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この声が届くように

友人の作品の代理投稿です。ご意見・ご感想あれば是非お願いいたします。


 俺は放課後のオレンジに染まる母校の廊下を歩いていた。今日、教育実習生として3年前に通っていた母校へとかえってきたのだった。


 思い出の詰まった校舎を懐かしみながら、遠くから聞こえる運動部の掛け声なんかに耳を傾けていた。



───おっ、ここだ。



 いつの間にか元自分の教室の前に立っていた。前の扉の上には、当時、俺の制服の首辺りに付いていた数字と同じ数字のプレートが取り付けられていた。


 教室ってのは不思議だ。どこもかしこも同じ造りだというのに学年が違うだけで肌触りが全然ちがうのだ。


 ちょっと覗いて見る。すると今、現在使っている生徒たちの雰囲気が放課後になった今でも感じられた。俺がいた3年前の雰囲気なんて微塵も感じられず、壁に刻んである落書きだけが時を止めたままでいた。


 少し湿っぽくなっちまったな。



「……ふぅ」



 俺は切り替えるように小さな溜め息を吐き、再び歩き出した。


 さてどうするか?


 担当の先生からはもう帰っていい、と言われてるもののまっすぐ帰る気にはなれず、もう少し校舎内をまわってみることにした。


 そう決めた俺は、何気なく階段を上へ、上へと上がって行き、最後にあった鉄の扉を開いた。


 瞬間、視界がオレンジ一杯になり、薄暗い廊下を歩いていた俺は目を細めた。

夕方の少し熱の冷めた風を受けながら、着慣れていないスーツのネクタイを緩め、途中に買った缶コーヒーをひとくち、口に含んだ。



「ここからの風景もかわらないんだな」



 誰に言うまでもなく呟いたその声は風にさらわれて消えた。


 俺は忘れられない1人の少女のことを思い描く。



───3年前───



 俺は大学の受験勉強に明け暮れていて、その日もクーラーの聞いた図書館で勉強をしていた。夏休みの図書館は人で一杯だった。俺と同じ様に受験勉強に励む受験生、自由研究の為か虫や花の本を運んでいる小学生、新聞を読んでいる年輩の方と年齢性別まで様々だった。


 その中にまっすぐ俺の方に向かって来る女の子がいた。



「今日も精がでますね〜」



 小声で話かけてくる少女に向かって、俺は手を上げるだけで応えると、少女は人懐っこい笑顔を見せ、当然とばかりに隣りに座り本を読み始める。


 なにを隠そう俺たちは彼氏彼女という間柄なのだから、当然と言えば当然。

つまり付き合っているのだ。


 しかし、彼女が来たということは同時にあと1時間で閉館という事だった。


 彼女はどちらかと言うと快活で明るいタイプなので、図書館には1時間いるのが限界なのだろう。そして、勉強が終わった後はだいたいが夕食して帰るか、公園で一緒の時間を過ごして帰るかが夏休みの俺の生活パターンだった。


