23. モブ、文芸部に入る
室内は華月学園高等部の部室とは思えないぐらい質素なものだった。
他の部室はもっと豪華だったから、ちょっと拍子抜けしてしまう。
机と椅子、そして文芸部らしく本棚があるくらいだ。
部室とは、本来こういうものだよ、と僕は思った。
作業に集中できる部屋だと思う。
でも、ここまでシンプルだと新入生は来ないだろうな。
「適当に座って。紅茶を用意するわ」
質素と言いながらも、室内に給湯室があるのは凄い。
僕たちは木製の椅子に座る。
さすがにパイプ椅子ではないようだ。
そもそも、この学園にパイプ椅子なんてものは存在するのかな?
椅子の前には長方形の長机がある。
先輩は机の上にカップを置き「どうぞ」と僕の前に差し出した。
砂糖やミルクはお好みだ。
ちなみに、部室には冷蔵庫も置いてある。
僕は紅茶に砂糖を入れて、ありがたく頂く。
「まずは自己紹介ね。私は文芸部の部長の藤宮鈴音。よろしく」
僕はペコリと頭を下げる
同時に、梅さんが「よろしくお願い致します」と言って、丁寧にお辞儀した。
「灯都ちゃんと梅ちゃんね」
男に向かってちゃん付け?
と僕は思ったけど、それよりも自分の名前を部長が知っていることに驚いた。
「どうしてわかったんですか?」
「あなたたちは結構有名人よ。自覚ないの?」
僕は首を捻る。
梅さんならともかく、僕が有名なのはよくわからない。
だって、僕はモブだよ?
「灯都さんは色々と鈍感ですから」
梅さんがため息交じりに言う。
「そうね……そんな感じがするわ」
初めて会った部長も梅さんの意見に同意する。
おかしいな?
僕ってそんなに鈍感かな?
「それで、二人とも文芸部に入るってことでいいのよね? そうよね? そうじゃなきゃ困るわ」
部長は前屈みになりながら言ってくる。
その押しの強さに圧倒され、僕は若干体を反らせた。
勢いに負けて、はい、と答えそうになる。
だけど、それよりも先に梅さんが口を開く。
「その前に一つ質問しても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
「文芸部は部として存続可能なのでしょうか?」
うん?
どういうこと?
僕が頭にはてなマークを浮かべると、梅さんが説明してくれた。
「この学園のルールとして、部活動は四人以上の生徒が必要になります。ですが、文芸部は藤宮先輩一人だけのようで、部の存続が可能かどうか気になった次第です」
へー、そうなんだー、と僕は初めて部活動のルールを知った。
部長は苦笑いをしながら言う。
「梅ちゃんの言う通り、規定人数に達していない部活は同好会になるか廃部だわ。加えて、文芸部は去年先輩たちが卒業したから、今は私一人よ。だから、今月中に部員を4人にしないと部として成り立たないわね」
なるほど、なるほど。
僕は顔を上下に動かし、納得する。
つまり、これは……少女漫画のイベントだ!
廃部寸前の部活を立て直すなんて、いかにも漫画らしい展開じゃないか。
本来、これはヒロインが解決するべき問題かもしれない。
でも、僕は原作を知らないから、原作への介入は避けられないよね。
「あなた達が入ってくれれば、あと一人なんてすぐに集まるわ」
「入るとは一言も言ってません」
「僕は入ります! 文芸部に興味ありますし、最悪、同好会になっても楽しいかなって思うので。梅さんは入らないの?」
「もちろん入りますよ」
「そっか、それは良かった」
梅さんも入ってくれるなら、きっと楽しい部活になる。
そう思って、梅さんに笑顔を向けると、ちょっとだけ顔を背けられた。
なんでだろう?
「灯都ちゃんって……」
「なんですか?」
部長が何か言いかけたので、僕はすかさず尋ねる。
「なんでもないわ。梅ちゃんも大変そう、と思っただけよ」
うん?
どういうことだろう?
文芸部だから、行間を読めってことかな?
だとすると僕は修行不足だ。
部長の意図が全く伝わらなかった。
やっぱり、僕は文芸部に入って、行間の読み方を学ばなければならないらしい。
「さて、あと一人ね。心当たりはある?」
「任せてください」
これが漫画のイベントなら、桜さんが文芸部に入部するのはもはや確定事項だ。
あとは桜さんを呼べば終わり。
簡単なお仕事でしょ?
「もしかして女の子?」
「そうですけど……どうしてですか?」
「灯都ちゃんって女たらしなのかな?」
「そんなわけないです。僕なんか全然モテませんよ」
僕が女ったらしだったら、世の中の男は全員女ったらしになる。
「灯都さんは……人気ありますよ?」
梅さんが励ましてくれた。
でも、なんで疑問形なの?
どうせお世辞を言ってくれるなら、断定して欲しかった。
余計、悲しくなるよ。
「二人の関係がよくわからないわ」
僕と梅さんのやり取りを見ていた部長が呟く。
僕たち関係は至ってシンプルだ。
「友達ですよ、ね、梅さん?」
梅さんは僕の言葉に頷いた。
「まあ、なんでもいいけど……。新入部員に当てがあるなら、よろしくね」
わかりました、と僕は頷く。
こうして、僕たちの文芸部新入部員集めが始まった。
その後、もう遅い時間ということもあり、すぐに解散となる。
部長は片付けがあるらしく、僕と梅さんが先に部室を出た。
「ところで、あと一人は誰ですか?」
梅さんが僕に尋ねてきた。
「桜さんだよ」
「今日紅葉さんと一緒に登校してきた子ですよね。灯都さんのお知り合いでしょうか?」
「いや、違うよ。今日はじめて見た」
「では、どうして彼女を誘おうと思ったのですか?」
「桜さんって文学好きそうだなぁーって。僕の直感が訴えていたんだ」
自分で言っておきながら、直感ってなんだよ、とツッコミたくなる。
桜さんが可愛かったから、と言ったほうが納得できる理由だ。
でも、それを言うと梅さんに睨まれそうだからやめといた。
僕は意外に敏感だからね。
「ああいった顔の子が好みなんですね」
梅さんがジト目で僕を見てきた。
うーん、どうしてだろう?
僕はちゃんと地雷を避けたつもりだったんだけど。
「違うよ、そうじゃない。本当に僕の勘が訴えてるんだよ。桜さんは文芸部に入るぞって」
「灯都さんの勘は大体外れますよね?」
うっ、痛いところを突かれた。
たしかに僕の勘は外れることが多い。
だけど、僕はこの世界が少女漫画の世界だって知っているんだ。
だから、きっと今回は当たるはず!
「大丈夫、僕を信じて」
「わかりました。灯都さんの好きなようにやってください」
梅さんはため息混じりに言った。
僕ってそんなに信用ないのかな?
ちょっとだけ、悲しくなった。