表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

19. モブ、高校生になる

 華月学園高等部の入学式が今日行われ、僕は高校生になる。


 中等部は楽しかった。

 梅さんと買い物に行って金銭感覚の違いに驚かされたり、紅葉君の家にお邪魔して妹さんと仲良くなったり、蓮君のコンクールを見に行って感動して泣いたり、楓君と一緒に勉強して頭の出来を思い知らされたり、と充実した日々を送った。


 リアルが充実しているってやつかな。

 つまり、僕はリア充だ。

 だけど、彼女はできていない。


 僕は高校生デビューを目指し、今日は早く起きてみた。

 学校に行く途中に、もしかしたら恋が始まるかもしれない。

 というのは冗談だ。

 入学式の朝に出会いを求めるほど、僕の頭の中はお花畑じゃない。


 僕が早起きした理由、それは少女漫画の名場面に立ち会うためだ。


 まだヒロインは出てきていない。

 ヒロインの登場はきっと今日の入学式だ。


 根拠はまったくないけど、出会いは桜が舞う季節って決まっている。

 ひらひらと桜が舞う中、ヒロインと男主人公が出会う。

 僕はボーイ・ミーツ・ガールの瞬間をこの目で見たい。

 プロローグを見ずして、物語は始まらないからね。


 僕はミーハーだから、ラブラマンスを楽しみたいんだ。

 だって、自分の近くで漫画のような恋が行われるんだよ?

 見たくならないほうがおかしいよ。


 まだ瞳は寝ている時間で、お母さんは朝食を作っており、お父さんは自室に籠もって作業をしている。


「おはようございます」


 僕はキッチンで料理しているお母さんに挨拶する。

 お母さんは僕を見ると「おはよう」と挨拶を返した。


「早いわね。緊張して眠れなかった?」

「僕はもう入学式に緊張する年頃じゃないです」


 今日から高校生なんだ。

 立派な大人だよ。


 高校生って言ったら、やっぱり青春だよね。

 春も真っ青になるぐらいの甘酸っぱい日常。


 青春が僕を待っている。

 きっと素敵な恋が始まるんだろうな。

 僕の前にはまだ素敵な人が現れていないけど、僕はいつまでも待っているよ。

 でも、二十歳までには彼女が欲しいから、早く出てきほしいな。


 僕と仲の良い女の子と言ったら、梅さんぐらいだ。

 梅さんは高嶺の花だから僕みたいなモブと釣り合わない。


 高校生になったら彼女の一人ぐらい欲しいなー。

 たまに仲良くなる女の子がいるんだけど、すぐに話しかけてこなくなるからね。

 僕の対応が悪かったのかな?

 あんまり女の子と上手く話すことができない。


 梅さんに原因を聞くと「灯都さんはモテなくても大丈夫です」と言われた。

 何が大丈夫なんだろう?

 僕からしたら、全然大丈夫じゃない。


 僕だって、人並みにモテたい欲はある。

 ハーレムってほどじゃなくても、ちょっとくらいはちやほやされたい。

 思春期の少年なんだから。


 朝食を食べ終えた僕は高等部の新品制服に身を包む。


 制服のデザインは初等部、中等部、高等部でそれぞれ異なる。


 高等部の服は白シャツの上に臙脂(えんじ)色のブレザーである。

 首からは紺色のネクタイを付け、胸には桜色のエンブレムブローチがある。

 ブローチは初等部のものと一緒であり、華月学園のシンボルマークだと思っている。


 鏡で自分の姿を確認してから、大きく頷く。

 今日の僕も悪くないね。

 ナルシストじゃないよ?


 僕は自室を出ると、同じタイミングで妹の瞳が部屋を出てきた。

 瞳は眠そうに目をこすっている。


 瞳は今年で小学4年生になる。

 昔と違って、にぃに大好き、とは言わなくなったけど、今でも可愛い妹だ。


 ちなみに瞳は華月学園ではなく、近場の他の小学校に通っている。

 あの遠い距離を瞳に通わせるわけにはいかない、とお父さんが言っていた。


 あれ?

 じゃあ、僕は良かったの?

 そう思わなくもないけど、僕もお父さんの意見に賛成だ。


 自転車で三十分の距離を瞳に通わせるわけにはいかない。

 中学生や高校生になれば、まだ通える距離だけど、小学生にはちょっと遠すぎる。

 ほんと、なんで僕は通っていたんだろう?


 でも、初等部から通っていたおかげで、たくさん友達ができたから良しとしよう。


「お兄ちゃん、もう行くの?」


 妹が小さくあくびをしながら、尋ねてきた。


「うん、今日はお兄ちゃんの晴れ舞台だからね」

「そっか、入学式だもんね」


 妹は眠たそうに目をしばしばさせながら言う。

 やっぱり、瞳は可愛いな。

 男が寄り付かないか心配になっている。


 先日、瞳が我が家に男友達を連れてきたことがあって、僕とお父さんはショックを受けた。

 小学生が異性の友だちの家に行くなんて、けしからん。


 そういえば、僕も梅さんを連れてきたな。

 じゃあ、いいのかな?

 いや、駄目だ。

 どこの馬の骨かわからんやつに瞳は任せられないよ。


「うん? どうしたの?」


 僕が瞳を見ながらフリーズしていると、瞳がちょこんと首を傾けた。

 その仕草も可愛いから、やっぱり妹は最強だ。


「なんでもない。行ってきます」

「いってらっしゃい」


 瞳に見送られて元気が出た僕は家を出る。


 そして、しばらく自転車を漕ぐと目的地に到着した。

 華月学園まで行く途中にある坂だ。

 坂の横に小高い丘があり、僕はそこに自転車を停めて芝生の上に座り込む。

 ここからなら、出会いの場面をじっくりと見られる。


 ちょうど目の前の桜が綺麗に咲いており、一人で座っていても違和感がない。

 そうして、しばらく待つけど、なかなか二人は現れない。

 僕は腕時計をちらちら見て、時間を確認する。

 僕が付けているのは、有名ブランドの腕時計だ。

 お父さんが高等部の入学祝いに買ってくれたものであり、まだまだ新品である。


 キラキラに輝き、腕時計を嵌めているだけでちょっと大人になった気分だ。


 時計の針が進むけれど、一向にヒロインは現れない。

 このままでは入学式の集合時間に間に合わなくなる。

 けれど、まだ焦るときじゃない。


 出会いのイベントといえば、遅刻しそうなヒロインが慌てて走っているときに起こるのが定番だ。

 パンを咥えた女子高生が角を曲がった先にぶつかるってやつだね。

 つまり、ギリギリまで粘るべきということだ。

 まだ、大丈夫。


 さらに時計の針が進む。

 なかなかヒロインは現れない。

 僕は徐々に焦りを募らせる。


 あー、駄目だ。

 さすがにこれ以上待っていると本当に遅刻しちゃうよ。

 僕は真面目な生徒として名が通っているから、入学式早々に遅刻するのは避けたい。


 とうとう待ちきれなくなった僕は自転車に跨って学校に向かった。


 もしかして、イベントが起こる場所はここじゃなかったのかな?

 そもそも、出会いのイベントなんてないのかな?

 桜が舞う中でのボーイ・ミーツ・ガールは今の流行りではないのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