 そしてニ学期に入ったある日、公園で話をしていた彼女が唐突に言った。



「あんたはさ、何の為に勉強頑張ってるの?」



「はぁ?」



 突然の事に素頓狂な反応をしてしまった。



「いや、将来の夢っていうかさなんかあるのかなって……」



 そう言う事か、と1人で納得し答えを返す。



「漠然とだけどな、教師になろうかと思ってる」



「お前はどうなの? 将来なりたいものとか」



「……」



 静寂が訪れた。閑静な住宅街に車通りは少なく、虫たちの合唱がいきなり大きくなった気すらする。


 そして、いつもの明るい彼女とは違う、少し陰りのある表情だった。


 そして小さく息を吸いこう続けた。



「あたし、明日、検査受けにいくんだ」



 俺はハッとした。普段は明るく元気だから忘れがちだが、昔から病気を患っていると本人から聞いていた。



「正直、ちょっと恐いかなぁ、なんて」



「大丈夫だって、いつもの元気はどうしたんだ」



 俺は弱気になってる彼女をみて努めて明るくそう言った。彼女も徐々に元気を取り戻し最後に

は『頑張って来る』と言っていた。


 はっきり変化に気付いたのは2学期も終わろうという頃だろうか。あの頃の元気だった彼女はなりを潜めていた、別に暗い訳ではない。しかし、弱々しく思えるのも事実だった。


 思えばあの日の検査を受けた時辺りから日に日に元気がなくなってるような気もする。


 結果は芳しくなかったのだろうか。俺はなるべくその手の話題を避けていたので、結果も聞いてはいなかった。



「おい、大丈夫か?」



 俺は心配になって声をかけた。しかし、彼女はいつも笑いながらこう言う。


 大丈夫だと、少し風邪ぎみなだけなのだと。


 そして今日も例外ではなかった。



「じゃあ、あたしは次体育だから着替えにいくよー」



「……あぁ」



 笑顔でそこまで言われてしまってはそれ以上何も言えなかった。


 俺も着替えるか。そんな事を思って踵を返した時だった。


 ドサッ! という音と共に数名の女生徒達から悲鳴があがる。


 俺はすぐに駆け寄り名前を呼んだ。



「おい! 大丈夫か!? しっかりしろよ!」



 冷静さなんて吹っ飛んでいた、夢中で彼女の名前を呼び肩を揺する事しかできなかった。


 その日の木枯らしはいつもより格段に冷たく感じだ。


 次の日朝のホームルームで入院が決まったと聞いた。本当はもっと前から入院は勧められてい

たらしい。


 俺はお見舞いに行くことにした。


 病院に入り受付で部屋を聞いた。


 コン、コン。



「どうぞー」



 すぐに応答がかえってきた。


 ガラガラ。



「失礼しますよ、てか寝てなくていいのか?」



「今は大丈夫、なんだか調子いいみたい」



 その日は、どうでもいい話で盛り上がった、クラスの誰がまたアホやってたー、とかそんなのばっかだ。


 後は珍しく家族の話もした。彼女は4人家族で、3つ年下の妹がいるらしかった。


彼女曰く



「あたしに似て可愛いんだぞー」



「2人並んだらどっちがあたしか解んなくなっちゃうよ」



 なんて、冗談も言えるほど元気だった。


 それからも勉強の合間を縫って、何度か病院に足を向けた。元気な日や、辛そうな日、ずっと寝てるだけなんて日もあった。



「よう、俺大学受かったから。これからはもっと頻繁にこれるぞ」



 この日は大学の合格を報告しにきたのだった。



「おめでとう、これで教師の夢に1歩近付いたね」



 辛いのに一緒になって喜んでくれたのが素直に嬉しく感じた。



「もしかしたら学校で、あんたに勉強教えて貰う用になるかもね」



「任せなさい」



 俺は見えない眼鏡のブリッジを指で上げてみた。



「ふふふ、ばーか」



 そして彼女の今年の留年が決まった。


 そして桜の蕾が開き始めて目でも春を感じられるようになった。彼女の2回目の3年生は病院のベッドから始まった。


 俺は大学1年生になっていた。



「あたし、4月中に都会の大きな病院に移ることになったから」



 サラリと言う彼女に対して俺は動揺を隠せなかった。



「は? ちょっと待てよ、それじゃ、何時間かけてお見舞い行くんだ俺は?」



「ゴメンね、だからもう来なくてもいいよ」



「あんたはこっちで、他の人と幸せになりなよ」



 取り乱す俺に彼女は精一杯の笑顔を向けてそう言った。その言葉を聞いて俺は正気をとりもどした。



「…………俺は」



「俺はお前がどこに行ってもお前の事を想ってる」



 それ以降2人は言葉を交わさなかった。


 彼女が都会に行く日、俺は見送りに来ていた。彼女の両親に頭を下げる、いつか聞いた妹は来ていないみたいだった。



「絶対また会おうな」



 もう車の中に乗り込んでいる彼女に窓から話し掛ける。



「……」



 車のエンジンが動きだす。もう一度ご両親が俺に頭を下げてきた、俺も釣られて頭を下げる。そして彼女を乗せた車が動きだす。



「頑張れよ、頑張って、またいつか会おうな」



「約束はできないよ」



 彼女は言う。



「好きな人に嘘はつけないから」



 俺はもう泣いていたと思う、その時の事はよく覚えていない。


 ただ彼女が別れ間際に紡いだ言葉と流した涙だけは今でもけっして忘れない。


 桜の花は散って、青々と葉桜が繁る暖かい4月末の事だった。



───あれから2年か。



 現実に戻った俺は残りのコーヒーを流し込んだ。


 あれから1度、お見舞いに行った事があるが、面会謝絶だった。



「お前は元気でやってるのか?」



 誰に言う訳でもなく独りごちる。


 ぎぃッ!


 不意に鉄の扉が開いた。


 反射的に視線を送ったその先に、さっきまで考えていた少女が、申し訳なさそうな顔をして立っていた。



「お前……退院した……のか……?」



 突然の出来事に目の前の事を信じられないでいた。


 すぐに目頭が熱くなった。


 少女が俺の前に来る、雰囲気こそ違うが昔とあまり変わってないように思えた。少女は泣きそうになって言った。



「……妹です」



 すみません、と何度も頭を下げる。


 そんな彼女の妹をみてるとこちらも申し訳なくなる、勇気を出して来てくれたのに、先走ってしまった。



「頭を上げてください、なにか用があるんでしょう?」



 恐らく写真か何かで俺のことはしっているのだろう。



「あっ、すみません」



 頭を上げてと言う言葉に謝ってしまうとは、彼女とはあまり性格は似てないようだった。



「姉から手紙を預かって来たんです」



「ありがとう」



 便箋をみながら俺は1番聞きたくて、1番聞きたくないことを思い切って聞いた。



「……お姉さんは元気かな?」



 すると少女の顔に影がおちた。



「……すみません」



 今までで1番小さな悲しい声だった。


 俺は泣きそうなのを必死で堪えて笑顔で言う。



「……そっか、手紙ありがとう」



「いえ、では私はこれで」



 少女はそう言うと校舎に入って行った。


 どのくらいか……俺は立ち尽くしていた、正面から風を受ける。俺の右手で便箋がなびいた。


 そうだ、手紙。


 俺は丁寧に丁寧に封を切った。そこには、けして女の子らしいとは言えない、綺麗で、整った、でもたしかに彼女の字があった。



「貴方がこれを読んでいるのは春ですか?」



「それとも太陽の眩しい夏ですか?」



「はたまた木々が色鮮やかに染まる秋ですか?」



「終わりと始まりの冬ですか?」



「んーなんか柄じゃないからやめるね」



「まずは、やっぱり会えなくなっちゃった」



「ゴメン」



「1回こっちにもお見舞い来てくれたんだって?」



「ありがとうね」



「でも、やっぱりゴメン」



「やっぱさ、あんたはそっちで幸せになりなよ」



「夢だって言ってた先生になってさ」



「可愛い子みつけてさ」



「あたしは、いつでも貴方を見守っています」



「なんちゃって」



「さようなら」



「大好きでした」



 パタパタと紙に染みができて行く。


 大泣きすると思ってたけど、心は悲しいながらもなぜか穏やかだった。



「バカ、幸せになってじゃねーよ」



「……言っただろ」



 夕日はもう落ちていて。


 空には一等星が輝いていた。



「俺はお前がどこに行ってもお前の事を想ってる」



───この声はお前のいるところまで届いているだろうか?

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