3・宿屋
町に戻り、狩りで手に入れた素材を冒険者ギルドで売り払う。
近場で比較的弱いモンスターからとれる素材などたかが知れているだろうが、それでも収入は収入だ。
それにギルド依頼されていたモンスターもあったので、ただ売るよりは多少の収入も上がるだろう。
まぁ、初日にしては良かった方じゃないか。
冒険者ギルドを出て、その足で宿屋に向かう。
道中、俺と同じに泊まる場所を探している他のクラスメイト……勇者達もちらほら見かけたが、この街には宿屋が多く、満室で泊まれないなんてことは無かったので一安心だ。
クラリッサが何軒か勧めてくれた宿屋の中から、良さそうな宿を個人的主観で選ぶ。
意外と第一印象と言うのは馬鹿にできないものだぞ? 何となく嫌な感じってのはあるもので、当然そういう所は選ばないようにしている。
「ソロ用の個室はあるな、二部屋で銅貨四枚か」
高いのか安いのかさっぱり分からんが、取り敢えずは泊まってみるか。泊まってみて良くないようなら、明日からは別の宿に移ればいい。
「待って下さい陸さん、二人部屋なら銅貨三枚です、こちらにしましょう」
「いや、何言ってるんだ、女の子と一緒なんて不味いだろう」
「え? 私なら平気ですが」
「俺が平気じゃない」
きょとんとして首を傾げる。意味分かってるのか? それともこの世界では当たり前の事なのか?
クラリッサに半ば強引に二人部屋に決められた。部屋は思ったより広く入り口から入って左右にベッドが設置されていた。
俺は気付いてしまった……こいつはきっと罠だ、こんなうまい話がある訳がない。
宿屋の一階が飲食のできる酒場になっていた。
流石に俺は未成年で酒は飲めないのだが、クラリッサが当たり前のようにエールを注文した。俺の分もだ。
聞くとこの世界は十五歳で成人なので飲酒は問題ないとの事だ。
周りを見渡すとクラスメイトだった同じ年の奴らは、酔っ払ってベロンベロンになっていた。
……何と愚かな奴等なんだ。
「すまないクラリッサ、情けないことに俺は酒が飲めないんだ」
「ええっ、そうだったんですか、すみません私ったら勝手に……」
俺がこう言うときっと「慣れる為に」とか言い出す筈だ。
「無理強いはしませんが、慣れる為にも少しお飲みになりませんか、陸さん?」
ビンゴだ! 俺を酔わせて金を奪うつもりに違いない。その手に乗るものか。
だがクラリッサを油断させるために敢えて誘いに乗る。俺は酒を飲めない訳では無いのだ。
そう俺は甘酒が大好きで毎年正月にはたらふく甘酒を飲む、勿論アルコールを含んだ酒粕から作ったやつをだ。
ふふふ、どうだ……え? 作る際にアルコールが殆んど飛ぶからアレは酒じゃ無い? いいんだよそんな細かい事は!
ともかくここでは合法なんだ、いいだろ飲んだって!
「なら少しだけ、貰うとするよ」
「はいっ、では乾杯~」
薬などを入れられないようにクラリッサをよく見張る。
何故か「そんなに見つめないで下さい」と顔を赤くするが、そういう訳にはいかない。
エールを一口だけ飲み、後は運ばれた食事に手を付ける。
正直言うとかなり腹ペコだ。クラリッサに妙な動きが無いか終始様子を窺っていたが、最後までニコニコしていて楽しそうだった。俺があまり酒を飲まないので諦めたか?
