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18・疑惑

 何故こうなった? 

 俺はどう考えても悪い事なんてしていない筈である。

 この地下牢は魔法が使えない結界を張ってあるようで、無理やり脱走もできやしない。

 はぁ、一晩くらい牢屋に泊まっても死にはしないが、せめて食事くらいは出してくれても良いと思うがな。

 熟睡などできる筈もなく、ウトウトしながら冷たい石床に座り込んだまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 地下牢の為に正確な時間は分からないが、夜が明けた頃だろうと思う。

 昨日の王女に付き従っていた数人の騎士が俺の居る牢屋に来て一言、吐き捨てるようにこう言い放った。


「おい犯罪者、貴様だ貴様! さっさと出ろ!」


 奴等は俺を牢から出してはくれたが、両手に手錠がかかったままだった。誤解が解けた訳ではないらしい。

 それに俺は犯罪者ではない。昨日王女が言っていたじゃないか、この国では奴隷を所有する事は罪ではないと。


 俺は連行されたままアルメリアの城を出て、町を抜け王都外郭の裏門から外に出される。

 朝がかなり早かったのと、人通りの少ない道を選んだようで、人と殆どすれ違わなかった。

 門の外に出た俺に冒険者カードと舟券が放り投げられた。良かった、これは返してもらえるようだ。


「金はあの奴隷を解放するのに使用したとエリザベート様が仰っていた。お前の様な奴はアルメリアに二度と来ることは認められん、命があるだけありがたいと思え。心しておくんだな」

「町に仲間がいるんだ、せめてそいつと合わせてくれないか?」

「ならん、さっさと立ち去れ、それとこれは情けだ」


 銀貨が五枚、俺の目の前に投げられる。


「文無しで他の街で盗みをはたらいて貰っては困るからな、ありがたく思え」

「くっ」


 流石にブチ切れそうになったが、剣に手をかけた十人からの騎士を前に思い止まる。ここで死んでも何の意味もない。

 それに例えこいつ等を倒せても、国中に指名手配なんて洒落にならん。

 ウノーの野盗討伐で手に入れた大量の金がたった銀貨五枚に……クソ、情けなくて泣けてきた。

 この世界は魔王を倒すのに勇者を必要としているんじゃなかったのか?


「武器は返してくれないのか? 勇者でも武器が無くちゃ戦えない」

「イースの町までなら大街道を行けばモンスターに襲われる事はない。それにお前ごときが勇者様を引き合いに出すな!」


 何を言ってやがる、俺がその勇者だっての。冒険者カードを見てないのか? そんな訳はないか……。

 くそ、マジでここに居ると悔しくて涙が出てくる。いいだろう、二度と来ねぇよこんな所!


 一人寂しくイースの町に向かう。

 王都の外郭門でクラリッサが出てくるのを待とうかと思ったが、数カ所あるどの門から出てくるか分からないし、何時会えるかも分からない。ならばイースの町で待つのが正解と判断したのだ。


「……ん、待てよ」


 イースの町までの安全だが大回りになる街道は、徒歩なら丸一日かかるのだが、その長い道のりの間に俺は思考を巡らしていた。

 最近俺はクラリッサやリタに対して、警戒心がめっきり減っていた事を自覚したのである。

 そうだクラリッサは何と言って俺から離れた? プレゼントがあると言っていたのだ。もしあの投獄自体が彼女の言っていたプレゼントだとしたら?

 俺の頭の中でピースがカチャりとはまった。

 ……在り得る話だ。

 元々クラリッサとは王城で俺と仲間になったのだ。

 他の勇者がいる中、何の取りえも無さそうなイケメンでもない俺をわざわざ選んだのだ、不自然極まっていたのは初めから分かっていた事じゃないか。

 ああ、そうだ、王家とクラリッサが通じていて、何らかの理由で俺を陥れようとしたに違いない。


 考えられる可能性はやはり金か? 

