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4・奴隷

 今日は昨日より少し遠めの場所でモンスターを狩る事にした。

 町から離れるとモンスターも比例して強くなる傾向にあるが、その分経験値はおいしいそうだ。

 ただ、まだ俺のレベルでは危険なので、迂闊に森の奥とかには入らないように用心しよう。

 王都周辺のモンスターは小型のモンスターが多く、解体しても買い取り価格が二束三文のモンスターばかりなので、今日は解体作業は無しだ。

 まぁ荷物になるしな、確実に儲かるモンスターしか解体して持ち帰らないのが普通か。ゲームみたいに魔法やスキルで収納できればいいんだけどな。

 ……魔法があるんだから、そんな便利魔法があってもおかしくないか。今度クラリッサにそれとなく聞いてみるか。


 俺達は慎重にモンスターとの戦闘をこなし、時間は昼に差し掛かろうとしていた。


「クラリッサ、そろそろ休憩にしないか?」

「はい、ではお昼にしましょう、宿屋でお弁当を作ってもらいましたので、これを頂きましょう陸さん」

「ありがとう、気が利くなクラリッサは」

「そ、そんな勇者様とご一緒なのですから当然の事です」


 クラリッサは少し照れながら俺を小さなログハウスの様な場所に案内した。森の入り口付近に建つこの木造物は何なのだろうか?


「ここは結界が張られていて森で襲われた時に逃げ込める避難所なんです。まだここは町に近いですし街道沿いですからね、こういった場所が何か所かあるんですよ。行商人とか旅人がよく利用しますね」

「へ~こんな建物があったなんて、じゃあ俺達は安心して休憩できるな」

「はい。あ、今は誰も居ないみたいですよ。私達の貸し切りですね」


 ふふふ、俺を安心させようとしても無駄だ。

 モンスターが襲って来なくてもクラリッサ、お前が俺を襲うかもしれないからな。俺はしまい込んだ金貨を握りしめて気を引き締めた。

 弁当の味は中々のもので量も申し分なかった。

 ただ、俺はここで致命的な失敗を侵してしまったのだ。

 暖かく、程良い満腹感、疲れ気味の身体を少し休めようと僅かに目を瞑った。

 ……熟睡してしまったのである。

 思い起こせば昨日は一睡もしてなかったのである。そりゃ寝てしまうよな、クソッ何たる失態だろうか。

 意識を取り戻し俺は懐に手をやり金貨の入った袋を確認する。あった、まだ金貨は俺の手の中にある。

 ……どういう事だ、俺が眠りこけてる今こそ、クラリッサには千載一遇のチャンスだった筈だ。

 気が付けば俺の頭に柔らかい感触が……目の前にはクラリッサの顔がすぐ近くにあった。何と俺はクラリッサに膝枕をしてもらったまま、昼寝をしていたのだ。

 しかしクラリッサの様子がおかしい。よく見るとクラリッサ本人も俺を膝枕したまま眠っていたのである。

 はっ、そうか、そういう事か!

 クラリッサもしくじったのだ。

 クラリッサも俺が本当に眠っているのか疑心暗鬼に陥っているうちに、迂闊にも自分も眠ってしまったのだ。

 危ない危ない正に危機一髪である。

 二度とこんな失敗はしない様に肝に銘じなければ、今回みたいに幸運が何度も続く可能性は無いのだから。


 クラリッサの膝の上で俺が思考をフル回転させ、同時に反省しているうちにクラリッサが目を覚まし、俺と目が合った。

 俺は先程までの不覚を取ったという焦りを微塵も見せずに、クラリッサに話しかける。


「おはよう、どうやら眠っていたみたいだ。ありがとう膝枕までしてもらって、足は痺れてないかい?」

「え、ええ大丈夫です、私こそ勝手に膝枕なんてしてしまってすみませんでした。ただちょっと憧れていたので……」


 顔を赤らめモジモジと落ち着かない様子のクラリッサ。純粋に見たらなんて愛らしく可憐な姿なのだろうか。

 だが、俺は騙されんぞ。

 俺のような大していい男じゃない奴が自分の膝の上で眠っていたのだ。更に俺が頭を乗っけていたスカート部は汗で湿って気持ち悪くなっている事だろう。

 照れてる様子に見えるが、その実は不快なのを隠す為のカモフラージュに違いない。

 流石は冒険者のクラリッサ、強かな少女である。

 彼女は嫌な顔一つしないでニコニコと微笑みながら、出しっぱなしだった弁当箱を片付けていた。


 外を見ると日が少し傾いていた。ふむ、今日はこれで止めておくか。


「クラリッサ、今日はこの辺で切り上げないか、中途半端な時間になってしまったし」

「そうですね、では明日からまた頑張るとしましょう」


 ニッコリ笑って俺に同意してくれた。クラリッサは俺に従順を装っているので、こんな事では反対はしない筈だ。


 町に帰る途中で変わった一団を見かけた。

 先頭を歩いているのは同じクラスだった男だ……名前は忘れたな。ただアニメやゲームが大好きで、それを隠しもしないで教室で喋っていたのを思い出した。

 俺もオタクだが、どちらかと言えば隠れオタクだ。奴の様に赤裸々にオタクアピール出来るほど肝は据わってはいない。

 あれはいつか黒歴史になるだろうから、彼の事は黒歴史君と呼ぶことにしよう。

 黒歴史君のパーティは変わっていた。

 彼を先頭に後ろ五人は獣耳の少女達で、歳は俺達と同じくらいから小学低学年くらいの幼女までバラバラだ。

 皆大きな首輪をしていて、着てる服も御世辞にも良いとはいえない、みすぼらしい姿だった。おまけに皆、こん棒とも言えない棒きれや剣とも言えない錆びた刃物を手にしている。

 おいおい、あれは武器としてどうなんだ? いやそれよりも、まさかと思うが彼女等を戦闘に参加させているのか?


