10. モブ、音痴を治すために動く
「灯都さんは、結構、音痴ですからね」
「梅さん、それは酷いよ」
僕も自分を音痴だと認めているけれど、他人に言われたら傷つく。
それも、結構って言い直したし。
僕はちょっと音痴なだけだ。
「ごめんなさい。でも、割と有名な話ですよ?」
「え、そうなの? 皆に下手だと思われてるんだ」
華月学園は芸術に関して、優れた才能を持つ人が多い。
蓮君はもちろんのこと、梅さんと楓君は歌がうまく、紅葉君は絵がうまい。
僕は絵も下手で、よく小学生の落書きだとバカにされる。
でも、冷静になって欲しいんだ。
僕は小学生なんだよ?
周りが皆凄いから、自分はやはり凡人なんだな、と実感させられる。
つくづく、僕はモブなんだなって思わされる。
「いいと思いますよ。多少欠点があったほうが親しみが湧くものです」
「そうかな? 梅さんがそういうなら、きっとそうだね」
僕の長所は切り替えが早いことだ。
歌がちょびっと下手なぐらい、なんてことはない。
「歌の練習というのは、具体的に何をされているのですか?」
「お風呂場で歌ったり、カラオケに行ったりするんだ」
カラオケ? と梅さんはちょこんと首を傾ける。
「灯都さんの家に、カラオケルームはなかった気がしますけど」
「家にカラオケルームなんてないよ。最近はスマホのアプリでカラオケの練習もできるけど……。家族でカラオケに行くんだ」
ちなみに、お母さんは歌が上手い。
プロ並みに上手いとは言わないけれど、普通に聞いていて上手いと思う。
それに対し、お父さんの歌はド下手だ。
僕が言えることではないけど、お父さんは音を外しまくっているし、リズムが合っていない。
常にワンテンポ遅れているのだ。
僕が言えることじゃないけど……。
音楽の才能に関しては、僕はお父さんの遺伝子を受け継いでいるようだ。
できれば、お母さんの優秀な遺伝子が欲しかったな。
「私も一度カラオケに行ってみたいです」
「梅さんが行くようなところじゃないよ」
「そんなことありません。以前、灯都さんに連れていって頂いたマスドナルドは、とても楽しかったです」
美味しかったとは言わず、楽しかったというあたり、梅さんらしい。
それは良かったよ、と僕は言う。
家出事件以来、僕は梅さんと遊ぶことが増えた。
といっても、梅さんの家庭は厳しいから、たまに遊ぶくらいだ。
そして、僕は梅さんのマスドナルドデビューに貢献した。
もちろん、僕と梅さんの二人で行ったわけじゃない。
僕たちは小学生だし、何よりも梅さんの実家がそれを許さないからだ。
僕と僕の両親と梅さん、それに梅さんの付き人たちでマスドナルドに入った。
僕たちのグループは明らかに浮いていて、特に梅さんは注目を浴びていたけど、梅さんは気にした様子もなく楽しんでいた。
さすがは大女優の娘だ。
きっと、人に見られることに慣れているのだろう。
それに対して、僕はちょっと恥ずかしくなっていた。
いつか、梅さんのように堂々としていられるようになりたい。
そんなこんなで、僕は梅さんとの良好な関係を築いている。
「話を戻しますけど、灯都さんは合唱の練習がしたいのですか?」
「うん、そうだよ。もうすぐ卒業式だから、皆の迷惑にならないようにしたいな」
「そういうことでしたら、私の家に来ませんか?」
「え? どうして?」
梅さんの家に行ったら、歌がうまくなるのだろうか。
「私は今、優秀な音楽教師のもとでレッスンを受けています。ぜひ、灯都さんも一緒にどうですか?」
「えー、悪いよ。それに、僕はそんなお金持ってないし」
きっと僕では想像もできないくらい、たくさんのお金を払っているのだろう。
それに、僕はプロに教わってまで歌がうまくなりたいわけじゃないんだ。
皆と一緒に、普通に合唱ができれば満足だ。
「お金に関しては大丈夫です。教師の方には時間単価でお金を払っていますし。灯都さんが増えたところで、余分にかかるわけではありません」
「でも、そうなると梅さんのレッスン時間を僕が奪うことになるよ」
「そこも心配いりません。嗜みとして音楽をやっていますが、もう十分です」
梅さんって本当に小学生なのかな?
会話をしていて、ときどき大人と話しているような気になる。
嗜みとして音楽、なんて小学生は言わないぞ。
紅葉君も楓君も梅さんも、みんな大人すぎる。
絶対、おかしいよ。
前世の知識を持ってる僕が子供みたいじゃないか。
まあ、子供なんだけどさ
梅さんは心配ないと言ってくれるけど、やっぱり僕は遠慮したい。
だって、レッスンを二人で受けるのに、僕だけお金を払わないのは悪いよ。
僕も半分払うべきなんだけど、そんなお金もないから、断るしかないと思っている。
僕が辞退しようとしたときだ。
僕は梅さんと目があった。
梅さんは何か期待しているような目で僕を見つめてきた。
誘ってくれているのに、断るのは申し訳ないな。
僕の長所は切り替えが早いことだ。
「レッスン一緒にやってもいい?」
「はい! もちろんです!」
梅さんは顔をぱっと輝かせた。
そんなにも喜んでもらえると、なんだか僕も良い気分になる。
きっと、梅さんは一人でのレッスンに退屈していたんだろう。
やっぱり、誰かと一緒にやるってのは大事なんだろうな。
こうして、僕は梅さんの家で音楽レッスンを受けることになった。




