21. モブ、自己紹介をする
こんな時間にそんな登場をすれば、嫌でも目を引く。
僕は紅葉君とその隣を歩く少女をみて思った。
だれ、あの子? と女子生徒が呟く。
他の生徒も声には出さないものの、同じような感想を抱いているだろう。
入学式初日に紅葉君の車でやってきた知らない女の子。
不思議に思うのも仕方のないことだ。
それにしても、ピンク色の髪の子は可愛いな。
純朴そうな女の子で、令嬢が集まる華月学園にはいないタイプだ。
髪を桜のシュシュで一つに結んでいる。
間違いない。
あの子がヒロインである卯月桜だ。
紅葉君と一緒に登校するのが恥ずかしいのか、少女は俯いたまま玄関に入った。
それはそうなるよね。
逆に紅葉君は堂々とし過ぎている。
肝の据わった性格を僕にも分けて欲しい。
しばらくすると、紅葉君と桜さんは教室に入ってきた。
僕たちは黙って二人を見ている。
ピンク髪の少女をちらちら見ていると目が合った。
笑顔を向けると、怪訝そうな顔をされた。
僕はちょっとだけ傷つく。
「紅葉と桜だな。色々あったと思うが、まずは席に着いてくれ」
先生が二人を席に促した。
紅葉君と桜さんは同時に頷いて、自分の席を見つけて座る。
「今は自己紹介をやっていたところで、早速で悪いが、次は紅葉の番だ。できるか?」
「はい、できます」
紅葉君はすっと立ち上がった。
スラリとした背に整った顔立ち。
若干目つきが悪いが、それでも万人が認めるイケメンだ。
ほとんどの女の子が紅葉君に熱い視線を向けていた。
僕は紅葉君の後ろの席だから、その視線を感じる。
一つくらい僕の方に向いてもいいのに、と思ったら、梅さんと目があった。
梅さんは僕を見てにっこりと微笑む。
僕も微笑みを返す。
別にイチャイチャしてないよ?
次の瞬間、至るところから冷たい視線を感じた僕は身を震わせた。
教室の男子たちが僕を睨んでいたような気がする。
気のせいだよね?
紅葉君の自己紹介は上手だった。
簡潔に、それでいてしっかりと纏まった内容に僕は感嘆の息を漏らす。
紅葉君の自己紹介が終わり、大きな拍手が起きる。
僕もつられて拍手する。
凄いなぁと紅葉君を見ていたら、先生に名前を呼ばれた。
「底野? お前の番だぞ」
「え? あ、はい!」
僕は思いっきり立ち上がると、クスクスと笑いが起きた。
恥ずかしい……。
顔が赤くなるのを我慢しながら、僕は自己紹介をする。
紅葉君のように格好良い自己紹介はできない。
だから、僕は僕らしく言いたいことを言った。
最後に「皆と仲良くしたいです、よろしくお願いします」と言って締めくくった。
最初の入りは失敗しちゃったけど、上手く自己紹介できた気がする。
半分は内部生だから、僕のことを知ってくれている人も多い。
皆温かい目で見てくれているから、だいぶやりやすかった。
男子の自己紹介が終わり、次に女子の自己紹介が始まった。
最初の方に桜さんの自己紹介があった。
「はじめまして。卯月桜と言います」
そういってから、桜さんは自己紹介を始めた。
話を聞いている感じ、大人しそうな子だと思った。
僕は勝手に少女漫画の主人公だから、元気な少女を思い浮かべていたけど、違ったようだ。
桜さんの自己紹介が終わり、次々と女の子の自己紹介が行われていく。
注目を集めたのは、やはり梅さんの自己紹介だ。
梅さんの自己紹介は完璧だった。
もう、美しかった。
多くに男子たちがほけーっと梅さんを見ていた。
僕もほけーっと梅さんに見とれていた。
梅さんは最後に「よろしくお願い致します」といって微笑んだ。
すると、男子たちが悲鳴を上げた。
もちろん、比喩だ。
でも、心の中で悲鳴を上げたに違いない。
だって、僕も内心で「可愛い!」と叫んだからだ。
自己紹介は全て終わり、その後に学校での過ごし方や規則などの話があった。
僕のような内部生は内容を知っているから、話半分に聞いていた。
ホームルームの終盤「学級委員長だけは今日中に決めておきたい」と先生が言った。
すると、内部生からの視線が僕に突き刺さった。
え?
また僕にやれって?
中等部の頃も毎回僕が学級委員長をやっていた。
だから、その流れで僕の方に視線が来るのはわかる。
仕方ないなー。
僕は頼まれたら断れない性格なんだよ。
「僕がやります」
そう宣言すると「おっ、じゃあ頼むな」と先生に言われた。
ちなみに副委員長はおさげで丸眼鏡をかけた、真面目そうな女の子だ。
髪を真ん中できっちり分けており、凄く頭の良さそうな感じがする。
彼女の名前は村崎彩芽。
名前に合わせてなのか、髪は薄い紫色だ。
普通なら凄く目立つ髪の色だけど、紅葉君や楓君みたいな赤髪や緑髪の人がいるから、あんまり違和感がない。
僕も少女漫画の世界に慣れてしまったようだ。
その子も僕と一緒で頼まれたら断れなさそうな雰囲気があり、僕は同士を見つけた気分になった。
ホームルームが終わると、僕は紅葉君に声をかける。
「今朝は何があったの?」
僕が尋ねると、紅葉君は入学式までのことを話しくれた。
紅葉君はいつものルートで学校に向かっていたらしい。
その途中で、紅葉君の乗っていた車が自転車を漕いでいた桜さんにぶつかりそうになった。
結局、車と自転車は接触しなかったけど、驚いた桜さんが転んでしまった。
そして、桜さんがかすり傷を負ったのだ。
念のため、紅葉君は桜さんを病院まで連れていき、それが原因で遅くなったとのことだ。
ふむふむ、なるほど。
僕の知らないところでボーイ・ミーツ・ガールしていて羨ましい。
僕もその場面に立ち会いたかった。
漫画のプロローグを見るため朝早く起きたのに、無駄足になってしまったじゃないか。
僕は紅葉君に怨みの視線を向けた。
「なんで、灯都は怒っているんだ?」
紅葉君が困惑した顔をする。
「紅葉君は楽しそうで良いね」
「いや、楽しいも何も……」
さらに紅葉君は困惑するが、僕はそれを無視した。
こうして初日の入学式は終了した。
ちなみに、僕は桜さんに話しかけたかったけどやめといた。
だって、いきなり話しかけると気があると思われそうだから。
僕はそういった周りの目を気にしちゃう系男子なのだ。