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39・男爵

 クラリッサに連れられ俺達は町を歩く。


「さぁさぁ、皆さんこちらです」


 クラリッサが案内した先には一際大きく立派な屋敷があった。まさかここがクラリッサの実家だというのか?


「お嬢様!よくご無事でお戻りになられました」

「バスチャン久しぶりね」

「旦那様! 奥様! クラリッサお嬢様がお戻りになられました」


 なん……だと?

 そう、この屋敷はこの島の人間側の領主である男爵が住む屋敷である……つまり、アレか? クラリッサは男爵の娘、男爵令嬢なのか?

 なんてこった……いや、そうか、これで納得がいった。

 貴族であるクラリッサは国は違えど王族のエリザベートと繋がりがあっても不思議ではないし、ましてや同じ国のヴィクトリアとは繋がっていると考えるのが普通だろう。

 セーラの素性を知っても俺達と行動を共にしているのも、俺達の行動を把握するようにと命令を受けているに違いない。

 つまりクラリッサはスパイとして俺達と行動を共にしているという、俺の推理が当たったという事だ。

 ただ、クラリッサはそういう態度を一切表に出さない。全くよく訓練された令嬢もいたものだ。

 俺が考察を深めていると老紳士と目が合う。


「おや、こちらのお方達は?」


 この屋敷の執事なんだろう、バスチャンと呼ばれた年配ではあるが背筋が伸びて堂々とした態度の男は、俺達をにこやかな目で一瞥する。


「私の仲間達です。あっ、この子は獣人ですが私の妹みたいなものなので失礼のないようにね」

「ははは、勿論ですとも、この領で獣人を差別する者はおりませんからな。よろしくお願いします、小さなお嬢様」

「あ、いえ、よろしくお願いします、です」


 お嬢さんと呼ばれて、慣れてないリタがアタフタと対応に困っていた。

 ふむ、それにしても人種差別は徹底して行われていないのか。それが本当ならこの国どころか、この世界では稀有な街だ。


「こちらはまた綺麗なお嬢様ですな、初めましてこのコナー家執事のバスチャンと申します」

「これは御丁寧にセーラと申します、クラリッサさんとは仲良くさせてもらってますわ」

「おお、まさかと思いましたが噂に名高い聖女セーラ様ですか、お会いできて光栄です」


 セーラに向かい深々と頭を下げるバスチャン、ここでもセーラの名声は高い様だ。


「バスチャンその前にこの方を――――」

「クラリッサァーアアア!」


 クラリッサが俺に向き直り、俺を紹介しようとしたとき、大きな声がしてクラリッサの言葉が遮られた。

 声の主はけたたましい足音をさせて屋敷の中から現れた、身形の立派な紳士と淑女だ。


「おお、クラリッサ帰ったのか! 会いたかったぞ我が可愛い娘よ!」

「よく無事に戻られましたね、心配しましたよクラリッサ」

「お父様、お母様、只今戻りました、心配おかけして申し訳ございませんでした」


 会話とその様子からしてクラリッサの両親に間違いはないな。久々の家族との再会だ、それに水を差す様な野暮な真似はしないさ。


「娘のお仲間もどうぞこちらへおいで下さい」

「ええ、クラリッサのお友達なら遠慮しなくてもいいのですよ」


 俺達の方を向いて微笑みながら、そう言ってくれたクラリッサの両親である男爵夫妻。

 その後、両親とこの屋敷のメイド達に取り囲まれて、屋敷の奥に連れ去られるクラリッサ。

 クラリッサが奥に消える前に無理な体勢で振り向きながら、俺にあるお願いをする。


「陸さん、すみませんがアレをお願いします」

「ああ、分かったよ」


 いや別に大した事では無い。

 クラリッサの頼まれ事は、俺の収納魔法で持参したお土産の数々を渡す事だ。

 しかし勇者の俺を荷物運びに使うクラリッサの図太さには脱帽だ。

 ……同じ収納魔法を使うセーラには、クラリッサはこんなことを頼んだ事なかったよな?


