13・山道
現在俺達はウノーの村から北の山間部に向かっている。
本当はウノーの村から西に行ったエルザードの町に行く予定だったのだが、セーラから良い情報を貰ったのだ。
次に行く予定だったエルザードの南方にオルナという港町がある。
今俺達が居る王国は実は大きな島国で、友好国である隣国の大陸に渡るには、そのオルナの港から船で渡航しないといけないのだ。
そのための舟券が要るのだが、これが結構馬鹿にならない値段だったりする。
それと山間部に向かっているのと何の関係があるのか? と思うだろう、だが関係大ありなのだ。
この山間部にある小高い山頂付近に、変わり者の老人が住んでいるらしいのだが、この老人は勇者好きの金持ちらしく、道楽で自分の館を訪れた勇者達に船のフリーパス券を譲ってくれるそうなのだ。
これを逃す手は無い。
ただしその老人の住む館がある山は、ある程度の高レベルモンスターが徘徊する危険地帯だ。
どうやら、この程度のモンスターに後れを取るようでは、大陸に渡っても生きていけないということらしい。成程、つまり大陸に行けるかどうかのバロメーターを兼ねている訳だ。
俺達は現在山の中腹くらいまで来ているが、今の所は問題無く進めている。
クラリッサはもとより、俺やリタもレベルが上がってきたしな。だが慢心するつもりは無いので慎重に行こうと思う。
ちなみに情報をくれたセーラは、ウノーの村に新しい神官が来ないと村から出られないとの事なので、俺としては一安心だ。
何故かって? それは何故だかは知らんが、セーラは俺達と一緒に行動したがっていたからだ。
しかし残念だったな、俺は彼女の様なフェロモン垂れ流しの女をパーティに入れるつもりは無い。絶対トラブルに巻き込まれて碌な目に遭わないだろう、断言できる。
「あれ陸さん、前方に誰かいらっしゃいますよ?」
「ん、ああ、本当だな」
ここより暫くは傾斜が多少緩やかになっていて、平面な個所も多い。
山道はまだまだ続いているが、見渡しが良く休憩するには都合の良さそうな場所だ。
不意にリタが俺の後ろに隠れる様に回り込んだ。どうしたんだろうと思っていたら理由が直ぐに判明した。
少し窪んだ場所に黒歴史君と獣人少女の奴隷達が居たのである。
「何をしているんだ、お前達?」
明らかに休憩だと分かるが、何も言わずに通り過ぎるのも何なので俺は声をかけてみた。
「何だお前か、ちょっと一休みしてるだけだ、気にするな」
見ると黒歴史君は相変わらずだが、見知らぬ奴隷が増えていた。こいつやっぱりあの後に新しい奴隷を買いに行っていたんだな。
奴隷の少女達は初めて会ったあの頃の様な薄い布の服ではなく、そこそこの厚手の服にはなっていたが、とてもモンスターと戦う様な装備では無かった。
その証拠に所々破れていたりして、相変わらず傷も多い。
……怪我を負ったままの少女もいる様だな、傷を治さないのか?
しかし今のリタと比べると雲泥の差だな。
奴隷の少女達はリタに気付いたようで、一人を除いて羨ましそうな顔を向けていた。除いた一人というのは、リタを引き取った時に俺に深々とお礼をしていた一番年長の少女だ。リタが姉ちゃんと言っていた人物だと思う。彼女だけは嬉しそうに微笑んでいたのである。
「お、おい、何だその奴隷! 何処で買った?」
……俺の後ろに隠れていたリタを見つけ、指を差しながら食い掛かってきた。何処で買ったかって、お前からだよ!
この野郎、リタだって気付いて無いのか? 阿呆だろこいつ、リタは綺麗にしてやれば中々の美少女だったんだよ。
「あ、あたしの事……むぐっ」
ずっと黒歴史君に嫌な顔を向けていたリタは、暴言を吐こうとしていたが俺が口を塞いだ。わざわざ奴に問題の種を与える必要は無い。
「ああ、色々あってな、お前も新しい奴隷を買ったんだな」
「ふん、そうだよ、いいだろ~掘り出し物だぞ」
フフンと自慢げに胸を逸らしながら、新しく入った顔立ちの整った少女の腕を取り引き寄せた。おいおい「きゃっ」って小さく悲鳴を上げてるぞ、もう少し優しくしてやれよ。
第一、気に入っているのならもう少し綺麗にしてやった方がいいと思うがな。彼女達も俺がリタを引き取った時みたいに身を小奇麗にしてやれば、今よりもっと可愛くなる筈だ。勿体無い。
可愛がるどころか大事にされた形跡も無さそうだし、少し可哀想に思えてくるな。はぁ。
しかしながら奴隷といえど彼女達に対して厳しい扱いは賢くないと思う。
委員長の一件を知っている俺に言わせれば、黒歴史君の行動は愚の骨頂だ。
万一にも奴隷を解放させるようなことになれば、寝首を掻かれるような者をわざわざ増産させているようなものである。
ふっ、俺はそんな轍は踏まん。そう思いながらリタの頭を撫でる。
「ちゃんと傷を癒してやれよ」
「分かってるよ、そんなことは!」
「じゃな、先行くぞ」
黒歴史君も何処で聞いたのかは知らないが、山頂の爺さんがくれるという舟券が目当てだろう。あいつ等と一緒に行く必要もないし、さっさと登ってしまおうと思う。
