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28・巨大

 キングスの王太子ハンスは玉座から俺を見下しながら、自信満々にとんでもない提案を俺に投げかけて来た。


「俺が勝てば聖女セーラは俺のものだ、代わりにお前が勝てたらこいつをお前にやろう」


 そう言って王子の横に控えていた女性を指差す。


「え、殿下何を言っているのですか?」


 突然の申し出に俺ではなく、王子の横に居た女性が抗議の声を上げた、それはそうだろう。

 だけど勝てたとしても、この女性は遠慮したい。

 女性の容姿は確かに美人だが目付きが非常に冷たい。俺の方に目をやると明らかに俺を小馬鹿にしたような顔をした。

 やれやれ、いくら美人でも俺の方にも相手を選ぶ権利がある事を分かって欲しいものだ。


「私は殿下の為に武芸も魔法も磨いてきました、それは全て殿下をお守りする為です。この命は殿下に捧げたのです! それをこんなどこの馬の骨とも知らぬ者のものになれと? 公爵家の娘としてそれは容認できません、撤回して下さい!」

「心配いらん! 俺達が異世界の勇者などに負ける筈はないだろう? それとも俺が信用できないと言うのかヴィクトリア」

「そういう訳では無いのですが……」


 公爵家だと……するとこの女も王家の血を引く奴なのか。

 アルメニアの王族といい、ここキングスの王族といい、俺の王族嫌いが悪化しそうだ。

 それにこの王子、俺達って言ったぞ。はは~ん自分では戦わないつもりなのか?

 そんなギスギスした雰囲気の中、セーラが空気を読まずに意味不明な言葉を呟く。


「ふふふ、私を巡って陸さんが戦うのですね~」


 セーラ、何で嬉しそうなんだ。第一、俺が負けるとは思っていないのか?

 ……ん? これ負けた方が良くないか。セーラとは合法的に別れられるし、あの気の強い女をもらう必要も無い。

 こいつは名案だ、よし負けよう。


「分かりました、その申し出を受けましょう」


 俺は王子の馬鹿馬鹿しい提案に同意したのだった。


 <>


 王都を守る城壁の外には屋外訓練場があり、俺はその訓練場の中央に立たされている。

 目の前には王子ではなく、一際大きな体躯の中年の騎士が不敵な笑みを浮かべ俺を見下ろしていた。


「近衛騎士隊長のガイだ、彼がお前の相手をする」

「悪いな勇者殿よ、俺の遊び相手になってもらうぞ」


 分かり易い展開で助かる。

 恐らく王子のお守で手持無沙汰だったのだろう、俺との手合わせが嬉しそうだ。


「俺が戦ってもいいのだがな、まずは小手調べだ。代理と戦ってもらう、無論異論はないな?」

「承知しました」


 うん、知ってた。

 俺が素直に返事をしたのが予想外だったのだろう、一瞬間の抜けた顔をした王子だが、すぐさま口の端を釣り上げ「馬鹿な奴だ」と呟いた。

 しかしこのガイという男だが中々強そうだ。

 剣を交えてみないと何とも言えないが、わざとではなくても負けるかもしれないな。


「殿下、狡いのではないですか?」


 この中で唯一王子に文句を言えるセーラが不満の声を上げた。俺に勝ってほしいなら当然のブーイングだろう。


「聖女セーラよ、この程度の事を乗り越えられない様では、その勇者にお前を預ける事は出来ん」

「そこに座ったままで命令するだけの王子がそれを言いますか? 恰好悪いですよ王子」

「……セーラ、お前少し教育が必要な様だな」


 騎士の用意した、とても屋外に持ち出す様なものではない豪華な椅子に座り、嫌らしい顔つきでセーラに脅しをかける王子。

 どこまでも上から目線で、清々しい程に下衆な王子様だな。


「ガイ、気が変わったぞ、その勇者を殺しても構わん。セーラが俺に意見したことを後悔させてやれ」

「御意」


 初めの号令も無しに騎士ガイが俺に切りかかる。

 想像してたより剣筋が鋭いな。これはわざと負けるなんて考えていたら、本当に殺されるな。


 何度も剣を交え、お互いに有効打を与えられず時間だけが過ぎていく。このガイという騎士、迷宮内で鍛えてもらったセーラの部下より強いかもしれない。  

 迷宮に入る以前の俺なら、一太刀入れるどころか何も出来ずにやられていただろう。


「何を遊んでいる、さっさと片付けろ!」

「はっ!」


 王子の叱咤にガイは一段と攻撃を激しくさせる。

 くそ、ここで負けて殺されたら意味が無い。

 あくまで無傷で参りましたが理想だったのだが、それが許される雰囲気ではなかった。

 セーラが視界に映るが何故だか凄く興奮している。

 あれは私の為に戦っているとか、おめでたい事を考えている顔だな。万一死んでも生き返させるから、大丈夫とでも思っているのだろう。

 いやいや、迷宮で中二病君の壊滅したパーティを思い出してみろ、蘇生不能な程にやられたらどうするつもりだ?

