2. モブ、赤髪の少年と話す
僕が通っている学校――華月学園は凄い。
おそらく日本一のお金持ち学校だと思う。
まず門からおしゃれだ。
黒塗りの両開きの門扉は重量感がある。
ヨーロッパにありそうな豪華な門だ。
そして、門をくぐると噴水が目に入る。
噴水の頭頂部から水が溢れ出る仕組みとなっていて、上盤から中盤、そして下の池に水が流れ落ちていく。
噴水の先には、赤レンガでできた校舎が存在感を放っている。
校舎の中央には大きな時計が設置されていて、時計台としての役割も担っている。
これが学校の校舎だから驚きだ。
僕が初めてここを訪れたときは、口を開けてほけーっと校舎を眺めていた。
さらに学校とは思えない設備の数々。
雄大な土地には、馬術所やコンサートホールがある。
全教室にエアコンがついており、最高級の空気洗浄機が設置されている。
この学校は環境を大事にしている。
だから、敷地内に自然がいっぱいあり、僕たち学生が最高の環境で勉学に励めるようになっている。
小学校から高校までの一貫校だけれど、それでも、街のど真ん中にこんなに土地を用意できるのは凄い。
とある有名なテーマパークが丸々入っても、余りある大きさだ。
驚くべきことに、ピクニック用の小さな山もある。
ちなみに華月学園の小学校、中学校、高校はそれぞれ初等部、中等部、高等部と言われている。
初等部から通っている子供は、どこかの社長令息・令嬢なんて当たり前。
僕の家も裕福な方だけど、使用人なんて雇ってないし、タワーマンションに住んでる程度のお金持ちだ。
この学校で自慢しようものなら、一斉に白い目で見られる。
そんな凄い学校で僕は小学五年生をやっている。
そして、お金持ちの中のお金持ちである赤髪の少年と、僕はなぜか仲良くなっていた。
「灯都、今日こそ俺と遊ばないか?」
「ごめん、今日も無理だ」
「俺の誘いを断るとは、さすがは灯都だな」
彼の名前は霜月紅葉。
漫画らしい名前だ。
11月の紅葉は綺麗だよね。
僕の勝手な想像だけど、多分、紅葉君が漫画の男主人公だと思う。
「紅葉君はいつも暇なの?」
僕は冗談交じりに聞いてみる。
「暇なわけがあるか。俺は将来、霜月グループを背負って立つ男だぞ」
霜月グループには、霜月銀行、霜月重工、霜月自動車、霜月商社などなど、数多くの大企業がある。
霜月財閥の創業者である霜月家、その長男である紅葉君は日本の将来を担う少年だ。
そんな紅葉君は、教育、躾、習い事と、とても忙しい毎日を送っている。
本来なら、僕のようなモブと話す時間すら惜しいはずだ。
「勉強やマナーは当然大事だが、人脈も同じように大事だ。それに灯都から学べることはたくさんあるからな」
紅葉君は小学生とは思えないほど、発言が大人びている。
普通の小学生は、友達から何かを学ぼうなんて考えない。
なんとなく楽しいから、という理由で友達付き合いをしているのが一般的だ。
「そうかな? 僕なんかよりもすごい人はいっぱいいるよ」
人脈という点では、僕はまったく無価値な存在だ。
僕の父は大学生のときに起業し、会社をそれなりの規模にしたあとに売却。そうして得た資金を運用している人だ。
一般的に僕の家もお金持ちの部類に入るが、プライベートジェットを持っていたり、豪邸に住んでいたりはしないため、紅葉君から見たら平凡な家庭だ。
それに僕自身も紅葉君に目をつけられるほどの存在じゃない。
僕はどこからどう見てもモブだ。
「灯都は俺にはないものを持っている」
紅葉君は確信をもった瞳で僕に告げた。
なんで、そんなことを思うのか、僕には全く理解できないよ。
僕と紅葉君が深く関わり始めたのは、小学三年生のときだ。
そのときの僕は前世の記憶なんて取り戻してないから、周りよりもちょっとだけ物知りな子供だった。
それに対して、紅葉君は圧倒的な存在感を放っていた。
先生生徒のみんなが紅葉君に一目置き、紅葉君を中心としてクラスが回っていた。
だけど、それが悪い方に動いて問題が起きた。
紅葉君には気に入らない相手がいた。
そういう相手がいるのは、小学生なら普通のことだ。
僕だって苦手な相手や気に入らない相手がいる。
でも、問題は紅葉君が気に入らないと思ってしまったことだった。
そこでいじめが起きた。
紅葉君は直接手を出しはしないけど、紅葉君に気に入らないと言われた子供は、紅葉君を崇拝する者たちからいじめられたのだ。
教師陣も紅葉君に強く言えず、いじめは悪化するばかりだった。
紅葉君に負けず劣らずの人気を誇っている白銀の少年は我観せず。
緑髪の少年はクラスが違うため、僕たちのクラスの問題に首を突っ込んだりはしない。
大女優を母に持つ女の子は知らんぷり。
いじめを止められる人はいなかった。
小学生のいじめというのは馬鹿にできない。
さらに、ここの小学生は親の権威や権力を使うのだから、普通の小学校よりもたちが悪い。
いじめられた子はすぐに不登校になった。
ちなみに僕は当時、学級委員長を引き受けていた。
先生から、不登校の子の様子を見に行ってほしいと言われた僕は、しぶしぶ引き受けた。
こういうときに断れないのが、僕の弱いところだ。
不登校になった子供の家に行った。
でも、会うことを拒まれた。
何度か会いに行ったけれど、結局一度も会うことは出来ず、最終的にその子は転校してしまった。
僕にできることなんてそんなもんだ。
それでいじめの件は終わりだと思ったけど、そうはならなかった。
次になぜか、僕がターゲットにされた。
貧乏人のくせに学級委員長をやっていて、僕の態度が気に食わなかったらしい。
僕は威張っている気はないんだけど、そういうふうに見えたのかな?
いじめを受けた僕がやったことは正面突破だ。
堂々と紅葉君に向かって、いじめはやめろと言ったのだ。
こう見えても、僕はやるときはやる男なんだ。
権力や権威なんかには負けないぞ。
そこから色々とあって、最終的に和解して今に至る。
僕は過去のことを少しだけ思い出しながら、紅葉君に目を向けた。
「この学校はみんなお金持ちだから。逆に僕みたいな一般家庭の人が珍しいけど、僕は普通の人だよ」
「それはなんの冗談だ? 例えば、灯都が教えてくれた『遊び』の重要性だ。真面目だけでは、人生は面白くない。何事にも『遊び』が必要であり、それが人により深みを与える。そんな大事なことを教えてくれた灯都が普通なわけがない」
紅葉君はそういって力説してくれた。
だけど、僕はそんなに『遊び』を熱心に教えた記憶はない。
子供なんだから遊ぶのも大事だよ、みたいなことを言っただけだ。
ありふれた僕の一言から、ここまで考える紅葉君は凄い。
「遊びの重要性はわかったけど、僕は今日、暇じゃないんだ。ごめんね。また今度話そ」
「わかった。次はアポイントを取ってから誘うとしよう」
小学生がアポイントなんて言葉を使うのに、僕は違和感を覚えた。
でも、それが普通に言えてしまう紅葉君は、本当に小学生なんだろうか?
よっぽど、僕よりも前世の記憶を持っていそうだ。