別れ際にリタの姉の年長の少女が俺に何か言おうとしたが、首輪がしまったらしく首を押えて蹲ってしまった。
まさかとは思うが他人と話すのも禁止されているのか? 信じられないことをする奴だな。
暫くすると拘束が緩んだらしく、涙を浮かべて悲しそうな様子で俺達を見つめていた。
彼女は俺達に何かを伝えたかった様だが、また首輪が締まったら可哀想なので気付かないふりをしておく。
リタは何度も名残惜しそうに振り返っていたが、姿が見えなくなると俺の背に顔を当てて黙り込んでしまった。
まぁ、身内があんな状況じゃ泣きたくもなるよな。かと言って俺にはどうにも出来んのだが。
「あの人また奴隷を増やして、何がしたいんでしょうね」
「さぁな、少なくとも俺には理解できないな」
クラリッサが不機嫌そうに呟き、俺はそれに相槌を打つ。
彼女は黒歴史君と話すのも嫌だという感じだ。そういや最初に会った時に奴隷と間違えられていたな、奴め随分と嫌われたものである。
「ん?」
リタが顔を上げ、何かに気付いた様に前方に目を凝らす。
何かいる?……アレは、かなり大きいモンスターの様だ。
「陸さん!」
「クラリッサ、リタ、戦闘準備はいいな? 来るぞ!」
凄いスピードで地面を疾走して突撃をしてくる巨大な黒い塊。盾で上手く捌くと通り過ぎた敵の姿を確認する。
モンスターの正体は魔物化した巨大な熊だ。
ただでさえデカい通常の熊より更に一回りは大きい、目は真っ赤に輝き一目でヤバいと理解した。
こいつはアレか、倒さないと山頂にたどり着けないというクエスト的な何かなのか?
迂回路は……右手側は垂直に切りだった壁、左手側は深い崖だ、畜生め山頂の爺さんに会いに行くにはここを通るしかないのか!?
覚悟を決めクラリッサとリタに指示を飛ばす、クラリッサは冒険者で戦い慣れしているし、リタは戦闘センスがある。実はこのパーティ、俺が一番のネックなのだが何とかするしかないだろう。
クラリッサにはモンスターに遅緩、麻痺、暗闇等の弱体魔法をかけさせる。この中で一番レベルの高いクラリッサがかけた方が魔法の成功率が高いからな。一発で倒せるなら攻撃魔法でもいいのだが、そうもいかないだろう。
俺の方はモンスターの攻撃をこちらに向けさせる為にヘイト集中の魔法をかけ、次にリタの攻撃力を上げる魔法をかけてやる。
本当なら俺の他に盾役の奴がいれば、俺もリタの様に比較的安全に攻撃できるのだが、この三人の中では盾役をできるのは俺しか居ないので仕方がない。
危険な盾役は嫌だが、これが生き残る確率が一番高いシフトなのだ。
無理をせず、なるべく安全確実な戦闘を心がける。その甲斐あって、こちらは多少の小さな傷はあっても、大きな怪我等はなく戦闘を続けられた。
「クラリッサ、魔力はどのくらい残っている?」
「まだ半分以上はあります」
熊のモンスターは血を流し、動きも大分遅くなってきた。パワーも最初に比べると格段に落ちている。
地道にモンスターの体力を削ったお陰で、倒すまであと一歩の所まで来た。周りを確認してみたが他にモンスターも居ないようだ。念の為に感知が得意なリタに周囲の様子を窺ってもらう。
「リタ、近くに他のモンスターは居ないか?」
「うん、大丈夫。モンスターは居ないよ、モンスターはね」
何故そこを強調する?
リタの視線の先を一瞬チラッと視界に入れると、壁沿いをコソコソと先に進もうとしている黒歴史君一行の姿が……あいつ知ってて俺達を先に行かせたな。
ボロボロになっていたのはモンスターから逃げたからで、リタの姉が俺達に何か言いかけたのもこの事なんだろう。
あいつは俺達と協力してモンスターを倒すとか考えなかったのだろうか? いや、俺達がモンスターを弱らせてくれたらいいとか、倒してくれたら尚いいとか思っていたのだろう。
クソったれ、全く持って酷い奴だ。
しかし文句を言っていても仕方がない。
黒歴史君が見つかってモンスターに倒されようが知った事では無いが、奴の後ろをついて来ている獣人の女の子達を危険に晒すのは避けたいところだ。
よって俺達はこのモンスターを倒さねばならん。
「クラリッサ仕上げだ、魔法で止めを刺してくれ」
「了解しました陸さん」
クラリッサは見た目と違い、その実かなり好戦的な性格ではないかと俺は思うのだ。
最後くらいは派手に魔法を使わせてやらんと、ストレスが溜まるかもしれない。ストレスが溜まると俺への風当たりも強くなるだろうしな、攻撃魔法を撃たせストレスのガス抜きをさせるのだ。
ふふふ、俺はこの辺の調整もぬかりは無い。
「【大炎】!」
クラリッサが呪文を終えると火柱がモンスターを包み込む。
【大炎】は現在俺の使える初級の火魔法、【火球】の上位版の魔法だ。威力が違うぜ。
炎が収まった後には、直立したまま黒焦げになって動かなくなったモンスターの変わり果てた姿が視界に入った。
やがてそれがゆっくりと後ろに傾き、モンスターの巨体に相応しい程の地響きを上げ倒れた。




