3. モブ、公園で美少女を見つける
紅葉君との話を切り上げた僕はすぐに教室を出る。
学校まで車で来る人が多く、専用の乗車口がある。
それを横目で見ながら、僕は自転車置場に行く。
自転車置き場には高級そうな自転車がずらりと並んでいる。
生徒が自転車に乗って登校しているわけじゃない。
僕以外には自転車通学の子はいるけど、ほとんどは車で送り迎えされている。
どうしてここに自転車がたくさん並んでいるかを言えば、それは広い敷地内を自由に動くためだ。
でも、実際、自転車なんてなくても、敷地内の移動は困らない。
じゃあ、なんで自転車が常備されているのかって?
あくまで僕の予想だけど、ここに並んでいる自転車は原作イベントで使われるものだ。
きっと紅葉君がヒロインを自転車の後ろに乗せて、長い坂を下るのだ。
青春っぽくて良いな。
僕も女の子と二人乗りしたいな。
そんな感じで僕は自分の安い自転車に跨る。
ここでいう安いというのは、お金持ち学校の中では、という意味だ。
別に格安自転車を買ってもらったわけじゃない。
6段変速オートライト式の自転車だ。
モスグリーン落ち着いた色も悪くない。
普通に良いものだ。
僕の家までは自転車で三十分。まあまあ遠い距離だ。
小学生が通う距離じゃないと思っているけれど、今更だ。
僕の家の近くには、小学校がいくつかあるけど、華月学園の教育環境が最も整っているから、そこに行こうってなった。
難しいといわれる入学試験を突破し、お父さんに高い授業料を払ってもらって、僕は華月学園に通っている。
お父さん、お金払ってくれてありがとう。
僕はちゃんと勉強してるよ。
そんなことを考えなら自転車を漕いでいたら、目的地にたどり着いた。
図書館だ。
ガラス張りのオシャレな図書館で規模も大きく、たくさんの本が置かれている。
僕は自転車置き場に自転車を止めて館内に入る。
用事というのは勉強だ。
小学生でも勉強は大事だ。
特に華月学園は全国でもトップクラスの成績を誇る学校だ。
前世の知識を持つ僕でも、勉強をサボっていたら、すぐに落ちぶれてしまう。
今はなんとか二番目の成績をキープしているけど、いつまで続くことやら……。
なるべく順位を落としたくないから、僕は必死に勉強する。
ちなみに一番目は医者の息子で緑髪の子だ。
凄く頭が良い子で僕とは地頭が違うんだな、と思い知らされている。
落ち着けそうな席を確保して、しばらく、図書館で勉強をする。
いつの間にか外が暗くなっていた。
僕はスマホを見ると、お母さんからの連絡が来ていた。
ポン酢が切れているから買ってきて欲しい、という内容だ。
ちなみに僕は小学生だけど、スマートフォンを持っているんだ。
今の時代はみんな持っているのかな?
図書館を出た僕はスーパーに向かった。
小学生に買い物を任せるってどうなんだろう?
小学生にでもなれば、お使いくらいできて当然なのかな。
僕は言われたとおり、スーパーでポン酢を買う。
最近は寒くなってきたから、今日は鍋かな。
鍋だったら嬉しいな。
僕は大好きなグミもついでに買った。
最近ハマっているのはハードグミだ。
歯ごたえが癖になる。
お菓子を買い過ぎると、お母さんに怒られるけど、たまには良いよね?
ちゃんと歯磨きしているから、虫歯にはならないよ。
スーパーを出た僕はグミを食べながら、自転車を漕ぐ。
こういう食べ歩きができるのも、庶民の特権だ。
紅葉君なんかは、学校までお迎えが来て、そのまま家に着いてしまうらしい。
それはそれで楽そうだけど、寄り道ができないのは大変そうだ。
そういえば、紅葉君をコンビニに連れて行ったときは楽しそうにしていたな。
それまで、コンビニに一度も入ったことがないと言っていた。
俺の浴室より小さな店内なのに、なんて豊富な品揃えだ――。
と言って、紅葉君はびっくりしていた。
僕は自分の家に向かって自転車を漕ぐ。
あと五分もすれば家に着く。
そうして周りの景色を楽しんでいるときだ。
ふと見た公園のベンチで見知った顔を見つけた。
黒ジャケットに黒のキュロットスカート。
白のブラウスには赤いリボンタイが付いている。
左胸の位置には、桜の花びらのエンブレムブローチがある。
僕が通っている華月学園の女の子用の制服だ。
ベンチに座っている少女は黒髪の長い髪を流し、視線を下に向けていた。
彼女は睦月梅。
名前からわかると思うけど、おそらく漫画の登場人物だ。
名字が和風月名で、名前が花である子は漫画の重要人物だと思っている。
梅さんの母親は有名女優であり、父親は大富豪だ。
梅さん自身も母親の美貌を余すことなく受け継いでおり、将来はきっと美人になる。
ぱっちりしたお目々や、ふっくらした唇の美少女だ。
僕は梅さんを見つけて、どうしたら良いか迷った。
声をかけるべきか、無視して通り過ぎるべきか……。
普通の小学生が相手なら心配はしない。
でも、梅さんがこの場にいるのは、ちょっと変だ。
もう日が暮れている。
こんな時間に梅さんのような女の子が一人で公園にいたら、誘拐されてしまうかもしれない。
安全な日本だと言っても、安心はしていられない。
僕は心配性なんだ。
なんで一人でいるのかな?
うーん、わからない。
だけど、無視して通り過ぎるのも気が引けるし、とりあえず話しかけてみよう。
ちょっと梅さんのことは苦手なんだけどな。
僕は公園に入って、入り口のところに自転車を止める。
そして、梅さんが座っているベンチの近くまで行く。
梅さんの目の前まで来た。
梅さんはまだ僕の存在に気がついていないようだ。
驚かせてみようかな?
ちょっとだけ、そんなことを考えたけどやめといた。
だって、梅さんって怒ると怖そうだし。
うーん、と唸っていたら、ふと梅さんが顔を上げた。
僕と視線が重なる。
梅さんが不審者を見る目で僕を見てきた。
僕は全然怪しい者じゃないよ?