20. モブ、ヒロインを発見する
学校に着き、正門をくぐって高等部の校舎まで行く。
華月学園の敷地内に入ってから、高等部の校舎までは多少距離あるのだ。
校舎にたどり着くと、クラス分け表が昇降口に張り出されていた。
僕は一年A組らしい。
同じクラスに梅さんの名前があった。
そして、紅葉君の名前も見つけた。
やった、あたりだ、と僕はひそかにガッツポーズをする。
紅葉君がいるなら、同じクラス内にヒロインがいる可能性が高い。
そう思って、僕は外部生の名前で気になる名前を探した。
すると、見つけた。
明らかに漫画のキャラっぽい名前だ。
その子の名前は卯月桜。
名字が和風月名で名前が『桜』。
もうヒロイン確定だ。
これ以上ないぐらいのヒロインネームだ。
もしこれで脇役だったら、僕はこの少女漫画を訴えてやる。
訴える先はないんだけどね。
僕は桜さんを見ることを楽しみに教室に入った。
教室の中をぐるりと見渡す。
だけど、ヒロインっぽい子はいなかった。
少女漫画のヒロインは平凡な女子高生と表現されがちだけど、実際は可愛いのがお約束だ。
本当に平凡というのは僕みたいな人を言うんだよ。
モブの中のモブである僕が言うから間違いない。
だから、少女漫画のヒロインは一瞬でわかるはずなんだけどな。
僕のヒロインセンサーが全く反応しない。
そういえば、紅葉君もいないな。
と思っていたところで、梅さんに声をかけられた。
梅さんは相変わらず美少女だ。
年齢を重ねるごとに美しさに磨きがかかっている。
僕のようなモブには、梅さんは綺麗すぎて眩しい。
流れる黒い髪はつやつやで、肌は絹のように白くきめ細やか。
もう、十人いたら百人が振り返るほどの美人だ。
外部生の子たちがちらちらと梅さんを見ている。
梅さんに見慣れているはずの内部生でさえも、梅さんに視線を向けている。
僕も梅さんの顔を見る。
「灯都さん、遅かったですね。どうしたのですか?」
梅さんが僕に話しかけたことで、男たちの嫉妬の視線が僕に注がれる。
ふふんっ、どうだ。
羨ましいだろう。
こういうときにちょっとだけ優越感を覚える。
つくづく僕は平凡だなと思う。
きっと主人公だったら、優越感なんて覚えないんだろうな。
でも、そういう普通の感覚って大事だよね?
もちろん梅さんと話しているのは、優越感を得たいためじゃないよ。
話していて楽しいから一緒にいる。
それが全てだ。
「ちょっと色々あってね」
「寝坊ですか?」
「違うよ。桜を見ていたら遅くなったんだ。学校に来る途中に綺麗な桜があってね」
本当は違う桜を見たかったんだけど。
うん?
いま、僕ちょっと上手いこと言ったよね?
「灯都さんは、ぼぉーっとしているところがありますからね。間に合って何よりです」
梅さんの言う通り、僕はちょっとだけ抜けているところがある。
僕と比べたら梅さんは本当にしっかり者だ。
一緒に買い物に行ったときも、僕はずっと梅さんの後ろをついていく感じだった。
男としてそれで良いのか、って思ったよ。
きっと僕は尻に敷かれるタイプだ。
リードしてくれる女性と出会いたいな。
そう思うと、梅さんは理想的なんだよ。
ちらっと梅さんの顔をみると、やっぱり美少女だと思った。
僕には高嶺の花だな。
その後、入学式が行われる大ホールに移動する。
結局、紅葉君と桜さんは教室に現れなかった。
僕の知らないところで原作が進行しているな、と思った。
入学式は大したトラブルもなく進行した。
楓君の新入生代表挨拶は立派だった。
言葉がスラスラと紡がれていき、聞き取りやすかった。
そして、式が終わり、僕たちは自分のクラスに戻る。
さっきは気づかなかったけど、教室では内部生と外部生が分かれていた。
内部生の中でも、初等部からいるメンバーと中等部からいるメンバーで隔たりがあった。
僕は中等部の頃に嫌だなと思った女子グループを見つけた。
彼女らは内部生を特別だと思っているようで、僕には優しいけど、外部生には厳しく当たることがある。
僕はあんまり内部生とか外部生とかで区別したくないと思っている。
内部生としてのブランドを重んじる人がいるけど、そんなものに価値はないよ。
僕はもう一度ぐるっと教室内を見渡した。
紅葉君と桜さんはまだ来ていない。
座席は名前順であり、僕の前に紅葉君の席があるけど空いている。
しばらくすると、担任の先生が来た。
「ホームルームを始めるから、席につけ」
先生は教壇の前に立つと、生徒に向けて言った。
イケメン教師だった。
少女漫画の世界だから教師も格好良くなるらしい。
間違っても初等部の学園長のような、ヅラが取れそうなおっさんじゃない。
どうせなら、ギャルゲーの世界が良かったな。
それだったら、周りに可愛い子ばっかりで教師もきっと美人の女性だった。
僕はそんな不埒なことを考えながら、先生の話を聞く。
「早速だが自己紹介を行う。面倒だから名前順で行くぞ。じゃあ、まずは男子からだ」
僕は自己紹介が苦手だ。
自己紹介って何を話せばいいのかな?
そもそも紹介するほど僕という存在に価値はないよ。
なんて、中二病的なことを考えてみた。
自己紹介が進んでいく。
そして、紅葉君の番になった。
でも、紅葉君がいないから生徒たちがざわざわする。
先生が「静かに」と言ってから事情を説明してくれた。
紅葉君と桜さんは、学校にくる途中で事故に遭ったらしい。
それで病院に行っており、来るのが遅れているとのことだ。
先生がそういったときだ。
窓際に座っている生徒が外を指差して、あっ、と声を出す。
つられて僕も外を見る。
玄関のエントランスから白い高級車が入ってきていた。
それ自体は驚くべきことじゃない。
高級車は普段紅葉君が乗っているものだった。
そして、車から出てきたのはピンク色の髪をした美少女だった。
きっと、あの子がヒロインだ。
僕のヒロインセンサーが反応を示したのだ。