31・偽物
大男に城まで連れてこられ、そこに待っていたのは今の俺の姿であるバーンの仲間だろう、三人の男達と合流した。
三人共やれやれと言った様子だ、どうやらバーンとアリスがさぼるのは毎回のことらしい。
「バーン、俺達が公爵令嬢のお目当ての勇者を見つけたんだ、リーダーのお前が抜け出してどうするんだ」
「そうだぞ、何が信用してるから後は任せただ、面倒な事は俺達に押し付けおって」
「然り」
バーンはリーダーだったのか、そりゃ怒られもするな。
冒険者として顔を売るよりも、恋人とイチャイチャする方が大事ってことか、逞しい奴だ。
しかし公爵令嬢のお目当ての勇者か。貴族のお嬢さんに気に入られるとはどんな奴なんだ?
俺か? いやいやそれはない。
確かにヴィクトリアは公爵令嬢だった筈だが、きっと彼女は現実に目を覚まし、元に戻っていると思う。
俺のような馬の骨の事は忘れているに違いない。
「あのアルティメイトモンスターを撃退した勇者を見つけろとの依頼だ。運よく勇者の方から接触して来てくれてラッキーだったな。楽をして依頼料がたんまりと稼げたぞ」
ほ、ほほう……アレは実際にはセーラが追い返したのだが、何故か俺が撃退したことになっているんだよな……ううっ、嫌な予感がする。
い、いや、気のせいだ、きっとそうだ。
そ、そうだ、ひょっとして俺達の知らない所で本当に撃退した勇者が居たのかもしれないな。
多分そうだ、そうだとしたらアレと戦うなんて奇特な奴もいるものだ。
「しかし凄いやつですね勇者陸って奴は、ヴィクトリア嬢が必死になって探す訳だ」
「何ぃーーーー!」
それってやっぱり俺の事じゃないかよ! 噂が広まりすぎだろ、しかもその噂は間違っているし。
いや、それよりも勇者陸が見つかったって、俺ここにいるぞ?
「どうしたバーン?」
「い、いや、その勇者陸って今何処にいるんだっけ?」
「ああ、お前は抜け出したから知らなかったか。今は城の奥の部屋で食事を取っているそうだぞ、ヴィクトリア嬢がキングスから大急ぎで戻ってくるのを待っているんだと」
「そ、そうか……」
ちらっとアリスの姿のセーラを見ると、何だかワクワクした顔で俺を見返した。
何でそんなに楽しそうなんだ? 俺の偽物が居るって事だろ、楽しい訳があるか!
そうこう頭を抱えているうちに城の入り口が騒がしくなってきた。
「陸様は我が城に来ているのね、早く案内しなさい!」
「待てヴィクトリア! 陸様は我がアルメリアの勇者だ、私が先に彼と会うべきだ!」
「何を言うのですエリザベート、ここは我が領土、我が城なのですよ。いくらアルメリアの王族でもそれは認められませんわ!」
げっ、エリザベートとヴィクトリアじゃねぇか! 何でこの二人が一緒にいるんだよ?
そしてその二人の後には俺の良く知る少女が二人……。
「お、お二人共落ち着いて下さい、陸さんが居たら失礼ですよ」
「そうだぜ……です、陸様は騒がしい女は好きじゃなさそうだしな」
「何を言う、騒がしいのはこの公爵令嬢の方だ!」
「そちらこそ何を言っているのです。私は騒がしくなんてありません! 王女殿下の方こそ騒がしいではないですか!」
「ああ、もういい加減にして下さい!」
ああ、本当にいい加減にしてほしい。
俺達の目の前にはキングスで出会った公爵令嬢のヴィクトリアがいて、何故かアルメリアの王女エリザベートとクラリッサ、そしてリタもいた。
しかしクインズってひょっとして、ヴィクトリアの領地だったのか……これは迂闊だった。
それより何でエリザベートとヴィクトリアが俺の事を様付で呼んでいるんだ?
怪しい……王族や貴族に様付されるなんて、絶対何か裏があるに違いない!
現に俺はエリザベートに冤罪をかけられたじゃないか。忘れる筈も無い。
とにかく俺を探しているというこの二人には、気を許さず要注意することにしよう。
幸いな事に俺とセーラは冒険者バーンとアリスに扮している為に気付かれずに済んでいる。
セーラは可笑しそうに笑いを堪えていた。今のこの状況で笑える要素が何処にあるんだ?