「あの獣人達は奴隷ですね、この時期になると隣町で奴隷商が頻繁に来るようになると聞いていたのですが、まさか本当に奴隷を……」

「奴隷だって……クラリッサそれはどういう事なんだ?」

「はい、私も聞いた話なのですが、勇者様が召喚される時期には少女の奴隷がよく売れるそうで……その、こう言うのは嫌なのですけど、奴隷商の書き入れ時なんだそうです」


 何だと? アニメやゲームならいざ知らず、本当に少女達を戦わせるのは無理があるだろう。

 クラリッサによると獣人族は人族より力が強いそうだが……いやいや、限度があるだろ。見てみろ、あんな細い腕でモンスターと戦えるのか?


「全く愚かな事だな」

「そ、そうですよね。陸さんならそう言ってくれると思ってました!」


 俺の否定の言葉に喜ぶクラリッサ。

 どうやら俺の考えを読んだようだな。流石はその若さで冒険者をしているだけはある。

 そう、逆らえない奴隷を買うなら屈強な男しかないだろう。愛玩用みたいな少女を買ってどうする? モンスターと戦い続けていかねばならない以上、どう考えても俺の盾となってくれる者が必要だからだ。

 しかし普通に考えてそんな使える男の奴隷は、高いと相場が決まっている。主の身を守ってくれるだけでは無く、働き手としても優秀な実用的な奴隷を欲しがるのはこの地に住む者なら当然だろう。当然値も高くなる筈だ。


 俺は黒歴史君に話かけたくも無いので、視界に入らないように立ち去ろうとしたところ、目ざとく見つかってしまった。何故か駆け足で俺達に近付いて来た。


「お~い、久しぶりじゃないか、え~と……うん、久しぶりだなぁ」


 どうやら奴も俺の名前を忘れたらしい、お互い様だな。

 敢えて名乗り合う事もしない、どうせ聞いても直ぐ忘れるからだ。


「ああ、久しぶり。じゃあ俺達急ぐんで」


 さっさとここから逃げ出そうとしたが、腕を掴まれ止められた。クソッ触るな。男に触られて喜ぶ趣味は無い。


「待てよ、どこで手に入れたんだ、その奴隷?」


 はぁ、何を言ってやがる、俺は奴隷なんて買ってないっての。黒歴史君の視線の先にはクラリッサが居た。

 はは~ん、俺が奴隷商でクラリッサを買ったと思っているんだな。

 クラリッサもそれに気付き、口をへの字に曲げて怒っていた。


「そちらの勇者様、私は奴隷ではありません。国に雇われた冒険者で陸さんにお仕えしているのです」

「あ、そうなんだ、奴隷商じゃそんな上玉見かけなかったからさぁ、つい」


 失礼極まりない男だな。

 獣人の少女達を見ると、目を伏せた者や睨みつけている者、死んだ魚の様な目の者色々だ。ただ言えるのは笑っている者は一人も居ない。

 気分が悪くなりそうなので本当にここから立ち去る事にする。

 クラリッサは獣人の少女達を悲しそうに見つめた後、意を決したように背を向け俺の後に続いた。

 この国の人間でも、あまり気持のいいものではないようだ。


 宿屋に着くと早速部屋を変える旨を伝えた。

 別部屋にしないと今日の様な失態を晒すことになる。運良く金を取られずに済んだが二度目はないだろう。

 クラリッサが勿体無いからと文句を言っていたが今回は譲らない。

 一人用の小部屋二部屋で銅貨四枚だ、たった銅貨一枚で安心が買えるなら安いものだ。

 酒場で飲食を取っている頃にはクラリッサの機嫌は直っていた。


「い~んです、私は大切にされてるって事なんですから~」


 酔いながらそう愚痴をこぼす。

 ふふん、そういう事にしておいてやる。別部屋に出来るなら理由なんてどうでもいい。

 何やら宿のカウンターが騒がしい。何気なく見てみるとさっきの黒歴史君が大声で叫んでいた。

 絡まれたら厄介なので、顔が見えないように上手く背を向ける。

 幸いクラリッサは柱の陰でカウンターからは見えない位置だ。


「何で奴隷と一緒じゃ駄目なんだよ、ここ宿だろ? 金なら払うからさぁ」

「ウチは奴隷はお断りしてるんですよ、町外れに奴隷も泊まれる宿があるんでそこ行ってもらえますか」

「あの、オンボロ宿に泊まれって言うのかよ、俺は勇者だぞ」

「勇者でもです。それに勇者が奴隷ってどうなんですかねぇ」


 カウンターの親父がそう言うと、酒場に居る何人かが笑い出した。まぁ、そうなるよな。


「くそ、おぼえてろ!」


 分かり易い捨て台詞を吐いて黒歴史君は宿屋から出て行った。

 外には薄着の獣人の少女達が黒歴史君を待っていた。

 この世界でも季節が春先のこの時期は、まだ夜は冷えて結構寒い。人族より多少は毛で覆われた部位が有るがそのくらいでは役に立っていない様だ。

 正直に言って人族の女の子とそんなに変わらない。ガタガタ身を寄せ合って震えていた。

 彼女達の主人はあの黒歴史君だ、俺にはどうしようもない。見て見ぬふりをするが許せよ。

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