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10・神官

 イースの町から西南の方角へ暫く行くと小さな山村が何か所かあり、更に進むと大きめの村ウノーがある。

 馬車を使えば早かったが徒歩だった為、イースを朝に出たのにウノーに着く頃には日が傾こうとしていた。途中の村には宿泊施設が無いので今日中にウノーに着いて良かった。

 しかしここの世界に来て暫く経つが、これ程歩いたのは初めてだった。

 しかし疲れたな、思ったより持久力が無くて我ながら情けない。

 それでも勇者の能力で基礎体力が向上してるのか、元の世界に居た時よりは遥かに体力がある。

 ぬるま湯の世界からこの厳しい環境の世界に来て確信した。

 俺達は全く体力が無かった、勇者の能力向上が無ければ今頃召喚された者達は、俺を含み半分以上はリタイヤしていただろう。

 精神的にもそうだ、モンスターを狩って気分が悪くなるなんて生ぬるい。いずれ魔王軍、つまり魔族と殺し合いをしなければならないだろう。それを理解している勇者がどれほどいるだろうか?

 後ろを振り返るとクラリッサとリタがにこやかに会話しながら俺の後をついて来る。俺と比べ余裕綽々だ。弱みを見せると付け込まれる可能性があるので無理をしてでも毅然として歩く。

 実は小まめな休憩も彼女等を気遣ってでは無い、俺が休みたかっただけなのだ。

 クソッ、この体力馬鹿共め!

 ようやく村に着くと何やら騒がしい。確かに大きめの村ではあるが、こんなに人が居るものか?

 よく見ると村民では無い、俺達と同じ冒険者ばかりだ。何か催し物でもあるのだろうか。


「私ちょっと聞いてきますね」


 クラリッサが村民や冒険者達にこの状況を聞きに行ってくれた。

 助かる、もう動きたくないのもあるが、俺はコミュ症の気があるので見ず知らずの人間と話す事は大の苦手なのである。

 え? まだそんな事を言っているのかって? これでも結構頑張って喋っているんだぞ。人とのコミュニケーションが苦手なのは間違いない。


 クラリッサから詳しい話は後で聞くとして、取りあえず宿を取る事にする。

 ここでイレギュラーが発生した。

 大きめの村で宿泊施設があるとはいえ、所詮は村である。どうやら今日は宿泊客が多い様で、部屋を一室しか取れなかったのである。


「仕方ない、クラリッサとリタが泊まってくれ、俺はどうにかするから」

「いけません、この際仕方がないじゃないですか、一緒に泊まりましょう陸さん」

「そうだぜ陸様、外で一人なんて物騒だからな」


 お前達の方がよっぽど物騒だからだよ! とは言えないので取りあえず苦笑いを浮かべて誤魔化す。

 さて困った、どうしようか。

 先程クラリッサが聞いてきてくれた話では、この村の賑わいは明日村長から冒険者達に大きな依頼があるとの事で集められたらしい。

 詳しい話は明日か、タイミングの悪い時に来てしまったようだな。

 そんな事より今夜の事だった。

 夕食時も頭をフル回転させたが、長く歩いた疲れのせいもあり碌な打開策も浮かばなかった。


 部屋に入ると一つしか無いベッドを主人の俺に譲ると言うので、「お前達がベットに寝ないならこの部屋から出て行く」と脅したら、二人共すごすごと一緒にベットに潜り込んだ。チラチラと俺の方に視線を何度も送って来るが敢えて無視をする。

 お前らの誘いには乗らん! そうして懐に隠した最初の頃より軽くなってしまった財布代わりの布袋を握りしめる。

 俺は部屋に設置されていた古くて固めのソファーに横になり、横目でクラリッサとリタの様子を窺う。

 彼女等は暫く落ち着きも無くベッドでもぞもぞとしていたが、やがて寝息をたてて眠ってしまった。

 いや安心するな俺! あれは今度こそ寝ているフリかもしれないからな。

 限界ギリギリの俺は睡魔との戦いに挫けそうになる。

 い、いかん……頑張れ俺、負けるな俺! 必死に自分にエールを送る俺。


「少しトイレでも行ってくるか」


 わざわざ声に出して部屋を出た。万が一、二人の内どちらかが起きていた場合、怪しまれない様にする為である。


 眠気を振り払う為に宿の外に出ると辺りは暗かった、やっぱり村だな。

 アルメリアやイースの様な町ならそこらかしこに明かりがあり、酔っ払いなどの人もそれなりに出歩いていて、多少は寂しくないのだが。

 まぁこんな世界で夜出歩くなんて、襲ってくれと言っているようなものだしな……だが、この時の俺は疲労困憊でおまけに睡魔に襲われている最中だ。不覚にも眠る場所を求め村を徘徊していた。

