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15. モブ、もやもやする

 次の日の昼休み、僕は先生に呼ばれた。

 伴奏を他の子にお願いすることにしたらしい。


 それを聞いた僕は焦った。


「明日まで待ってくれませんか?」


 僕は先生にお願いする。

 僕のお願いが無茶なものであることはわかっている。


 もう卒業式が明日に迫っているのに伴奏が決まっていないというのは異常だ。

 蓮君じゃなかったら、とっくの昔に降ろされている。

 さすがに蓮君でもこれ以上待つのは難しい。


 それを承知で僕は言った。


「僕がなんとかしますので、蓮君に伴奏を任せてやってください」


 僕の真剣さが伝わったのか、先生は渋々了承してくれた。


 言ってから、僕はとんでもない約束をしてしまったことに気づく。

 明日が卒業式だって言うのに、蓮君が弾く保証なんてまったくない。


 でも、僕はやると決めたことはやる子だ。

 だから、僕なりに精一杯頑張ってみようと思った。


 そして、その日の午後。

 僕は蓮君に用事があると伝え、人のいない教室に呼んだ。


「なんだ?」


 蓮君は機嫌が悪そうに言ってきた。

 この鋭い目はやっぱり苦手だなぁ、と僕は思った。


 でも、怖気づいてばかりでは駄目だ。


「今から時間ある?」

「ない」


 蓮君は即答した。

 ちょっとだけ僕は傷つく。

 でも、へこたれないぞ。


「美花さんが蓮君と話したいって。でも、残念だな。時間がないなら仕方ないね」


 蓮君の眉がピクッと動いた。

 これは効果ありかな?

 ちなみに美花さんからの話なんてない。

 僕のでっち上げた嘘だ。


「それは本当か?」

「本当だよ。もうすぐ留学に行くから、蓮君としっかり話しておきたいって」


 僕の口からすらすらと嘘が紡がれる。

 僕って案外詐欺師の才能あるかもしれない。

 感情が顔に出やすいって言われるけど、バレてないよね?

 蓮君は鈍そうだから、大丈夫な気がする。


 そう言えば、梅さんにはすぐに嘘がバレるな。

 梅さんって鋭いから。


「一応……時間はある」


 蓮君がぶっきらぼうにいった。


 さっき空いてないって言わかなかったっけ?

 と僕は言いそうになるのを我慢する。

 ここは茶化す場面じゃないからね。

 TPOはわきまえてるよ。


 その後、僕は梅さんの車に乗せてもらって、梅さんの家に向かう。

 車の中には蓮君もいる。


 事前に梅さんには話を通している。

 梅さんは僕の作戦を聞いて、協力してくれると言った。


 僕が真ん中、右に梅さん、左に蓮君という席順で座っている。

 梅さんと僕だけなら楽しく話せるんだけど、蓮君がいるだけで話しにくい空間になった。


 蓮君はずっと窓の外を見ている。

 僕は梅さんと当たり障りない会話をする。

 そうしていると、梅さんの家に着いた。


 そして、音楽部屋に入る。

 そこでは美花さんが待っていた。


「久しぶりね、蓮」


 あれ?

 驚かないのかな?

 美花さんには、蓮君がここに来ることを伝えていないはずだ。

 そう思ったら、梅さんが僕に耳打ちをした。

 私が先んじて伝えました、と。


 なるほど、梅さんの手回しがあったらしい。

 さすがは梅さんである。

 僕のその場しのぎの計画をフォローしてくれた。

 梅さんは根回しをしっかりやって、いつの間にか外堀を埋めてそうな子だ。

 きっと僕のポンコツな頭では、梅さんの策略には気づかないだろうな。


 美花さんは蓮君を見据えた。


「伴奏を弾かないと聞いたわ」


 びくり、と蓮君の肩が揺れる。

 蓮君は視線を彷徨わせて、最後は俯いた。


「私ね、ほんとは留学行くのが怖い。自分の実力が通用するのか、向こうでやっていけるのか怖くて仕方ない」


 美花さんはそういって、蓮君に近づいた。

 蓮君は顔を上げて美花さんを見る。


「蓮は知らないでしょうけど……。初めて蓮のピアノを聞いたとき、私は音楽をやめようと思ったの」

「どうして、そんなことを……?」

「才能の違いを思い知らされたからよ」


 そこから、美花さんの独白が続いた。


 美花さんが初めて蓮君のピアノを聞いたのは、蓮君がまだ初等部低学年のときだ。 

 それまで多くの結果も残してきた美花さんは、有頂天になっていたらしい。

 そんなときに、蓮君の演奏を聞いて衝撃を受けた、と美花さんは言う。

 自分よりもずっと年下の蓮が、こんなにも凄い演奏をするのかと思い、同時に初めての挫折を味わったのだ。


「そんなこと……まったく気づきませんでした」

「当たり前よ。蓮に弱い姿なんて見せられるわけないじゃない」


 美花さんはそういって蓮君の目を見た。


「あなたがもうピアノを弾かないというなら、私はそれで構わないわ。音楽を辞めると言うなら、好きにして。私は引き止めないし、一人でも先に進むわ」


 蓮君の顔が歪んだ。

 それも見事に歪み、くしゃくしゃの顔になる。

 蓮君は顔を背け、そして、部屋を出ていった。


 僕は美花さんが優しい言葉をかけてくれると思っていたいし、それを期待していた。

 だから、美花さんの冷たく突き放すように言葉に僕は驚いた。


「なんで、そんな言い方を……」

「生半可な覚悟でやっていけるほど甘い世界じゃない。私の言葉一つで気持ちが変わるようなら、それこそ音楽なんて止めたほうがあの子のためだわ」


 僕は子供だから、美花さんの考えはわからない。

 僕は音楽なんてド素人だから、全然わからない。

 美花さんの言う通りなのかもしれない。

 でも、傷ついている人に、心を抉るような言葉は使っちゃ駄目だよ。


 きっと蓮君は救って欲しかったんだ。

 そんなの音楽をやっていない子供の僕でもわかるよ。


「それでも、蓮君に優しい言葉をかけて欲しかったです。音楽の世界なんて僕にはわからないけど、優しく接することぐらいはできたはずです」


 僕は美花さんを睨んでから、音楽部屋を出た。

 そして、蓮君を追いかける。

 なんだか、もやもやした気分だ。


 みんな蓮君に期待し過ぎている気がする。

 天才少年かどうかなんて知らないけれど、蓮君だってまだ子供なんだ。


 僕は他人に厳しい言葉をかけられたら、普通に嫌な気持ちになる。

 それが成長に大事なことでも、辛いときは寄り添って欲しいもんだよ。

 なんで美花さんはそれがわからないのかな?


 子供の僕だってわかるくらい、とっても簡単なことなのに。

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