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1・召喚

 季節は春、高校三年生になったばかりの頃だ。

 クラス替えでまだ全員の顔と名前を憶えていないクラスメイトと一緒に、異世界という所に呼び出されてしまった。

 クラス一同三十六名勇者として召喚というやつだ……全く馬鹿げている。


 俺達のようなまだ社会にも出ていない子供に、魔王とやらを倒せと? いかれてやがる。

 だがクラスメイトの中にはノリノリの奴も居る、おいおい正気なのか? 

 クラスのリーダー格に名乗り出た男が、俺達を召喚した王侯貴族達と話をつけようとして、それならばと別室に連れていかれた。

 その際そのリーダー君も含めて四人別室に行ったのだが、帰って来たのはリーダー君一人だけだった。他の三人はどこに消えたんだ?

 一緒にリーダー君と戻ってきた貴族がここに残った貴族達に「真の勇者が……」とか小声で囁いていたが……何だが嫌な予感がする。

 ともかく分からない事は今考えても仕方ない。取りあえず戻って来なかったあの三人の事はおいておこう。


 交渉はやりたい奴にやらせるのがいいと思ったのがいけなかった。リーダー君は王や貴族達に言いように丸め込まれその気にされていた。

 俺達の中でも馬鹿じゃない奴らは居る。だが状況をよく見て考え、慎重になるべきとの少数意見は通らず、大半が流されるまま勇者として旅立つことになった。

 改めて言いたい、正気なのかと。


 王から各自、金貨十枚と武具一式を与えられ、国から一人あたり最大で五人の仲間をつけてもらえる事となった。

 確かにこんな右も左もわからない所では頼りになる仲間が必要だ。

 用意された大広間に百人前後の俺達の仲間になってくれるはずの、冒険者と呼ばれる者達が居た。

 ……ふん、コミュ症の俺に「俺の仲間にならないかい?」などど言葉をかけられるはずもない。ならば勇者となった仲間同士でもと思ったが、親しい友人などこのクラスにはいなかった。

 城から町に出て仲間を集う方法もあるが、今のように目の前の冒険者さえ仲間に出来ないこの俺が、見知らぬ地で仲間を集められる筈はない。

 かくして俺は仲間の一人も居ない孤高のソロプレイヤ―として、この過酷な地で生きていかねばならないというのか……。

 馬鹿げている、全くもって馬鹿げているのだ。この世界も、この状況に至ってもコニュ症をこじらせたまま、見知らぬ人間に声をかけられないこの俺も。



 クラスのリーダー君が老若男女いる仲間になってくれる人の中から、次々と若い女の子ばかりを引っ張って来てメンバーに加えていた。

 こいつは馬鹿なのか?

 この旅は命がかかっているんだぞ、一人くらいは屈強な男を選べよ。

 何が「俺が守ってやる」だ……しかしこの行動力見習いたいものだな、今の俺には無理な話だけど。

 そんなリーダー君に文官が「他の勇者も居るので仲間は多くても五人までにして下さい」とやんわりと注意した。

 あんな馬鹿にはもっと強く言ってやれよ。

 その様子を見ていた俺だが、リーダー君に連れられて来た女の子の一人と目が合う。リーダー君は自分好みの女の子ばかり集めたようで、なかなかの美少女だ。


「あの、私はこの方の所にいきますね」


 唐突にそう言って俺の下に来る一人の美少女。

 リーダー君は集めた女子の中でも特に気に入っていた少女だったらしく、引き留めようとしたが他の女の子達に邪魔をされていた。リーダー君は顔が良いからな、ここでもモテるんだろう。

 さて、俺の目の前にいるこの美少女だが、一体何を考えている? 

 イケメンのリーダー君からの誘いを断り、更に女子が多い構成とはいえ比較的メンバーが多い安全なパーティから別れ、一人だった俺の下へ来ただと?

 怪しい……怪し過ぎる。

 はっきり言おう。客観的に見て俺はイケメンでは無い。

 背は平均よりは高い方だが高身長という程でも無いし、多少は鍛えてるが筋肉ムキムキの逆三角形の身体でも無い……控えめに言ってもモテる要素の無いタイプの男だ。自分で言ってて情けなくなるが。

 現在仲間になってくれる彼等彼女等が俺達を選ぶには、外見で選ぶしか情報が無い、力なんかはある程度体格を見れば分かるかもしれんが、得意分野や頭の良さは分からないはずだ。


「始めまして、クラリッサと申します勇者様」


 俺の正面に立ちニッコリと微笑む少女、クラリッサ。

 栗色の明るい髪に同色の瞳、背は俺より低いが決してチビでは無い。

 ローブに簡素な革鎧を付けているので、プロポーションはよく分からないが、少なくとも悪くは無い。

 リーダー君の取り巻きの少女達が俺を見て、「あの人、一人だったじゃん可哀想~」と小声で呟いていた。

 ふむ、可能性の一つとしてクラリッサは憐れんで俺の下に来たのかもしれない。そんなに俺は可哀想に見えたのか。

 くぅ、何という屈辱。こんなあまり歳の変わらない少女に憐れみをかけられるとは……。

 クソ、まぁいい、そのお人好しの性格を利用してやろうじゃないか。

 俺はソロプレイいう危険を回避する為に、敢えてその誘いに乗ってやることにした。

 何度も言うが一人は危険だし仲間は必要不可欠だろう。背に腹は代えられんと言う訳だ。


「こちらこそ始めまして、俺の名は柏木 陸と言います、よろしく頼みますねクラリッサさん」

「はい、任せて下さい、ふふ、陸様は礼儀正しいのですね」


 ふん当然だ、これから色々と情報を聞き出さねばならんからな。

 その為には物腰を柔らかくして、俺に対して嫌悪感を持たれないようにしなければならない。

 コミュ症の割にちゃんと喋っているな、だと?

