情未央(じょうびおう) 想い、未だ尽きず7
だが、楊怜はただ泣き寝入りする娘ではなかった。十五歳の時、親族の年始の宴での嘲笑に取り乱すことなく、こう言ってのけたらしい。
「私の母は二十年、父上に妻として忠実を尽くし、子供の私に養育の義務を尽くし、その後に実家に戻ったのは先祖に孝を尽くすためです。今、父上には琅香夫人がおられ、母はようやく先祖への孝行をすることができました。これからは、母の代わりに、不肖の身ながら私が父上と琅香夫人に孝を尽くしたいと思っております」
大人しいばかりの娘と侮っていた人々は瞠目し、宴席に参加していた他家の当主や夫人たちによってこの話はすぐに広まり、楊府の大姐(おおひめ、嫡出の長女)の名は一転、孝行娘として知れ渡った。
悪い噂が消えると、血筋としてれっきとした楊氏直系の大姐(おおひめ、嫡出の長女)に、縁談の話もちらほらと舞い込んだ。だが体が頑健とは言えない宇文怜は、嫁ぎ先に迷惑をかけたくないと、縁談に乗り気ではなかった。当主夫婦も無理強いはせず、そのまま十八の今まで、屋敷の東の棟で外出もあまりせず、府中の差配をして暮らしてきたのだとか。
凝珠が長い話を終えた時、真夜中近くになっていた。秋の鳴り響く虫の音も静まり、一匹の鈴虫だけがか細く鳴いていた。後半に差し掛かると、凝珠の瞳に涙がこぼれ、それでも最後までなんとか落ち着いて話終えたのだ。
しばらく、部屋には沈黙が満ちていた。私は今聞いた話の衝撃を必死に堪えていた。そしてこの体の持ち主、楊怜に尊敬を禁じ得なかった。私より年下で、母と生き別れ、後ろ指を指されながらも力の限りの冷静さと聡明さで、権門の家庭の複雑さを生き抜いてきたのだ。厳蒼玲として感嘆すると同時に、まるで映画の場面のように、話の光景がぱらぱらと眼裏に浮かんだ。少しやつれてこちらを見つめる中年の女性、大きな屋敷の門から出てゆく一台の馬車、体格はいいがいささか神経質そうな瞳の少年、大木の回りで雪投げをする子供たち、灯火に溢れた広間の並みいる大人たち…
これは私の想像なの?それとも楊怜の記憶?
気づいたとたんに頭が重く感じた。痛みはなく、内側から何かが膨らんで、頭皮を突き破りそうだ。私の自我ははっきりそこに有ったが、光景はページを捲るように、私の意思で掴もうとしても止まらなかった。私は眼を見開き、両手で頭を押さえて茶卓に肘をついた。深呼吸しようと喘ぐ。
「お嬢様?お嬢様!大丈夫ですか?」凝珠の慌てる声が聞こえる。私は懸命に右手を上げ、大丈夫だと手を振った。しばらくして息を落ち着かせ、ゆっくり顔を上げた。
「ありがとう…事実を話してくれて。記憶を…もし思い出せなくても、あなたが話したこと、全て嘘じゃないとわかるわ」
楊怜。貴女は一体誰なの?なぜ私はあなたの体に入り込んだの?懸命に生きていた貴女は、私と入れ代わっているの、それともこの体の何処かに眠っているの?どうして、あなたの過去の話がこれほど私の心に響くの?
まるで、異世界で生まれた、もう一人の私のように。
なおも心配して、一晩付き添うという凝珠を宥めて帰らせ、暗闇のなかで瞬く炭火の横で、膝を抱えて頭を埋めた。
一晩頭を整理するつもりだったのに、意識がふらふらと定まらず、私は蹲ったまま眠りに落ちていた。