 暫く村を歩き回ると前方に明かりが見えた。近づいてみるとどうやら教会の様だ。

 中に入ってみると誰もおらず、思いの外に部屋の中は暖かった。

 柔らかな明かりが心地良い。俺は礼拝堂の長椅子に腰掛けると迂闊にもそこで眠りに落ちてしまったのである。


 <>


「あら、お目覚めですか?」


 んあ? ここは何処だ?

 頭には柔らかい感触。目の前にはにこやかに微笑む天使のような美女。

 えええ~、また膝枕かよ! この世界の女達の間には膝枕が流行ってでもいるのだろうか?

 そう、前にも同じ様な展開がクラリッサとあった。

 ただし前回と違うのは俺の見知った少女ではなく、見ず知らずの少し年上のお姉さんだったというところか。

 もう一つ大きく違った点をあげておく。

 俺をのぞき込む美女の顔と俺の顔の間に、大きな膨らみが視界の大半を塞いでいた。このシスター服を着た美女、とんでもない武器を……お胸をお持ちである。

 とにかく人生二度目の膝枕での目覚めは、見知らぬ美女の膝の上だったという事だ。


「す、すみません、俺は眠っていたのですか」

「ふふ、それはもうぐっすりと」


 さりげなく懐を探り金の入った布袋があるのを確かめる。実物を眼で確認するまでは安心できないが、金は一応大丈夫そうである。

 聖職者が泥棒なんて目も当てられないからな。


「セーラ様、彼はお目覚めになったのですか?」

「ええ、ハンソン」


 体を起こすと礼拝堂にはもう一人、若い神官の青年が居た。彼もにこやかに俺に笑いかける。


「お祈りに来るのは良い事ですが、そのまま眠ってしまっては風邪をひいてしまいますよ」

「そうですよ。この時期、夜はまだ寒いのですから。でも起こすには可哀想なくらいよく眠っていましたね、うふふふ」

「はい、気を付けます。ついうとうとしてしまいまして、ご迷惑をおかけしました」


 俺は二人に丁寧にお礼を言った。

 成程、二人で居た為にこの美女は、迂闊に俺の持ち物を調べる事が出来なかったのかもしれない。運が良かった様だ。

 改めてシスター服を着た女の神官を見る。

 俺ににこやかに笑いかける金髪碧眼巨乳持ちのナイスバディの美女がそこに居た。

 そう絶世の美女と言っていい、妙な色気がシスター服と相まって背徳感さえ感じる。さぞかし異性にもてるだろう。

 ……俺の本能が危険信号を鳴らしていた。俺の勘が告げているのだ、こいつには近付くなと!

 こいつぁビッチだ!

 ……早くこの場から離れなければ、俺の身が危うい。


「お二人共、申し訳ございませんでした。仲間が宿で待っているのでこれで失礼します」


 丁寧に深々とお礼をした。早くここから去りたい気持ちはあるが、結果的にここで眠ることができたのだから、礼は言わねばならないだろう。


「あら、もう行ってしまうのね」

「すみません、仲間が心配するといけないので」


 これ以上この女と一緒に居るのは危険だ。聖職者の癖に一々仕草が妖艶過ぎる。

 俺は振り返らずに教会を飛び出した。

 教会に日差しが差し込んでいたので、朝になっていた事は分かっていた。時間的にはまだ夜が明けたばかりの様だ。


 宿に着くと足を忍ばせ、そっと部屋に入る。

 まだ二人はスースー寝息をたてて眠っていた。どうやら気付かれずに済んだようだ。

 少し早いがどうしたものかと考えを巡らせていたところ、クラリッサが目を覚ました。


「おはようクラリッサ」

「あ、おはようございます陸さん」


 リタはまだ夢の中の様だ。


「ふふっ」

「どうした?」

「いえ、以前も陸さんから先に挨拶されたなって」

「ああ、そう言えばそうだったな」

「はい」


 今の会話で何が嬉しいのかさっぱり分からないが、クラリッサは朝からご機嫌だった。クラリッサが低血圧でなくて良かった。

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