 馬鹿言え、これでも膝はガクガク心はブルブル、所謂ガクブルの状態だ。

 こんな所で美少女に情けない姿は見せられないという、俺の僅かばかりの抵抗に過ぎない。

 少女はどういう訳か顔を少し赤らめ照れくさそうな様子……むぅ、何という挙動不審な態度だ、益々怪しい。

 彼女が俺の仲間になったのはお人好しのお節介だと考えていたが、そうでは無く何かの悪意を持って近付いてきた可能性も出てきたな。

 もしそうだとしても、彼女の油断を誘う為に今は友好的に接した方がいいだろう。そうすれば俺に対して直ぐに危害を加える可能性は低くなる筈だ。

 何にせよ俺に近付いた理由が分からんうちは、あらゆる対抗策を取る必要がある。

 後はセクハラにならぬよう気を付けてなければな、謂れの無い事で騒がれて憲兵隊に捕まり牢屋送りなんてのは御免だしな。

 ……この世界にセクハラがあるのかという問題は置いておこう、まぁ当たり障りのない行動を心がければ大丈夫だろう。


 結局俺の仲間になってくれたのはクラリッサだけだった。

 召喚された人数から見たら一人当たり二~三人くらいになる筈だが、リーダー君のように沢山メンバーに加える奴もいるから一人だけのボッチの奴もいた。ふふふ、もう少しで俺もボッチの仲間入りだったぜ。仲間になってくれたのが信用できる奴かどうかは別としてな。

 余った奴等でパーティを組むことも無く孤独を気取るボッチ君達。

 あ~彼等彼女等は仲間が欲しいなら町に出て仲間を集めるか、もしくは金を出して冒険者等を雇うしかないよな。だが、そんな行動力のある事が出来るなら、今ここで仲間集めをしてるだろうし無理な話か、まぁ頑張れよ。


 早速城を出て町に足を踏み入れた。

 城の外は町が形成されていて、一番城に近い場所に貴族の屋敷が密集していて、その更に外側の場所に一般の国民が住む町がある。

 広いな、流石はこの国の中心である王都だ。

 俺は振り返り、遠く離れた町中でも見える白く高い城門を見上げた。

 思い返せば王にしても周りに居た貴族にしても手慣れたものだった。おそらく初めての異世界からの召喚ではないのだろう。

 第一魔王を討伐せよなどと、頼みだか依頼だかを言われてハイハイと頷けるか? まぁクラスメイトの中には頷いている馬鹿者もいたが……それならそれでもっときちんと説明してほしいものだ。そうだとしても納得できるものではないがな。

 勇者と言って持てはやしてはいるが、俺達に均等に与えられたのは金貨十枚と大して良くはなさそうな武具等の装備一式だけだ……そう、命を賭ける対価がこれだけなのだ。安い命だとは思わないか?

 う~む……ところで金貨ってどのくらいの価値なんだ? 確かに大金だとは思うが、命に見合うだけの価値には思えないのだが。

 隣に居るクラリッサに聞くのが一番だが、どう聞き出すべきか。

 分からない時はストレートに聞いて様子を窺う事としよう。


「クラリッサさん。貴方への報酬はどのくらいが良いのかな? 俺はここに来たばかりで相場が分からなくて……」


 わざと困った顔をしてクラリッサに聞いてみた。

 これで所持金の半分も要求して来たら即刻解散だ、流石にそれはボッタクリだと俺にだって分かる。

 正直に言うと多少多めに要求してきても構わない。後々ぼったくられたと分かるだろうが、勉強代だと思うことにする。この世界の常識が分からない以上、今は彼女と言い争うような愚策はしない。


「陸様、あそこに集められた者達は既に国から報酬を前払いされているのです。もし勇者様に報酬を要求するような者が居たとするとしたら、その者は要注意ですよ」


 ふむ、そうなのか。しかしこのクラリッサという少女だが中々したたかだ、すぐばれる嘘などはつかないということか。


「そうかありがとう、クラリッサさんは親切でとても助かるよ」

「いえ、勇者様に仕える者として当然の事です、それと敬語はお止め下さい、私は勇者様の従者なのですから。あと私の事はクラリッサと呼び捨てで結構ですよ、陸様」


 真っ直ぐ俺を見つめて嬉しそうに微笑むクラリッサ。

 クラリッサの言動から勇者という立場は貴族程ではないが、一般市民よりは高い様だ。


「分かった、じゃあクラリッサ、俺の事も陸と呼び捨てにしてくれないか」

「それは勇者様に対して失礼では……」

「いや、様付けは落ち着かなくてね」

「は、はい、では陸さんとお呼びしますね」

「はは、まぁそれでもいいかな……」


 俺は照れたように装いクラリッサの様子を窺った。特に馬鹿にした様子は見られない。

 勇者なんていう得体の知れない初対面の異世界人に、ここまで親切にする謂れは無い筈だ。クラリッサの目的は未だに分からない。



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