 はぁ、どこが聖女だ、俺には悪女にしか見えないぞ。……所詮は魔族だ、当たり前か。

 くそ、それにしてもやはり手を抜いて負けるのはリスクが大きすぎる。

 無傷で負けるのはガイの力量からして無理だし、王子が許さないだろう。

 セーラを喜ばせるつもりはないが、手を抜かずに勝った方が安全か……。


「あら?」


 セーラが明後日の方を向いて、何かに気付いた様に声を上げた。

 そのセーラの向いた方向から砂煙が上がっていた。そして段々と地響きが大きくなりその音の主が姿を現す。

 それは巨大な羊だった。


「ジャイアントシープ……いや違う、アレはネームドのアルティメイトモンスターか?」

「そ、そうだ名前は確か……うわあああ!」


 誰かが声を上げる。つまりやばいモンスターだってことだろ?

 見ただけでも分かる、迷宮の底にいたセーラの部下達が全員でかかっても敵わない程の強いモンスターだ。

 ガイは俺との戦いを一時中断してモンスターの方を見つめる。

 ……隙だらけだ、今こいつを倒しちまってもいいよな?

 と思ったがガイが振り向き俺に提案をする。この脳筋の提案はモンスターを倒す為の効率的な提案ではなかった。


「一時中断だ勇者、あのモンスターは俺が倒す。王国にこの人在りと言われた俺の実力、そこで見てるがいい……よろしいですか殿下?」

「構わんやれ。お前の力、いや我がキングスの力を見せつけてやるがいい、ガイよ!」


 やはり協力して倒そうなんて、最初から頭に無かったらしい。

 まぁ、勝てっこないから言われても困るが。

 しかし、あのモンスターをガイって奴は倒せると思っているのか? 王子は倒せると思っているようだが、その根拠はどこから来るんだ?


「ウオオオオーーーーッ! 我こそはキングス王こ……」


 ガイは果敢に雄たけびを上げながらモンスターに挑んで行った。

 しかし数十メートルはある巨大モンスターにプチッと踏まれ、あっさりと潰されたまま動かなくなってしまった。

 阿呆なのか、あいつ……。


「馬鹿な、ガイがやられただと!」


 顔を青くしてハンス王子は倒れた騎士ガイを放置したまま城壁の方へ逃げ出した。

 逃げる者を追いかけたくなるものなのか、巨大羊は王子達に向かって一直線に突進していく。

 残念ながら王子の取り巻きも一緒に逃げるが、モンスターの足の方が速かった。

 城門に入る前に追いつかれるな、これは。


「ヴィクトリア! お前、俺に命を捧げると言ってたな? それが今だ、俺の為に囮になるのだ、得意の魔法で足止めをしろ!」

「そ、そんな殿下!」


 王子のすぐ後ろにいた王宮魔法使いが透明な壁を作る魔法を使い、後を追いかけていたヴィクトリアと取り巻きの騎士達の進行を止めた。彼女達は壁が消えない限り城には戻れない。

 ヴィクトリアは魔法を唱えようとするが、恐怖で上手く呪文を唱えられないようだ。

 いや、そもそもそんな余裕もないし、例え魔法が発動してもあの巨大モンスターに効くとは思えない。

 巨大羊は壁に阻まれた騎士達を次々と跳ね、彼等を止めていた壁をもあっさりと破壊した。

 その巨大羊は逃げた王子を放っておいて、散り散りに逃げ惑う騎士達を踏んだり角で突き回したりしていた。王子、運が良いな。


「な、何で貴方が……」


 ヴィクトリアが何故だか俺の腕の中に居たのだった。

 透明な壁で逃げ場を失っていたヴィクトリアは辛うじて巨大羊の直撃は避けることが出来たようだった。しかし壁が破壊された衝撃で大きく跳ね飛ばされ、その跳ね飛ばされた先に俺がたまたま居ただけだ。

 何も助けようとした訳じゃ無いのだが、飛んで来たので何となく受け止めてしまった。


「あああ――! 何をしているんですか陸さん! 私だってまだ抱っこしてもらったことないのにぃ――!」


 セーラが大声で喚き散らす。

 今はそんな事を言っている場合じゃないだろ。それに俺がセーラを抱える事なんてこれからも無さそうだぞ。

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