食事が終わりこのまま寝るのはいただけない。
汗と埃で汚れているので風呂に入りたいが、そんなのある訳ないよな。宿屋の裏に水浴び場がありそこで汚れを落とす事が出来るらしい。
成程、水浴び場は複数あり一人ずつ順番で使用し、貴重品の持ち込みが可能か。物騒だし当然だよな。
それはそうと風呂はある所にはあるそうだ。上流階級の屋敷には設置されているのは当然であるそうだし、宿なら主に王侯貴族が泊まる高級宿とかには必ずあるとか。
よく考えれば俺達のような召喚者がいる世界だ。元々風呂に入る習慣が無かったとしても、誰かが作ったか作らせたのだろう。
ふむ、いつかゆっくりと入ってみたいものだ。
早速水浴び場で身体を綺麗にする。無論着替えもちゃんと買ってあるぞ。汚れた服もちゃんと洗う事にする。
俺もやっぱり綺麗好きな日本人なんだなと自覚したよ。
部屋に戻ると先に水浴びから帰って来たクラリッサが無防備な姿でベットの上に居た。
だが勘違いしないでほしい。無防備と言ってもスケスケの薄着という訳では無い。
寝る時に革鎧を着けて寝る訳にはいかないだろう? ちゃんと厚手のワンピースの服を着ているので安心してほしい。
ちなみに言うと魔法使いでも革鎧は着るぞ。ローブだと防御力に問題があるからな。
今の俺達の様に片方のレベルが低く、きっちりと前衛後衛が分かれてないと特に防御力を気にしないと危険だしな。
さてこれからどうしたものか。クラリッサは俺を酔い潰すことに失敗したのだ。
もし俺の持っている金を狙っていたのなら、俺が眠っている隙に金を奪える確率は低くなったと言わざるをえない。
そう、俺が酔ってない以上、十分に熟睡して無いと目を覚ます可能性があるから、彼女は慎重になる筈である。
「あ、あの、おやすみなさい陸さん」
「ああ、おやすみクラリッサ」
フフン、俺は分かっているぞクラリッサ。
例え俺が眠らなくても、隙を見せて俺が襲うのを待っているんだな。
その手には乗らん。昼間クラリッサの冒険者としてのレベルを見たが、とても俺の敵う相手では無い。
襲い掛かった途端に返り討ちにあって、金を奪われた上に牢屋行きになるのは間違いない。
その証拠にクラリッサはベッドの上で落ち着かない様子ではないか。
俺は眠らない。
たっぷり一時間は過ぎただろうかクラリッサはいつの間にか寝息をたてていた。本当に寝ているなら不用心な娘だ。
……いや待て、これこそ罠じゃないのか? こいつは寝たふりだ。
俺の選択は襲えば牢屋行き一直線、眠ってしまえば一文無しまっしぐらという訳だ。眠らない一手しか俺の取る手段は無い。
クラリッサ、考えたな……全く恐ろしい娘だぜ。
チュンチュンと小鳥が鳴き、柔らかな朝の陽ざしが部屋に差し込む。
俺は勝ったのだ。
睡魔というこの世界に来てから最大の敵と戦い、俺は勝利を収めた。夜が明けたのだった。
クラリッサが目を覚ました。
呆れた奴だ本当に寝ていたのか。ふん、俺が眠らないので根負けしたんだろう。
ウーンと伸びをし眠そうな眼をシバシバさせる。
「おはようクラリッサ」
「え? あっ、きゃっ……お、おはようございます、陸さん」
……本当に寝ていたのなら寝起きの顔を見るのは失礼だろう。仮にも女の子だしな。
俺は顔を洗ってくると一階に降りた。正直言うと顔を洗わないと眠くて倒れそうなのだ。
たっぷり時間をかけて部屋に戻ると、クラリッサは着替えを終わらせていた。
「あ、あの……昨日私に何もなされなかったんですね……」
何を言っているんだこの娘は? 手を出せば俺の異世界生活はそこで、ジ・エンドである。
「するはずもない、見くびるな」
「……はい」
顔を真っ赤にして俯いてしまった、照れている様に見えるが気のせいか? よく分からん。
「勇者様に同行する時は、夜のお相手もしなければいけないと聞いていたので……」
……マジか? ひょっとして襲われ待ちだったのか? いやいや在り得んだろ、そんな都合のいい話。
絶対俺を破滅に追い込む罠に決まっている。
「陸さんはとても紳士な御方だったのですね……私、嬉しいです」
俺は間違った事はしてはいない、俺の信念に基づき行動したのに過ぎないのだ。
だが何だ、この非常に惜しいチャンスをフイにしてしまった感は……。
俺は窓を開け外の新鮮な空気を胸一杯に吸い込むと、首を大きく左右に振り邪念を振り払う。
そうだ俺は破滅フラグを回避したのだ。きっとそうだ、迷うな俺。
今は寝不足のせいで正常な判断が出来なくなっているに過ぎないのだ。
……今日はもう少し城から遠出してみるとするか。