魔道士は現実生活を楽しむ
《そんな自己卑下と自信に揺れながら、いつも投稿ボタンを押している》っと! 投稿完了☆
執筆への熱い思いを吐露したエッセイの投稿ボタンを押したその手で、すぐさま大根を切る。昆布と鰹で出汁をとる。卵を茹でる。練り物も煮る。おでんである。
こうして仕込んでおけば、明日仕事でも安心だ。
「お母さぁん、トイレットペーパーが無いよ〜」
「えーー? 向かいのドラッグストアで買ってくるからちょっと待ってて!」
何なの? この落差。なろうで熱く語る素人作家の私と、オカンの私。
でも、そんな生活の緩急が面白い。それを書くのも面白い。
執筆とは……とか、そんなことばっか考えてらんないわ。
回覧板まわしにいかないと。
私のメインランドはこっちの世界だもの。
いや。どっちも本当の私ではあるんだけれど……
なろうで飯が食えるでなし(むしろその時間仕事したら?)
良いお母さんになれるでなし(むしろスマホを離したら?)
愛され妻でいられるでなし(むしろ夫と仲良くしたら?)
仕事に役立つわけでなし(むしろ資格の勉強でもしたら?)
ときめきの一方で、そんなドライな気持ちもある、このなろうライフ。
なろうでのひととき、私は魔道士一年生になり、指先で初歩の文章を紡ぎ出す。
それは普段紙に書く事務的なものとは違って、まるで生き物のようにうねうねと動き、キラキラと彩りを纏って輝きだす。
その、初めての楽しさに、新入生の私は声を出してはしゃいでしまう。
媚薬だって作る。
その媚薬を飲めば、たちまちトロンと酔いしれて、ナロウ王子に恋してしまう。大多数に祝福されて、王子と幸せになれると思ってしまう。
そこに現れ、警告を発するのは、私の心の中に住む魔法学校の師。
「よいか、勘違いするでない。お前はまだ初歩の魔法すら怪しい新入生。浮かれず、騒がず。ゆめゆめ、そのこと忘れるでないぞ」
朝が来て、魔法は解ける。
私は魔道士じゃなく、人間として生きる。
でも、寂しくはない。
今日はもっと人間界での暮らしを丁寧にやるぞーー!と、朝ごはんを作りながら決意する、私なのだった。