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28. モブ、考える

 5月になった。

 文芸部の部室には僕と部長と村崎さんがほぼ毎日通い、梅さんがたまに来るという感じだ。


 村崎さんが来てから、文芸部っぽい話をするようになった。

 村崎さんはちょっと難しい内容の本が好きだ。

 正義とか人生とか幸福とか、そういったことを考えさせられる本が好きらしい。


 僕も部長もそういう話についていける。

 僕の場合は広く浅くって感じだ。

 でも、部長はさすが文芸部部長と言うべきか、色んな分野に精通している。


 部長の文学に対する深い考察は素直に凄いな、と思った。


 そして、5月も半ばとなった頃、テスト週間が訪れた。

 もうすぐ中間テストがある。

 この期間は近々に大会がない限り、部活動はお休みとなる。

 もちろん、文芸部はお休みだ。

 部室が使えない僕は学校の図書館で勉強することにした。


 初等部の頃は家の近くの図書館を使っていた。

 初等部の学生は学校に遅くまで残れなかったからだ。


 でも、中等部以降は遅くまで学校に残っていても大丈夫となり、僕は学校の図書館を使うようになった。


 今回のテストの目標はトップテン入りだ。

 最近は楓君と紅葉君が一番を競うようになっており、僕はだいぶ差を付けられてしまった。

 昔は紅葉君よりも僕の方が頭良かったんだけどな。


 これがモブの宿命なのかも。

 モブはテストの順位表に載ることさえも許されていないらしい。


 あの二人は日本で一番頭の良い大学に入れるスペックがある。

 僕が競っていられたのも、前世の記憶を生かし、ちょっとずるをしていた初等部までだった。


 最近は梅さんも僕を抜かしてきそうな勢いだし、みんなどうしてそんなに頭がよいの?

 これが地頭の違いってやつかな。


 あーあ、僕も頭が良い人に生まれたかったな。

 楓君みたいに医者の子供として生まれてこれば頭良かったのかな?


 そういうことを思うのは親に失礼な気がするからやめる。

 ないものねだりをしても仕方ないし、僕は僕のやれる範囲で頑張ろう。


 図書館で静かに勉強を始める。

 そして、しばらく勉強に集中した。


 今日までにやろうと思っていた範囲を終えた頃には、外がすっかり暗くなっていた。


 そろそろ、帰宅を促される時間だ。

 僕は荷物を纏め、リュックサックに入れた。


 この学園の生徒は高級ブランドのバックを持ってきている人ばかりだ。

 学校に持っていくのに高級ブランドなんて持っていっても仕方ない気がする。

 そういうのでマウントを取る人もいるから、お金持ちは大変だなーと思った。


 僕のリュックサックは普通にそこらへんで売ってるものだ。

 安価で機能性もあるから、僕は気に入ってるよ。


 リュックサックを持って席を立ち、トイレに向かった。

 そして、用を足したあとに洗面台で手を洗おうとする。


 だけど、その瞬間。


 僕はあるものを発見してしまった。

 洗面台の中に数学の教科書が置いてある。

 危なかった。


 ここの洗面台は自動で蛇口から水が出てくる。

 何も考えずに手を洗面器の中に入れていたら、本が濡れていた。

 僕は自動水栓のセンサーに引っかからないように、洗面器から教科書を取り出した。


 小便したあとだから、僕の手もちょっと汚いけど仕方ないよね?

 でも、なんでこんなところに教科書があるんだろう。


 二宮金次郎みたいな常に本を持ち歩いている人が、トイレの中でも勉強していたのかな?

 それで、手を洗うときにうっかり忘れてきちゃったとか。


 なんてことを想像したけど、ちょっと無理があると思う。


 教科書の裏側、名前の記入欄には丁寧な字で『卯月桜』と書いてあった。


 僕はそれを見て嫌な気持ちになった。

 こんなの僕でもわかる。


 これは――イジメだ。


◇ ◇ ◇


 僕は桜さんの机の中に教科書をこっそり返しておいた。

 自転車を漕ぎながら家に向かう途中に考える。


 どうして、桜さんがイジメにあっているのか。

 華月学園の人から見て、桜さんが貧乏だからかな?

