24. モブ、部室でだらだらする
文芸部に入った次の日。
僕は桜さんに話しかけようと思った。
だけど、桜さんに話しかけにくい雰囲気ができていた。
よくわからないけれど、教室の空気が淀んでいるようだ。
空気清浄機はちゃんと稼働しているのにな。
どうしてだろう?
そんな中、紅葉君が桜さんに話しかけにいった。
その瞬間、僕は室内の空気が変化したのを感じ取った。
鈍感と言われる僕だって、それぐらいはわかる。
みんな紅葉君と桜さんの恋の行方を気にしているんだろうね。
リアルシンデレラストーリーだ。
間近で二人の物語を楽しめるなんて最高じゃないか。
僕はこの世界に生まれて来たことを感謝した。
ありがとう、お父さん、お母さん。
僕は両親に感謝を捧げながら、桜さんと紅葉君の話に聞き耳を立てる。
ほうほう、なるほど。
全然聞こえなかったけど、桜さんが笑っているのだけはわかった。
紅葉君、やるな。
楽しそうに話している二人を見て、僕は羨ましく思った。
紅葉君と桜さんが話している中に、さりげなく僕も混ざることはできないかな?
これぞ友達の友達は友達理論だ。
僕も話しかけにいこう、と思って立ち上がった。
だけど、すぐに肩を掴まれる。
後ろを振り返ると、梅さんがいた。
「灯都さん、ちょっと空気を読みましょうね」
え?
どういうこと?
どうやら僕は空気が読めていないらしい。
結局、桜さんに話しかける機会は訪れなかった。
そのまま、数日が経つ。
放課後の時間、文芸部の部室に行くのが僕の日常となっていた。
文芸部は毎日活動している。
でも、とくにやることはない。
参加も強制じゃない。
梅さんは家のことで忙しく、部活に参加できるのが週一になると言っていた。
そんな感じであんまり部活に来られない生徒でも、安心して入られる部活というわけだ。
自由、快適、アットホームの三拍子が揃った理想の部活だね。
あれ?
それならなんで人が集まらないんだろう?
活動内容は文芸について語り合うというもの。
すごく漠然としている。
文芸と言えば、詩や俳句も文芸に含まれるけど、主に語り合うのは散文だ。
もっといえば、僕たちがよく読むような小説についてだ。
ちゃんとした活動として部誌の発行がある。
文芸部の活動の集大成らしい。
年に一度、文化祭で部誌を発行し、それを一般向けに販売する。
部長の作品が掲載されている部誌がどこかに保管されている。
だけど、見せてくれなかった。
今度、こっそり見ようと思う。
文化祭はまだまだ先で、文芸部としての活動はまったくない。
だから僕は部室で勉強をしている。
勉強できる空間を確保しただけでも、文芸部に入って良かったな、と思った。
青春できるし、勉強も捗るし、一石二鳥じゃないか。
今日の分の勉強を終わらせた僕はちらっと部長を見る。
部長は本を読んでいた。
背筋がピンと伸びていて、部長の読書する姿勢はとても綺麗だ。
部長は本を読むときに眼鏡をしており、本人曰く、文学少女感を出すためらしい。
実際、本に集中している部長の姿は、文学少女そのものだ。
推理小説を読んでいるらしい。
僕も読んだことがある有名な本だ。
犯人は最初からわかっているのに、トリックや動機がわからず、読んでいる僕も色々と考えさせられた。
最後のどんでん返しはすごかった。
まさか、そんなトリックを使うとは、と僕は驚いた。
そして、犯人の動機に涙が溢れた。
部長に小説の内容を話したいけど、言ったら駄目だ。
推理小説のネタバレは絶対にやってはいけないことだからね。
昔、お父さんにネタバレされたときがあった。
犯人は言っちゃ駄目でしょ、と僕は怒ったことがある。
そんなこんなで今日も文芸部は平和だ。
僕が勉強して、部長が本を読む。
春の暖かい日差しが部室を優しく包み込む。
ああ、なんて良い日だ。
これが青春ってやつだな。
ふと、僕は思った。
あれ?
大事なことを忘れているような?
そうだ、思い出した。
「部長、新入部員を集めなくても良いんですか?」
このままでは部活の存続が怪しいのだ。
なのに、部室でのんびりしていて良いのかな?
部長はパタンと本を閉じて、僕と目を合わせる。
「灯都ちゃんと梅ちゃんが来たから、どうにかなると思って油断していたわ」
てへっと舌を出しそうな感じで部長は言った。
なんて他人任せな人なんだ。
だから、文芸部に人が来ないんだよ。
「それで、灯都ちゃんの方はどうなの? 女の子を誘えた?」
その言い方だと、まるで僕が女の子をデートに誘っているみたいじゃないか。
「僕は……まだです」
「奥手だね。それじゃあ、女の子は誘いにのってくれないわよ」
僕はいま何の会話をしているんだろう?
新入部員の勧誘の話だよね?
デートのお誘いじゃないのよね?
「部員勧誘の件ですよね?」
「当たり前じゃない。他に何があるの?」
部長は意味ありげな笑みを浮かべて、僕を見てきた。
からかわれている気がする。
いえ、何でもないです、と僕は首を振った。
「そろそろ、本当にやばいわね。このままだと新入部員を獲得できないかもしれないわ」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
「でも、今日は優秀なブレインちゃんもいないし、どうしましょうね」
「ブレインって誰のことですか?」
「梅ちゃんよ」
なるほど、確かに梅さんは優秀だ。
ちなみに勉強の成績はまだ僕の方が上だ。
前世の知識を使って、なんとか梅さんに勝っている状態だ。
「そうなると僕はなんですか?」
「ゆるきゃらね」
「なんですか、それ。僕のどこがゆるきゃらなんですか」
心外だな。
童顔で中等部のときに小学生と間違えられたこともあるけど。
でも、ゆるきゃらじゃないよ。
僕はむっとして部長を見た。
すると、部長は笑いながら言った。
「そういうところよ」
どういうところなんだろう?
さっぱりわからなかった。
結局、その後は部長と楽しく話して終わった。
このままでは本当に同好会になってしまうじゃないかと、僕は不安になった。
だけど同時にこうも思った。
活動内容がこんな感じなら、同好会でも良いんじゃないかな?
そんなことを考える僕に向かって「同好会だと部室がなくなるわ」と部長が告げてきた。
こんなに居心地の良い空間がなくなるのは惜しい。
僕はここ数日で文芸部の部室を好きになってしまっていた。
だから、なんとしてでも部員を確保しようと決意した。