22. モブ、部活動を見学する
入学式の翌日、僕たち一年生は大ホールに集まっていた。
上級生による部活動紹介がある。
ちなみに、部活動に入るかどうかは自由だ。
僕は初等部、中等部ともに部活をやってこなかった。
いわゆる帰宅部というやつだね。
特に入りたい部活がなかったというのが主な理由だ。
でも高校生になったら、部活動に入りたいなと思っている。
部活動をやっている人たちが楽しそうで羨ましかったから、僕も部活をしたくなった。
例えば楓君。
生徒会で忙しいはずなのに、部活動もしっかりやっていて、とても充実しているように見えた。
ちなみに紅葉君や梅さん、蓮君も僕と同じで帰宅部だ。
みんな家のことで忙しいから、僕とは全然事情が違うんだけど……。
そういう経緯もあり、僕は部活動紹介を真剣に聞いていた。
けれど、どれもピンと来ない。
まず僕に運動部は無理だ。
まったく運動神経がないからだ。
いわゆる運動音痴ってやつだね。
バスケの授業では、僕が足でまといすぎて「灯都はもう何もするな」と紅葉君に怒られた。
ひどいなー。
そりゃあ、紅葉君のような何でも器用にこなせる人から見たら、僕なんて石ころみたいな存在だけど、僕だって一生懸命頑張っているんだ。
そもそも、バスケはなんで三歩以上動いちゃ駄目なんだよ。
ルールの方がおかしいと思う。
と、そんな理由で運動部は論外だ。
そもそも体育会系の部活は強いところが多く、よほど運動神経が良くない限り、高等部から入るのは無謀だよ。
だけど、文化部なら問題ないか、と言わればそうでもない。
華月学園は文武両道を掲げており、部活動にはとても力を入れている。
そのため、文化部であっても大会で成績を残しているところが多い。
部活動推薦で入ってくる子もおり、そんなところに僕が入ったところで、一体どうしろと言うんだ。
色々と部活動の話を聞いていたけど、結局、これと言ったものはなかった。
僕は一緒に部活動紹介を聞いていた梅さんとともにホールを出る。
「梅さんは入ってみたい部活はあった?」
「そうですね。茶道部は少し興味がありましたけど……。灯都さんはどうですか?」
「僕は……どれもピンと来なかったな。入るなら文化部なんだけど……」
「では、文化棟に行って、色々な部活を見て回りましょう。部活動紹介をしていないところもありますし」
文化棟とは文化部の部室がある棟のことだ。
僕も同じように文化棟に行くことを考えていたから、素直に同意する。
「そうだね。付き合ってくれてありがとね」
「いえいえ、私も灯都さんと一緒に見て回りたかったのでお互い様です」
梅さんは男を魅了する笑みを浮かべた。
駄目だよ、梅さん。
そんな言葉と一緒に微笑みかけられたら、勘違いしちゃうじゃないか。
僕は梅さんと昔からの友達だから、勘違いはしないけど。
そう思いながら、梅さんと一緒にいくつかの部活を見て回った。
文化棟はまるで貴族の館のようだった。
毛皮の高級ソファや凝った照明はわかるけど、なぜか暖炉がある部室もあり、僕の中にある部室という概念を覆された。
普通の高校はパイプ椅子や木の机ぐらいしかないよ?
そして、部室巡りをしている間に梅さんの人気を再確認させられた。
梅さんは歩いているだけで多くの人に声をかけられる。
それも男女問わず。
みんな梅さんのような美人と一緒に部活がしたいんだろうな。
僕もその気持ちはわかるよ。
たまに下心満載の男が梅さんに近づこうとするから、僕は睨んで追い払う。
僕は梅さんのボディーガードのようだった。
変な男は近寄らせないぞ。
いくつかの部活を見たけれど、やっぱりピンと来ない。
部活をガツガツやっているところは嫌だ。
でも、逆にやる気のないところも嫌だ。
ちょうど良いところが良いんだけど、上手く見つからないもんだね。
ある程度、部活を見て回った後、梅さんが僕に尋ねてきた。
「灯都さんは何がやりたいのですか?」
そう言われて、僕は考える。
うーん。
やりたいことかー。
「逆に梅さんはどうしたいの?」
「私は灯都さんと一緒なら、なんでも良いですよ」
おっ、今の言葉は破壊力があるぞ。
心にグサッと恋のキューピットが突き刺さった。
そんな言葉を梅さんから言われたら、僕はイチコロだ。
恋に落とされてしまう。
「そういう言葉を気軽に言わないでね。普通の男の子だったら、勘違いしちゃうよ」
僕はちゃんと注意しておいた。
すると、梅さんが小さな声でぼそぼそ言っていたけど、僕には聞き取れなかった。
それよりも、僕は梅さんからヒントを貰えた気がする。
好きなことを部活にすればいいんだな。
とても簡単なことだけど、なぜか見落としていた。
青春がしたいっていう邪な考えが良くなかったんだと思う。
僕の好きなことと言えば、読書だ。
ジャンルは問わない。
サスペンスもホラーも推理小説もライトノベルもSFも恋愛物も純文学も自己啓発本も何でも読む。
とにかく本を通して物語に触れるのが好きなのだ。
「僕は文芸部に入りたい」
「灯都さんは本がお好きですものね。良いと思いますよ。ただ……」
「うん? どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
梅さんは首を横に振ったあとに言う。
「早速、文芸部の部室に行きましょう」
ということで、僕たちは文芸部の部室の前に来た。
部室は文化棟の隅の方にあり、ちょっとだけ遠かった。
僕は、すみませーん、と言いながら部室のドアをノックする。
すると、どうぞー、と中から女の人の声が聞こえてきた。
「失礼します」
と言ってからドアを開けた――そのときだ。
「ようこそ! 文芸部へ!」
僕は突然、誰かに抱きつかれた。
ふわっといい匂いがする。
それに、柔らかい感触。
女の人に抱きつかれたんだな、と僕が思ったとき、背筋が凍るような感覚に襲われた。
僕はおそるおそる横を見る。
梅さんが僕たちに向けて深い笑みを浮かべていた。
でも、なぜだかものすごく怖かった。
微笑んでいるのに、怖いってどういうこと?
ブラックな梅さんがいる。
僕は女の人を引き剥がし、女性の顔を確認する。
黒髪の清楚系な美人だった。
そして、巨乳だった。
僕は胸に目が行く。
鼻の下が伸びた。
すると、再び僕の横から冷たい視線が……。
ごほんと僕は咳払いする。
「ごめんなさい。新入生が来るのが初めてで、つい舞い上がってしまったわ」
女の人はそういって舌を出した。
それに対し、梅さんは冷たく言い放つ。
「舞い上がるのは結構ですが、過度なスキンシップは控えるべきだと思います」
「そうね、そのとおりだわ」
女の人は頷き、続けて言った。
「二人は部活動見学よね? まずは中に入って話しましょ」
僕と梅さんは一度顔を見合わせてから部室に入った。