11. モブ、ミッションを与えられる
梅さんと音楽レッスンの話をした翌日。
僕は先生から重大なミッションを与えられた。
授業が終わると職員室に呼ばれ、先生からのありがたいお話があったのだ。
別に怒られたわけじゃないよ?
ちなみに、ここの教師は一流の人ばかりだ。
華月学園は一芸に秀でいた人を採用する傾向にあり、相応の給料を貰えるから倍率が高いらしい。
教師陣は難しい面接をくぐり抜けてきたエリート教師集団なのだ。
そんなことは僕にとってどうでもいいけど、問題なのは教師が僕に頼りすぎだということだ。
僕も人に頼られることは嫌いじゃない。
むしろ、嬉しくなったりもする。
だけど、彼らの僕に対する信頼が大きすぎるように感じる。
今回も、僕は先生から重大なミッションを与えられた。
それは、蓮君を卒業式で伴奏させる、というものだ。
なんで、僕に頼むのかな?
僕も頼まれたら断れない性格だから引き受けちゃったけど。
そもそも僕は蓮君と親しくないよ。
どうしようかな、と思いながら職員室を出た。
そして、廊下を歩いていると、ばったり紅葉君に会った。
「ちょうど良いところにいた。手伝ってくれ」
紅葉君は僕を見つけるや否や、僕の腕を掴んだ。
「どうしたの? 急に」
「一緒に運んで欲しいものがある」
「運んでほしいもの?」
紅葉君なら他の人に頼めばなんでもやってくれそうな気がする。
わざわざ紅葉君が運搬作業することに、僕はびっくりした。
実際、僕と仲良くなる前は、紅葉君の周りには下っ端のような人たちがいた。
僕が紅葉君と親しくなってから、下っ端集団はどこに行ったんだろう?
学校では見かけるけど、紅葉君と親しくしている様子はない。
紅葉君に意識の変化でもあったのかな?
昔の紅葉君はちょっと傲慢なところがあったから、僕は断然今の紅葉君の方が好きだけどね。
「パネルを一緒に運んでくれ。一人では持てないんだ」
「もしかして、卒業式に出す作品?」
「ああ、ちょうどさっき完成してな。ホールまで運ぶために人手を探しいたところだ」
なるほど、そういうことか。
僕は「わかったよ」と返事をする。
華月学園には音楽科と美術科があり、高学年になるとどちらかを選ぶ必要がある。
選択式の授業というものだ。
僕は音楽科を選んだ。
美術の成績は音楽の成績よりも酷かったから、消去法ってやつだね。
それに対し、紅葉君は美術科に進んでいる。
僕たちは美術室に着いた。
紅葉君の絵は素人の僕からみても上手だった。
上手く言葉では表現できないけど、見ていて引き込まれるものがある。
でかいキャンバスの上に、一人の男の人が描かれている。
黒で塗りつぶされた男の人は背を向けて佇む。
背景には様々な楽器が描かれており、建物が立ち並ぶ街のようにも見える。
僕は真ん中の男から目が離せなくなる。
男の姿は明らかに大きく、背景から浮いている。
でも、僕はそれを指摘するようなことはしない。
紅葉君は敢えて、男を目立たせたかったのだろう。
紅葉君は僕のような下手っぴじゃないから、サイズ感を間違えたりはしない。
「これを卒業式に飾るんだね」
「ああ、俺の絵が壇上のど真ん中に置かれる」
音楽科が合唱をするなら、美術科は作品を飾る。
僕が美術科を選ばなかった理由の一つに、美術科になると、下手な絵が晒されてしまうからだ。
美術科の子たちは、みんな絵がうまい。
普通の小学校ならトップクラスに上手い人たちが、この学校では真ん中ぐらいなのだ。
お金持ちというのは、どうやら芸術のセンスにも秀でているらしい。
幼い頃から良いものに触れてきたからかな?
僕もピカソの絵を見て育てばもっとセンスを磨けたかもしれない。
というより、僕の絵ってどことなくピカソに似ている気がする。
あれ?
僕って結構美術のセンスあるのかも。
まだみんなの理解が僕に追いついていないだけだ。
きっとそうだ。
なんてことを考えながら、僕は紅葉君の絵を見た感想を洩らす。
「存在感ある男の人だね」
多分、キャンバスの真ん中で立っている男は紅葉君だろう。
卒業式のど真ん中に自分を描いた絵を置くのは、紅葉君らしいなと思った。
背景の楽器たちは……何を示しているのかな?
僕にはわからないけれど、きっと紅葉君は意味を持って描いているはずだ。
「この男のモデルは紅葉君だよね?」
「灯都には、そう見えるのか……」
紅葉君が呟く。
誰が見たって真ん中は紅葉君だ。
僕は首を縦に振った。
それから、僕たちはキャンバス・パネルを運ぶ。
当日はスタッフが飾ってくれるらしいから、僕たちはホールの中にある倉庫部屋にパネルを持っていく。
紅葉君は、最近僕と遊べていないことに対し、文句を言ってきた。
梅さんと仲良くなってから、ちょっとだけ紅葉君と過ごす時間が減ってしまった。
拗ねている紅葉君が子供らしく、僕はぷっと笑うと、紅葉君に怒られた。
パネルを運び終えたあと、僕は紅葉君に蓮君のことを尋ねようと思った。
蓮君は紅葉君に対して、一目置いているように見える。
だから、ひょっとすると紅葉君は蓮君の事情を知っているんじゃないか、と考えた。
「最近の蓮君をどう思う?」
「どうと言われても、俺も蓮とはそんなに話さないから。わからないとしか答えようがない」
紅葉君でも蓮君のことをあまり知らないようだ。
蓮君は謎の多き人物だ。
六年間も同じ学校にいたのに、僕は蓮君のことをほとんど何も知らない。
蓮君が近寄りがたい雰囲気を放っているからだ。
「蓮君と親しい人はいないのかな?」
「そう言えば……蓮が前に、高等部の女性と歩いていたな。あのときの蓮は普段見せない顔で楽しそうにしてた」
「蓮君のお姉さん?」
「蓮は一人っ子だから、それはない。綺麗な人だったから顔は覚えているが、名前まては知らんよ」
蓮君にも親しい人がいるようで、安心した。
さすがに、親しい人が一人もないなんてことはないよね。
ずっと一人だったら、とても辛いと思う。
僕だったら耐えられない。
ちょっとだけ蓮君のことを知れて良かった。
その女の人と接触できれば、蓮君が伴奏を弾かないと言った理由がわかるかもしれない。
でも、紅葉君は心当たりがないと言っていた。
高等部に在籍する女性を一人ひとり当たるわけにもいかないし、どうしようかなと僕は思った。