「ではこれを」


 俺は執事のバスチャンに菓子、布、貴金属等の土産の数々を渡す。

 全てセーラのダンジョンでゲットしたアイテムや素材を売った金で買った物だ。やましい事をして手に入れた物では無い。

 セーラの迷宮で手に入れた物ならセーラの物じゃない? という突っ込みはなしな。


「おお、まさかお嬢様が稼いだものですか、何と立派になられて……ご友人を救う為に実家である旦那様に頼らず、アルメリアで冒険者になってお金を稼いでいたと、お聞きしておりましたが……これほどとは爺は嬉しいですぞ」


 何だか勝手に納得して涙を流している爺さん。

 友人を救う為にお金を稼いだ? ああ、勇者の従者になったら先払いでお金が貰えるとか言ってたしな。それの事かな。

 しばし感動で身を震わせていた執事の爺さんは、やっと落ち着きを取り戻した様で、ようやく土産の山から視線を俺に移す。

 上から下まで俺を見た後にポンと手を叩き、何やら納得したように大きく頷く。


「では君、お嬢様からの土産を、そちらのメイドから置き場所を聞いて運び入れなさい」

「あ……はい」


 むむ、何かセーラ達と俺の態度が違う気がするが……まぁいいか。

 爺さんの指示通り、メイドに案内してもらい土産を厨房や倉庫等に運んだ。

 倉庫は屋敷の外にあり、やっと屋敷に戻れるかと思ったら、メイドから離れの小屋に案内されて、その小屋の一室に泊まる様に言われた。

 はて? どうも俺はこのコナー男爵家に歓迎されてないらしい。

 しかしながら俺は異世界に来る前は只の平民、かえってこのようなボロイ部屋の方が落ち着くというものだ。つくづく庶民が体から抜けないものだな。


 俺は用意された年季の入ったベッドで横になりながら考えてみた。

 皆から勇者様とか持て囃されてはいるが、よくよく考えてみるとこの世界では爵位も何も持たない只の冒険者なのだ。

 基本的に勇者は王侯貴族から見れば平民に毛が生えた程度の存在なのかもしれないな。

 何時までも部屋に居ても退屈なので庭に出てみた。

 下級貴族とはいえ男爵家だ、中々立派な庭だった。流石にアルメリアやキングス、クインズ等の城にある庭園には及ばないが。


「探しましたよ、陸さん何処へ行ってたんですか」

「……ん、庭を散歩中だ」


 クラリッサが俺を見つけ駆け寄って来た。

 何処へって土産を運んで今夜泊まる部屋に案内されていたんだが?

 それにしてもクラリッサの奴、ドレスに着替えてすっかりお嬢様に化けていやがった。

 何やらモジモジしてるところを見ると褒めてほしいのだろうか。やれやれ仕方がない、テンプレ道理に行動してやるか。


「良く似合っているなクラリッサ、可愛いよ」

「はわっ! あ、ありがとうございます陸さん」


 両手を頬に当て、顔を真っ赤にして嬉しそうに照れるクラリッサ。

 ふむ、そんなにお約束の馬子にも衣装をやりたかったのか、女心ってのは難しいな。


「そうだ、早く屋敷に入りましょう、陸さんをお父様とお母様に紹介しないと」


 俺の手を掴み屋敷の入り口に差し掛かると、執事のバスチャンがそれを制止する。


「お嬢様、まさかその者を御屋敷に入れるつもりでは?!」

「え、当然でしょう? 陸さんは私の大切な……コ、コホン、行きましょう陸さん」

「大切なお仲間でもそのような、荷物持――――」


 バスチャンが何やら言っていたが、最後まで聞き取る前にクラリッサに手を引かれ屋敷に連れ込まれてしまった。


 <>


 むぅ、何とも気まずい。

 着替えさせられ食事の用意されていた広い居間に迎えられたが、クラリッサの両親である男爵夫妻の俺を見る目が痛い。

 俺、何かしたか?