 ウノーで手に入れた報酬は村を守っていた冒険者達にも分配されたが、野盗の親玉と幹部達を捕まえた俺のパーティが報酬の大半を手に入れる事になったのだ。当然かなりの報酬額だった。

 それに今回の恒例行事という神官の護衛も報酬ははずむと言っていた。

 合計すれば金貨百枚は軽く超えるだろう。

 金貨百枚程度で国がそんなことをするか? そうだな、そのくらいではする訳がない。

 だが思い出してほしい、今回召喚された勇者は俺を含めて三十六人もいるのだ。

 例えば半数の勇者に俺と同じ事をした場合、ゆうに金貨千枚を超えるだろう。

 更に言えばもっと後から、例えば大陸を渡って大量の金と豪華な装備を持って王都アルメリアに帰国した後、冤罪で全てを取り上げられたら? 

 例え立ち直ってもあの手この手で二度、三度、何度でも金や装備を国に奪われたら? 

 ……王都アルメリアには二度と近寄らない方が良さそうだ。


 クラリッサだけじゃない、リタについても考えてみた。

 俺に冤罪をかけたあいつ等は、俺の金でリタの奴隷解放をしたと言っていた。

 思い出すのは委員長が解放した奴隷に襲われたあの事件だ。アレは命に関わる事案だった。

 不味いと思った。

 最悪を考えた場合、俺はリタに命を狙われるかもしれない。

 俺はリタ達獣人を奴隷にした人間と同じ種族で、リタ達を買った黒歴史君と同じ勇者だからだ。

 リタは最近俺に懐いていた様に見えたが、かと言ってもいざ奴隷から解放されたらどんな態度に出るかは分からない。

 ……ああ、何て事だ。


 イースの町に入る時、門兵に多少緊張して冒険者カードを提示した。良かった特に止められる事もなく町の中に入る事ができた。

 とにかく今日は色々あり過ぎた、悔しさで歯を食いしばる思いをした上に、一日中歩いて足が棒だ。取りあえずは宿を取るくらいの金はあるので、これからの事は明日考えるとしよう。


