12. モブ、音痴を披露する
早速今日から、梅さんの家で音楽レッスンがある。
本当は梅さんの車に乗せてもらって行く予定だったけど、僕が先生に呼ばれたから、梅さんには先に帰ってもらった。
自転車で行っても、梅さんの家まではそんなに遠くない。
梅さんの家に行くのは久しぶりだな。
少し緊張する。
梅さんの家は大きいし、なんだか威圧感があるから。
守衛さんに挨拶をすると、すんなりと中に通してくれた。
そして、広い庭を歩いて、エントランスにたどり着く。
玄関の前で瀬羽さんが待機してくれていた。
僕は瀬羽さんに案内されて、梅さんの家の中を歩く。
途中で大きなプールを発見した。
これぞ豪邸って感じだった。
全体的に白が目立つ家だ。
内装も白塗りの壁で清潔さが保たれている。
家の中が広すぎて、掃除とか大変そうだな。
僕は自分の部屋を掃除するのも面倒で、よくサボってしまう。
そうするとお母さんに怒られるから、仕方なく掃除している。
あ、でも梅さんの家には掃除屋さんがいるよね。
きっと僕の心配は杞憂だ。
梅さんの家の中を歩き、目的の音楽部屋に着いた。
僕は部屋の中に通される。
室内にはグランドピアノがあり、その近くにはソファが置いてある。
そして、梅さんがいた。
梅さんと向かい合うようにミディアムヘアーの女の人が立っている。
女の人は透き通るような白い肌の美人だった。
二人は僕の存在に気づく。
梅さんがぱたぱたと僕の方に駆け寄ってくる。
「灯都さん、いらっしゃい。本当は出迎えに行きたかったのですが、レッスンが始まってしまっていて。申し訳ありません」
「僕の方こそ、ごめん。ちょっと遅くなっちゃった」
「先生に呼ばれたなら仕方ありません。灯都さんは皆さんに頼られていますから」
うーん、そうなのかな?
先生にこき使われているだけな気がする。
「さあ、こちらに来てください」
僕は梅さんに促され、ピアノの近くまで行く。
すると、女の人が挨拶をしてくれた。
「はじめまして、春咲美花です。よろしくお願いします」
美花さんは僕に向かって丁寧に頭を下げた。
美花さんが顔を上げたときに、ちょっと良い匂いがした。
大人の女性の香りだ。
「底野灯都です。よろしくお願いします」
僕もちょこんとお辞儀をする。
「梅様のボーイフレンドは可愛らしいですね」
美花さんがからかうように言うと、梅さんが顔を赤くした。
「灯都さんとは、そういう関係ではありません!」
うん、僕たちはそういう関係じゃない。
僕と梅さんは仲の良い友だちだ。
それに、僕のようなモブと梅さんとでは釣り合いが取れない。
うふふ、と美花さんは口を抑えて上品に笑った。
僕は美花さんから大人の余裕を感じた。
梅さんも大人っぽいけど、本物の大人には敵わないようだ。
僕は、ぷくっ、と頬を膨らませる梅さんを可愛いと思った。
「では、灯都くんも来られたことですし、さっそく始めましょう」
「よろしくお願いします!」
僕は元気よく言い、そして、美花さんのレッスンに臨んだ。
普段ここでは、ピアノのレッスンをしているらしい。
だけど、今日は僕のために、合唱のレッスンに切り替えてくれたのだ。
なんだか、申し訳ない気持ちになった。
梅さんはそれで良いのかな?
そう思って梅さんを見る。
梅さんは春の日差しのような笑みを浮かべていた。
梅さんが嫌じゃないなら、僕は構わないよ。
「まず、灯都くんがどこまで歌えるかを聞いてみましょう」
そういって美花さんはピアノの前に座る。
「あんまり上手くないんですけど……」
「大丈夫ですよ。そのための練習ですので。のびのびと歌ってください」
のびのびかー。
僕は音痴だけど、本当に良いのかな?
僕の音痴で皆の耳を汚さないか心配だよ。
でも先生が大丈夫と言っているなら、頑張って歌うことにしよう。
ちなみに僕たちが歌うのは混声二部合唱だ。
勇気を与えてくれるとても良い合唱曲だ。
心に響く曲であり、辛いときに聞いたら感動すると思う。
先生が伴奏を弾き、僕は歌い始める。
最初は緊張していたけど、最後は気持ちも乗って上手く歌えたと思う。
ふぅー。
まあまあの出来かな?
僕はそう思って梅さんを見ると、梅さんが驚いた顔をしていた。
「灯都さん……合唱の練習をサボっていました?」
「心外だな。僕はいつも真剣だよ」
周りの人に音痴がばれないように、声は小さくしている。
だけど、ちゃんと歌っているよ。
美花さんは困った顔で僕を見ていた。
もしかして、僕の歌ってそんなに下手なのか?
合唱曲はそれなりに歌えていると思っていた。
だって、お風呂場で毎日練習していたんだから。
「大丈夫です。まだ、卒業式まで時間があります。一緒に頑張りましょう」
美花さんがぐっと拳を握って言った。
僕は結構頑張らなきゃいけないぐらい下手なんだ……。
その日、僕の練習がメインとなってしまった。
混声二部合唱だけど、僕が下手すぎて梅さんの練習にならなかったのだ。
凄く申し訳ない気がした。
次回のレッスンは断ろうと思った。
だけど、梅さんに引き止められ、美花さんも僕の音痴を放置できないと言った。
というわけで、週に三回のペース。
卒業式までの間、僕は梅さんの家に通うことになった。
余談だけど、レッスンのお礼として、お母さんが作ってくれたクッキーを梅さんに渡した。
僕のお母さんのクッキーは美味しいんだ。
サクサクしていて、どれだけでも食べられてしまう。
だから食べすぎには注意してね、と梅さんに伝えておいた。
そしたら、梅さんは「灯都さんじゃないから、食べすぎませんよ」と笑っていた。
僕って梅さんの中ではどういう評価なんだろう?