18. モブ、華月学園初等部を卒業する
式を終えた卒業生たちは校門の前でわいわい騒いでいた。
そんな中で、僕は両親と話している。
「灯都、やるな」
「そうね、驚いたわ」
お父さんとお母さんは僕を見つけるやいなや、褒めてくれた。
多分、僕が突然一人で歌い出したことを言っているんだろう。
「僕の歌はどうだった?」
「ああ、上手かったぞ」
「上手になったわね」
両親に褒められて僕は嬉しくなる。
練習したかいがあったな。
あとで梅さんや美花さんにお礼を言っておこう。
「あれ、伴奏していた子じゃない?」
お母さんが指差した先には蓮君がいた。
蓮君は一人でぼけーっと突っ立っている。
「ちょっと行ってくるね」
僕は両親にそう告げてから、蓮君のもとまで走った。
「蓮君、おつかれ!」
「ああ、お前か」
「僕の名前は灯都だよ。ちゃんと覚えてよ」
僕は口を膨らませた。
「すまん、灯都。今度から名前で呼ぶよ」
「え、ほんと? やった!」
僕は蓮君と仲良くなれたことで、自然と笑みが溢れた。
蓮君もいつもの怖い顔じゃなくて、ちょっとだけ優しい顔をしている。
「蓮、灯都くん、卒業おめでとう」
後ろを振り向くと、美花さんがいた。
僕と蓮君は、ありがとうございます、とお礼を言った。
「合唱、良かったわよ。感動して泣いちゃった」
「蓮君の伴奏はやっぱり良いですね!」
「灯都の歌は酷かったけどな」
蓮君は僕を見て、ふっ、と笑う。
「蓮、そういうこと言わないの。それに、灯都くんだって成長しているんだから」
美花さんは僕をフォローしてくれているようだけど、あんまりフォローになってないよ。
だって、僕の歌が酷かったことを否定してないんだもん。
「でも、灯都くんの歌は良かったわ。上手いとか下手とかじゃなく、心に響いた。留学の前に、私も勇気を貰っちゃった」
「そうだな。灯都の歌は良かったよ。ありがとう」
美花さんと蓮君は真面目な顔で僕に言ってくる。
僕は褒められるのは慣れてないんだ。
ちょっと恥ずかしい。
「そ、そうかな?」
「もう少し上手かったら、もっと感動してたんだが」
蓮君は上げてから落としてきた。
くそー、もっと上手くなってやるんだからな!
「それはそうとして、蓮君、もう音は聞こえてるの?」
「ああ、大丈夫だ」
蓮君はそう言った後に、美花さんに目を向けた。
そして、真剣な表情で言う。
「俺は美花さんに負けないぐらいの凄いピアニストになります。だから、俺が最高のピアニストになったとき……そのときは……」
蓮君はそこで言葉を止めた。
すると、美花さんが「なに?」と蓮君に尋ねる。
「――俺と結婚してくれ」
蓮君はそう宣言した。
僕は驚きで目を丸くする。
それはちょっと早すぎるよ。
だって、まだ僕たちは小学生だよ。
あ、でも今日で卒業か……。
って、そういう問題じゃない。
結婚の前にもっと他の段階があるよ。
僕は驚きすぎて声が出なかった。
「そういう言葉は、もう少し大人になってから言おうね」
美花さんは僕と違って冷静に対処していた。
おお、なるほど。
大人の余裕ってやつだ。
蓮君は子供扱いされたことで、ちょっと不機嫌そうに下を向いた。
僕も美花さんの言葉に賛成だよ。
蓮君はちょっと焦りすぎ。
それだと恋愛はうまく行かないよ。
と僕は訳知り顔でうんうん、と頷く。
すると、蓮君に睨まれた。
僕は変な空気を変えるために提案する。
「ねえねえ、皆で写真撮ろうよ」
「ああ、いいぞ」
「私も映っていいの?」
「美花さんとも一緒に撮りたいです!」
