべきだな。


「あ~面白……愉快じゃなくて……大変だったわねぇ~」


 おいセーラ、本音が駄々漏れだぞ。相変わらず人の不幸が好きな奴である。


「なぁエリザベート様とヴィクトリア様、いつも一緒に陸様を追いかけて来るよな、仲いいのか?」

「仲がいいんじゃなくて気が合うんじゃないか」


 リタの疑問に俺なりの回答を口にする。身分の高いご令嬢の考える事は分からん。


 コナー領には一度行ってしまえば次回からは転移魔法で行けるし、先へ進むという目的は果たしただろう。

 そもそも最初からクラリッサの両親と会うつもりもなかったからな。

 エリザベートとヴィクトリアが諦めてコナー領を離れてから、また戻ろうと思う。勿論男爵夫妻に会うつもりは無い。

 あと、出来れば海とも会いたくは無いな。アレは何だか面倒臭い気がするからな。

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