今の変装をした俺達は冒険者だ。会いたくなかった懐かしい面々が通り過ぎる際には深々と頭を下げる。クラリッサとリタはともかく、エリザベートとヴィクトリアは王侯貴族だからな。
彼女らの護衛の騎士達に一緒に来るように言われ、広い城の中を一番最後尾でついていった。
「「陸様!」」
エリザベートとヴィクトリアが我先にとほぼ同時にドアを開け、俺の偽物が居る筈の部屋に勢いよく飛び込んだ。
その二人の姿には高貴さの欠片も無い。
この慌て様、我先にと勇者の俺を手籠めにしようとしているに違いない。
エリザベートに関しては俺に冤罪をかけておいて、性懲りも無くという感じだ。
「んあ?」
広い部屋の中央で大きな肉の塊を頬張る少年が、突然の乱入に目をパチクリとさせる。
「……は?」
「……へ?」
「……え?」
「……うん?」
予想した状況と異なる部屋の中身にヴィクトリア、エリザベート、クラリッサ、リタの順に間抜けな声を出す。
「誰だお前等?」
「「「「あんたこそ誰?」」」」
ふんぞりかえって食事をやめない少年の問いに、今度は四人揃って声を荒らげ問い返した。
「勇者に向かって誰とは失礼な奴等だな、なぁアニー?」
「全くですね」
あ~こいつ、何処かで見た奴だと思ったよ。
勇者と名乗る少年は数か月前に、俺と同じくアルメリアの城で召喚された者の一人だ。
あっちの世界に居た時から態度が太々しい奴だったんで、関わり合いのない様にしてきたんだった。
アニーと呼ばれた女性は、少年と同様にテーブルに並べられた豪勢な食事を貪っていた。この城の者であるヴィクトリアが現れても何処吹く風だ。逞しい女である。
「勇者? 私が探していたのは勇者陸様だぞ!」
エリザベートが少年を指差し憤慨した様子で文句を言った。
残念だったなエリザベート、俺ではなくて。
そこに居たのはお前が冤罪を掛け、ちょろいと思っていた俺ではない、別の勇者だったので怒りが収まらないのだろう。
「そうですわ、王都キングスに現れたアルティメイトモンスターを撃退した勇者陸様を探していたのよ、貴方なんか知らないわ!」
ヴィクトリアもエリザベートに負けず憤慨していた。
だから俺は何もしてないってば! あの巨大モンスターはセーラを見て逃げ出しただけだから。
お前その現場に居ただろう? 何で勘違いしているんだよ。
それとも俺を架空の英雄に祭り上げて、何かよからぬことでも企んでいるんじゃないだろうな。
そんな俺の考察を他所に、椅子の背もたれにふんぞり返った勇者が、食いかけの骨付き肉をヴィクトリアに向けながら大笑いした。
「あっはっはっは! 俺なら撃退じゃ無く討伐できるぜ、なぁアニー?」
「え? 無理じゃ無い?」
「はぁ? 俺、凄く強くなったんだぜ、いけるだろ?」
「……そうだといいわね」
「ともかくだ、その陸って奴ができる事ならこの俺、空様だって当然できるさ、奴は礼を受け取る気がないんだろ? じゃあ同じ勇者でそいつより強い俺様が奴の代わりに持て成されてやっても問題無いだろ」
そうそう空だ、思い出した。え~とそれで苗字は何だっけ? 思い出せないし、まぁいいか。
それはともかく、空の言ってる事が何一つ理解できないのだが……。
あいつ阿呆なのか? お前の相棒のアニーって女も、お前じゃ無理だと否定しているじゃないか。
「貴方が強いかどうかは分かりませんが、陸さんの代わりをできる筈もありません。貴方の様に下品で横暴な方とはかけ離れた立派な方ですから」
「そうだよ、お前と陸様じゃ全然違うよな。大体そんな阿呆面じゃ無いよ」
今まで黙って事の成り行きを窺っていたクラリッサとリタが空の言葉に反発した。
おいおい、クラリッサもリタも俺の居ない所で俺を持ち上げても意味がないぞ?
……はは~ん、もしかして……そうか、そういう事か。
俺の脳裏にある仮説が思い浮かんだ。
それは……。
クラリッサが空の前で俺を持ち上げたのは、空と俺を敵対関係に持っていく為にわざと煽ったのではないか?
何のために? 決まっている、俺のアルメリアでの冤罪を思い出してほしい。
空の様な横暴な勇者は勿論、他の勇者も頃合いを見て、何かしらの理由をつけてアルメリアに連行する。そしてそいつ等に何らかの罪を着させて全てを没収する気なのだ。そう、あの時の俺の様に。
そしてそれを手引きしたのが俺と言う筋書だ。つまり責任を俺に全て擦り付ける目的で、俺と敵対させるのだ。
考えたな、彼女達の悪事は全て俺のせいにされる訳だ。
クラリッサの後ろにはエリザベート、つまりアルメリア王国がついている、俺程度の勇者などどうにでもなると思っているのだろう。
どうだろうか、我ながら的を射た鋭い推理だと思うが?
……え、考え過ぎだって?
考え過ぎくらいで丁度いいんだよ、こういう時は最悪の展開を予測して用心した方がいいだろ、そう思わないか?
まぁ、そんな不幸な展開にならない方がいいに決まっているし、ならないことを祈るけどな。