僕はポケットからスマートフォンを取り出す。
そのとき、僕の前を梅さんが通り過ぎようとしていた。
だから、僕は梅さんを引き止めるように名前を呼ぶ。
そして、手を振った。
梅さんは僕の方を見た後、隣の梅パパを見た。
梅パパは厳しい顔を僕に向けてくる。
うぅー、ちょっと、怖いよ。
でも、僕は構わずに言う。
「一緒に写真撮ろうよ!」
梅パパは梅さんに何か囁く。
すると、梅さんが喜色を顔に表し、僕たちのところにやってきた。
そして、僕、蓮君、梅さん、美花さんの四人で、初等部の校舎をバックに写真を撮った。
みんなで写真を確認する。
良い顔してるな、と思った。
蓮君はちょっと不器用な笑顔で、梅さんは口を閉じて微笑み、美花さんは歯を見せて笑っている。
僕はもちろん満面の笑みだ。
背景も空と校舎とが上手い構図となっていて、中々の出来だ。
僕は自撮りのセンスがあるらしい。
「あれ? 僕だけなんか足りないような?」
「灯都さん、胸花がないですよ」
「あ、ほんとだ! もしかして、ホールに落としちゃったかも!」
「おっちょこちょいだな、灯都は」
蓮君が呆れて笑った。
「ちょっと、取りに行ってくる!」
僕はそう言ってから、ホールに向かって駆け出した。
ホールでは片付きが行われており、僕は自分がいた席の周辺を探す。
すると、僕の胸花らしきものが落ちていた。
よかった、と安堵しながら胸花を拾う。
そして、顔を上げると、壇上の前で紅葉君がぽつんと立っていた。
紅葉君の前には、紅葉君が描いた作品がある。
何してるんだろう、と思いながら、僕は紅葉君の隣に立った。
「どうしたの?」
紅葉君は僕を一瞥すると、絵画に視線を戻した。
「この絵にピアノを付け忘れたと思って、見ていたんだ」
「たしかにないね」
たくさんの楽器が背景にあるけど、紅葉君の言う通り、ピアノがその中に入っていない。
「あのとき、ピアノは入らないと思っていたんだが……さすがは灯都だな」
「なんで僕がさすがなの?」
よくわからなくて、僕は首を傾げた。
紅葉君は僕の質問に答えず、代わりに絵画を指差した。
「これは、俺だと言ったよな?」
「うん、そうだね」
背中を向けて立っている男は、どうみても紅葉君だ。
「俺も俺を描くつもりでいた。だが、ここに立っている自分の姿を想像できなかった」
「じゃあ、誰なの?」
「お前だよ、灯都。この絵の主人公は灯都だ」
「なんで僕なの?」
わけがわからず、僕は尋ねる。
なんで紅葉君は自分を描けなかったんだろう?
それに、なんで僕を描いたんだろう?
「灯都が相応しかったからだ」
紅葉君はそういったあと、絵画をじっと見つめた。
やっぱり紅葉君の言っていることはわからなかった。
紅葉君から話しかけにくい雰囲気を感じ取った僕は、「じゃあね」と言ってからその場を去った。
校門に戻ると、ほとんどの人が解散していた。
僕はお父さんとお母さんのもとに行く。
「遅かったな。何してた?」
「胸花を落としちゃって、探してた」
お父さんは、はっはっは、と笑った。
「灯都はしっかり者だけど、時々、抜けてるよな」
「剛志さんみたいにね」
そうか、やっぱり僕はお父さんに似たんだな。
その後、お父さんとお母さんと話しながら車に乗る。
自転車はもちろん車に載せた。
最後にもう一度、初等部の校舎を見た。
六年間も通った校舎と、今日でおさらばだ。
そう考えると、僕はちょっとだけ寂しい気持ちになった。
こうして僕は華月学園初等部を卒業した。
 