「……まぁ良い」

「そうですわね……」


 男爵夫妻の視線は先程の執事のバスチャンと同じだ。俺を気に入らない様子がアリアリと伝わって来る。

 ちなみにクラリッサはそんな雰囲気に気付いて無い……いや、気付いて無いフリなのか? だとしたら性格が悪すぎるぞ。


「しかし丁度良かった、我が娘クラリッサ」

「どうかしたのですか、お父様?」

「クラリッサは昔から勇者が好きだったろう?」

「え? ええ、今も好きですが……」


 ちらりと俺を見るクラリッサ。やれやれあざといな、そんなワザとらしい仕草はやめてほしい。


「幸いここに勇者が来ておる、お前の好きにしなさいクラリッサ」

「え、どういう事ですか?」

「勇者と付き合うのを認めると言っとるのだ。本来危険な職である勇者や冒険者は婿には相応しくないのだが……」

「ありがとうございます、お父様!」


 椅子から立ち上がり俺の方を見つめるクラリッサ。


「どうぞこちらへ勇者、海殿」

「……はっ?」


 男爵の紹介で扉から背の高い黒髪のイケメンが現れる。続いてリタくらいの幼い少女と四人のタイプの違うイケメンの青年達が後に続く。

 ああ、海か一緒に勇者召喚された奴だ。あまり喋った事は無いな。まぁイケメンとは俺から話す事は無いからな。


「初めまして勇者海です」


 優雅に一礼する勇者海、続けてイケメン四人が頭を下げた。少女は仁王立ちでこちらを神妙な目で見つめていた。


「あら、リリィじゃないの」

「久しぶりね、セーラ」


 やっぱりそうか、鑑定の魔法が効かなかったからおかしいと思ってたんだ。

 このリリィという少女、恐らくセーラやアニーと同じ魔王軍の幹部だ。

 だとすればこの海は俺や空と同じく魔王が望んだ、魔王を倒すべく彼女、リリィが選んだ勇者という事になる。


「おや、聖女さまとお知り合いでしたかな、流石は勇者様ご一行ですな」


 おいおい、俺は勇者なのにその一行の奴等より対応がぞんざいなんだが……別に大げさにおもてなしをして欲しい訳ではないが、おかしくないか?


「僕と付き合いたいという女の子はこの子だね、ふむ中々に美しい」


 そう言って華麗なステップでテーブルに近付いて来る勇者海。ちょっとキモイ気がするのは俺だけだろうか?


 そしてクラリッサの傍らに立ち止まり……いや、そのまま素通りしてリタの前に止まった。


「初めまして、僕が勇者だ男爵令嬢さん」

「へ? い、いやあたしは見ての通りの獣人で……」

「そんな事は些細な事さハニー、皆もそう思うだろう?」

「「「「ああ、とても可憐な少女だ」」」」


 海の後ろの四人のイケメンが口を揃えてそう宣言する。

 ああこいつ等、全員本物のロリコンなんだな。

 ポカンと口を開けている男爵一族。成程な、予定外の展開だった様だ。


「ちょっと待ってくだされ勇者殿、我が娘はその子では無く、こちらの娘なのだ」


 男爵がクラリッサを指差しそう叫ぶ。海とその取り巻きのイケメン四人は途端に苦虫を潰した様な顔になり、ハァと大きく溜息をつく。


「冗談はやめて頂きたい、男爵が可憐な少女と言うから会う事を決めたのです。このようなババァ……もとい、高齢の女性など興味はありませんね」

「な……」


 流石ロリコン。自分と同じくらいの歳の少女をババア扱いとは、こいつ等筋金入りのロリコンだ。

 凍り付いた部屋で空気を読まずに少女リリィが勇者海に話しかける。


「まぁまぁ、あの獣人の少女も中々だけど私程じゃ無いわよね。あっそうそう、せっかくだからこの御馳走頂いていきましょう」


 リリィはポンと手を叩き勇者海率いる六人は、勝手に席に着くと食事をあっという間に平らげた。

 そして食うだけ食うと「では、失礼する」と一言だけ言ってこの場から去って行ってしまった。

 その様子をあっけに取られて見ている男爵達。

 余談だが出て行く最中イケメンの五人は、セーラを見て「何だあの醜い肉の塊は?」と口々に悪態をついていた。

 ロリコンから見るとグラマーなセーラは醜悪の塊に見えるらしい。

 そんな態度を殆んど取られた事が無いのだろう、セーラのこめかみに青筋が浮いているのを見てしまった。

 おいおいここで暴れないでくれよ、魔王軍の幹部が暴れればこの屋敷なんて跡形も無く破壊されてしまうからな。

 幸いにして我慢してくれた様で安心した。万一暴れた場合、転移魔法で逃げるつもりだったが。

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