 <>


 翌朝の目覚めは最悪だった。

 それはそうだろう、昨日あんなことがあったのだ。もし快適だったのならそいつは真性のドMだろう。

 相変わらずイースの町は奴隷が多い、それらを横目に武器屋に赴く。

 銀貨数枚の予算では、中古の刃こぼれの多い欠陥ナイフくらいしか手に入れられなかったが、俺には魔法もあるので何とかなるだろう。

 防具等も没収されたのも痛いが、今着ている厚手の服は最初に着ていた服よりはまだマシなので暫くはこれでいいか。


 さて、ではソロプレイだ。

 元々城でクラリッサが仲間にならなかったら、一人で行ける所まで行こうと考えていたのだ。最初のプランに戻っただけだ、資金以外は問題はない。

 イースの町からアルメリア方面の森を目指して歩を進める。

 別に戻ろうとしている訳ではない、モンスターを狩る為だ。モンスターを倒し素材を手に入れ売る事ができれば金になる。

 念のためにクラリッサから解体の仕方を習っておいて正解だった。それに少しは経験値稼ぎも出来るしな。


「この辺りのモンスターならソロでも何とかなるな」


 流石に舟券をくれた爺さんの居る山のモンスターは一人では無理だが、この辺のモンスターなら何とかなりそうだ。その分モンスターから取れる素材の値段は安いが仕方がない。

 昨日のフラストレーションを晴らすように戦い続けたお陰で、短時間ながらかなりのモンスターを倒し、素材を集めることが出来た。

 時間あたりにすると、この量は新記録かもしれない。

 冒険者ギルドの買取部で換金すると予想より良い金額で売ることが出来た。

 ここにもし委員長が居れば貸した金を返してもらうのだが、そうは上手くいく訳がなかった。

 偶然町で見かけたクラスメイトだった勇者は、話した事もない奴ばかりだった。


 昼にはウノーの村行きの簡易馬車が出ていたのでそれに乗る事にした。いつまでもこの辺りにいると俺の悪い噂が広がって、肩身の狭い思いをするかもしれないからだ。

 残念ながらエルザード行きの馬車は今日はもう出てしまっていて無いそうだ。

 ウノー経由でエルザードの町に行こうと思う。

 正直アルメリアからできるだけ離れたい。舟券を手に入れているのだから大陸に渡った方がいいかもしれないな。


 道中何事もなくウノーの村に着いた。

 驚いた事に村に着くなり勇者様と歓迎を受けた。アルメリアの一件はまだここには伝わっていないらしい。

 アルメリアの出来事を知らないこの村では俺はちょっとした英雄扱いだった。俺は野盗を退治した事になっているからだ。だが何度も言う通り、俺は実際には何もしてなかったのだが……。

 しかし国を救ったとか大型のモンスターを退治したとかではないのだから、そんなに喜ばれても困るのだが。

 ここの村の人達にとっては、野盗に襲われた事はそれ以上の事件だったのだろう。


「おや、久しぶりだね」


 そう声をかけて来たのは、ここで女冒険者に扮した野盗に騙されたイケメン君ではないか。


「ああ、元気そうだな」


 俺はそう答え、彼の横にいる二人に注目する。獣人の少年と少女だ。

 ……うん、奴隷だな。


「ああ、この子達かい? 本当は男の子だけ買うつもりだったんだけど、妹と別れさせるのもかわいそうだったんでね、まとめて面倒を見る事にしたよ」

「……そうか」


 二人の奴隷は黒歴史君の所の様にみすぼらしい姿ではなく、リタの様に綺麗にされ装備も十分な物を持たされていた。歳もリタと同じくらいだろう。

 ……今更だが、俺もリタの姉を無理をしてでも、引き取ってあげた方が良かったのかもしれないな。

 そうしたら少しは状況が変わって、今の様な惨めな事になっていなかったのかもしれない。ああ、あくまで可能性の話だがな。

 イケメン君は俺を見て何か察したようで、俺に提案を出してきた。


「君さ、もし暫くやる事がなければ手伝ってほしい事があるんだ。実はこの先の山の頂上に――――」


 どうやらイケメン君、何処かで舟券の事を聞きつけたらしい。

 本当はエルザードの町に行くつもりだったが付き合うのも良いだろう、少しでも金と経験値が欲しいからな。

 実際は獣人兄妹のレベル上げも兼ねていたようで、山頂の爺さんの所まで行くのに数日かかった。途中何回かウノーの村に帰ったりしたしな。

 例の料理イベントはイケメン君が難なくこなした。凄ぇ、本物のイケメンは料理も得意なんだな。


「助かったよ、ありがとな」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとう……」


 イケメン君に続いて兄妹も俺に礼を言ってくれた。

 この数日で会話をする仲にはなったが、アルメリアの件が頭をよぎり正直素直に喜べない。だが顔に出すのはトラブルの元なので何でもない風を装った。


「いや、こちらこそ。でも良いのか、こんなに金を貰って?」

「ああ、君には色々世話になったしな、それに俺が依頼を頼んだ形になるからさ」

「そうか、じゃあ遠慮なく頂いておくよ」


 正直予定外の収入だ、ありがたい。

 イケメン君一行は舟券を手に入れたが、暫くウノーの村周辺でもう少しレベル上げをしていくそうだ。よって彼等とはここでお別れだ。

 別れる前に王都アルメリアには奴隷を連れて行かない方がいい旨を伝えておいた。まぁ忠告だ、せっかく育てた奴隷を不法に取られるのは納得いかないしな。


 俺はエルザードの町で一泊した後、オルナの港町に向かう。意外にもエルザードの町から近くて驚いた、徒歩で半日ほどの距離だ。

 港に行くと、丁度海を挟んで向かい側の大陸にある都市カインに出る船が、出港するところだった。

 ここに残る必要はないので迷う事なく俺は船に乗り込む。


 船を下りれば別の国だ。

 アルメリアの国から離れられ、俺は心底ホッと胸を撫で下ろしたのだった。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ序盤ながら中々面白いと思う。 リタの姉との関係やヒロイン視点の話がとても楽しみです。
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