29. モブ、テストを受ける
次の日。
僕は梅さんに事情を話した。
イジメのことについてだ。
昨日、僕は色々と考えて、あんまり勉強に集中できなかった。
だから、誰かに聞いてほしかった。
誰に相談しようかと考えたときに、真っ先に梅さんの顔が浮かんできた。
「それは困りましたね」
「うん、困ったよ。どうしたら良いと思う?」
僕のポンコツな頭と違って、優秀な頭脳を持つ梅さんなら答えを持っているかもしれない。
「犯人を社会的に抹殺すれば良いと思いますよ」
梅さんは恐ろしいことを言う。
冗談だとわかっていても、僕はぶるっと体を震わせた。
冗談だよね?
梅さんなら本当に殺ってしまえそうで怖い。
もちろん、梅さんがそんな手段を取るとは思ってもいないけど。
「もっと穏便な方法はないかな?」
「穏便に消し去る方法ですか?」
僕は梅さんを軽く睨んだ。
そういうことを聞きたいんじゃないよ。
「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました」
梅さんは素直に謝った。
「イジメを穏便に解決するのは難しいですよ。最も穏便な方法が加害者に制裁を加えることだと思っています。でも、灯都さんがそうしたくないと言うなら、私もできるだけ皆が悲しまない方法を考えてみます」
「迷惑かけてごめんね」
「いえ……。灯都さんのそういうところは素敵だと思います。見て見ぬ振りをせず、手を差し伸べるなんて、誰にでもできることではありません」
「ありがとう。でも、そんなに大したものじゃないよ。僕は自分がもやもやした気持ちになるのが嫌なんだ」
「普通の人は、そのモヤモヤを心の奥底にしまい込んで、何もなかったことにしますよ」
そういうものなのかな?
この胸に沈んだ澱を放置するなんて、僕にはできそうもない。
「私の方でも犯人を探しておきます。でも、まずはテストを乗り越えるのが先です」
「そうだね。そのとおりだ」
テスト勉強を疎かにはできない。
梅さんに話したら、少しだけスッキリした。
別に問題は解決したわけじゃないけど、前に進めた気がする。
梅さんの言う通り、まずは勉強に集中しよう。
そうして日にちが過ぎ、テスト当日になった。
ちなみに華月学園高等部は三学期制だ。
二学期制と比べると一回あたりのテスト範囲は狭い。
加えて、今回のテストは高校入学してから最初のテストとなる。
なにが言いたいかと言うと、今回のテストは対策を練りやすいということだ。
僕のような凡人が天才たちと競うためには、いかに対策を立てるかが大事になってくる。
モブはそうやって戦略をたてなくちゃいけないんだ。
自分の持っている手札で勝負するのは楽しい。
僕はカードゲームが好きだからね。
家族で大富豪をやれば、お父さんの次に強い
あんまり自慢できることじゃないけど……。
そういうわけで僕は中間テストに臨んだ。
中間テストは3日間に渡って行われる。
試験は全て午前中にある。
最初のテストは現代文だった。
現代文のテストでは授業で取り扱っていない内容をテストに出してくる。
授業でやっている内容をテストにしてしまうと本当の国語の実力が見られないから、という理由らしい。
実際の大学の試験でも授業の内容なんて出てこない。
でも、現代文の授業がまったく無駄ってわけではなく、考え方などの基礎的なことを教えてくれる。
これは華月学園の生徒のレベルが高いから成り立つ方法だと思っている。
頭が良くない高校で同じようなことをやれば、授業を聞かない人が続出するだろう。
僕みたいな凡人には厳しいテスト方式だ。
対策が立てにくい。
文芸部だからって現代文ができると思うなよ。
本を良く読むことと読解力があることには、何の相関性もないらしいからね。
よし、やるぞ、と気合を入れて挑んだ現代文のテスト。
問題文を読んで、僕は手が止まった。
題材がイジメについてだった。
焦点はイジメをしている側のほうに向けられていた。
共感なんか全くできない。
罪悪感を感じるなら、いじめなんてしなければ良いのに。
そう思ってしまった。
僕は話に夢中になってしまい、テストに集中することができなかった。
試験が終わり、あまり手応えがなかったな、と感じた。
だめだ、だめだ。
なんか、最近の僕は暗いことばっかり考えてしまっている。
現代文は駄目だったけど、次のテストで挽回しよう。
一日目のテストをなんとか乗り切り、僕は図書室に行った。
今日は特に人が多い。
みんなの勉強の邪魔をしてはいけないから、忍者のように足音を立てずに歩き、勉強できるスペースを探す。
中等部の頃、僕は忍者に憧れていた。
ほとんどの中学生が発症する例の病だ。
僕もその例にもれず、あの病にかかってしまった時期がある。
そのときに、僕は様々な技を覚えた。
例えば、袖の下から得物を出す技だ。
僕はこっそりと学生服の中からシャーペンを出す技を覚えた。
これでいつ敵が襲ってきても大丈夫。
シャーペンを持って戦うことができる。
梅さんにこの技を見せたときは「よくできました」と温かい目で見られた。
いま思い出すととても恥ずかしい。
僕は空いている席を見つけて座った。
そして、明日のテスト範囲の勉強を始める。
ふと集中が切れたタイミングで横を見た。
そこには村崎さんがいた。
村崎さんは紫のものを使うことが多い。
名前が村崎だからかな?
ぼんやりと村崎さんを見ていると目があった。
村崎さんは少し驚いた顔をしたあとに、軽く頭を下げてきた。
僕も頭を下げる。
ちょっと休憩を兼ねて、村崎さんと話をした。
最初の頃は僕に対しておどおどしていた村崎さんだけど、最近は普通に話してくれる。
距離が縮まっているようで嬉しく思う。
少し前まで話しかけるだけで、村崎さんの肩がビクっと揺れていたからね。
ちょっと休憩と言いつつ、結構な時間話し込んでしまった。
そうしていると正午になり、僕は村崎さんを昼食に誘う。
デートのお誘いじゃないよ?
村崎さんは先客がいたようで、断られてしまった。
僕は仕方なく、一人でカフェテリアに行くことにした。