 でも、外部生の中に一般家庭の人は他にもいる。


 紅葉君と仲良くしているからかな?

 これが一番考えられる理由な気がする。

 この世界は少女漫画の世界だから「貧乏人のあんな子がなんで紅葉様と仲が良いのよ」という人が出てきてもおかしくない。

 いわゆる悪役令嬢というやつだ。


 じゃあ、悪役令嬢が今回のイジメを行っているってこと?

 誰だろう、と僕は同じクラスの人を思い浮かべた。


 でも、悪役令嬢っぽい子はいない気がする。

 こういう話って一番身分が高い子が悪役になることが多い。

 そうなると梅さんが当てはまっちゃうんだよね。

 だけど、梅さんの可能性は絶対ない。

 天地がひっくり返ろうとも、世界が明日終わろうとも、梅さんが犯人なわけがない。


 梅さんはそんな卑怯なことをする人じゃないから。

 それは僕が一番良く知っている。


 色々と考えたけど、犯人が誰かはわからなかった。

 そうして家に着く。


 家族と一緒に御飯を食べる。

 もやもやする。

 なんだかなー、嫌な気分だ。


「お兄ちゃん、何か悩んでるの?」


 僕が上の空だったからなのか、瞳が尋ねてきた。


「テストで良い成績取れるか心配なだけだよ」

「お兄ちゃんは頭良いからね。頑張ってね」


 妹にそう言われて僕はやる気が出た。

 ふふふっ、僕は頭が良いんだよ。

 華月学園のトップ層が凄いだけで、僕は一般的にはとても頭の良い部類に入る。


 前世の知識というチートを使っているけど、使えるもんは何でも使っていこう。

 それが僕のスタンスだ。

 出し惜しみなんてしていられない。


 瞳と話していたら、気分が少し晴れた。

 でも、やっぱり心に引っかかるものがある。


 それから、お風呂に入って、水面に口を付けてぶくぶくと泡を立てる。

 ドボン、と水の中に沈んでから、ゆっくりと目を開けた。

 目に水が入って、ちょっとだけ染みる。

 視界がぼやけ、天井が歪んで見えた。


 イジメってなんなんだろう?

 僕は昔、イジメを間近で見たことがある。


 小学生のときだ。

 紅葉君が気に入らないと言った相手が虐められていた。

 僕は結局何もできなかった。


 次に僕がイジメの標的になった。

 陰湿なイジメだった。

 クラスのみんなが僕を無視し始めた。

 だから、僕は紅葉君に怒ったんだ。


 何も悪いことをやっていないのに、虐められる理不尽を僕は受け入れられなかった。

 そして、許せなかった。


 イジメは良くない。

 だって誰のためにもならないから。

 そんな当たり前なことなのに、高校生になってもわからない人がいる。

 大人になってもわからない人もいる。

 一生わからない人もいる。


 なんでなんだろう?

 誰もが、わかっていることなのに。

 親や教師に言われなくても、イジメがよくないなんてすぐにわかる。


 だから、僕にはわからなかった。

 なんで、イジメなんてするんだろう?


 息が苦しくなり、水面から顔を出す。

 肺いっぱいに空気を取り入れた。


 僕はお風呂を出て、いつもの通り牛乳を飲む。


 風呂上がりの牛乳は美味しいね。

 僕が牛乳が好きだと知っているお母さんが、牛乳を買い置きしてくれている。

 牛乳を飲んでいる僕は健康的に育っているよ。

 ありがとう。


 僕は牛乳を飲んで元気を出す。


 さて、テスト勉強を頑張ろう。

 イジメについて悩んでいても仕方ないしね。

 僕は気持ちを切り替えることにした。

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