獅子亭は毎日盛況中
「わかった。それじゃ、奥でエルサにおやつのキューを上げてゆっくりしてて。――ほら、エルサ?」
「キューなのだわ!?」
皆が忙しく働いているのを、見なかった事にして時間を潰すのは気が引けるし、元々様子見をしたら手伝うつもりだったからね。
アルネと一緒にお店ではなく住居の方の入り口へと回りつつ、エルサを預けて中へと入った。
忙しい時、慣れないフィネさんは手伝うのが難しいだろうし、奥でエルサにおやつをあげながらゆっくり過ごしててもらおう――。
「マックスさん、こちらできあがりました!」
「助かる! おい、モニカ!」
「あ、私が行くわぁ」
「ごめんなさいアンリさん、代わりにお願いします!」
怒号、という程ではないけど、お客さんよりも獅子亭で働いている人達の声がひっきりなしで飛び交う中、俺は昨日と同じく厨房でマックスさんとルディさんの手伝い。
足りなくなった材料の皮むきを始め、簡単な盛り付けというか、料理された物を適当にお皿へ並べるだけの作業をしている。
鍋からお皿にスープを注いだり、細かい盛り付けが必要ないものくらいだけど。
話していた通り、アルネとエルサ、フィネさんは住居の方でゆっくりしていてもらい、手伝える人はずっと手伝いを続けている状況だ。
以前は厨房よりもホールで料理を運んだり使用済みのお皿を回収する事が多かったんだけど、ルギネさん達がいてくれるから、ホールでの人数過多にならないように厨房にいる。
従業員が増えたのと比例してお客さんも増えているんだけど、お店の大きさ自体は変わらないからね……それに、お客さん達も接客されるなら女性の方が良さそうだし。
ちなみに、お客さんに人気があるのはアンリさんとユノで、アンリさんは男性客に人気があり、ちょこまかと小さな体で頑張っているように見えるユノが、女性客やお年寄り、常連さんに人気だ。
厨房にいても、お客さんから呼び止められる声がよく聞こえて来るからだけど、全てを相手にすることはできないので、モニカさんやソフィーが対応していたり、怪しいお客さんはマリーさんが行ったりしている。
予想外だったのは、グリンデさんも結構人気がありそうだった事……完全に、以前突っかかられる事が多かったイメージのせいで意外に感じるだけだけど、人やテーブルの間を跳ぶように移動してテキパキと動いているためのようだ。
混雑している中でも、何かに引っかかったりせずスムーズに動いているのは、見ていて気持ちいいからだと思う。
そうして、昨日と同じようにしばらくの間獅子亭の手伝いに集中した――。
「ふぅ……ようやく落ち着いたか」
「そうですね……お疲れ様です」
「おう、リクもお疲れ。手伝ってくれて助かった」
夜も深まった頃、お客さんが全員帰って皆で夕食を食べ、ルディさんやカテリーネさんをアンリさん達が送って行った後、ようやくマックスさんが息を吐き出して一息つき、お互い労う。
お昼からずっと続けて営業しているのが毎日だから、疲労は俺が考えているよりずっと溜まっているかもしれないなぁ。
ちなみに、昼営業前に昼食を食べるから、お昼が早くて夜営業終了後に夕食をとなって、間に時間が空き過ぎているんだけど、そこは飲食店だけあって、合間合間に皆がそれぞれ何かを食べたりしてしのいでいるようだ。
というより、お客さんへの料理の他に、厨房に大皿に入った料理が隅に置かれていて、ルギネさん達やモニカさん達も運ぶ料理を取りに来た際に軽くつまんで……というのを繰り返している。
まぁ、それくらいしないと落ち着いて食べる時間はなさそうだし、お腹が減り過ぎて動きが鈍ったらいけないからね。
とはいえ、落ち着いてスープを飲んだりする時間はなく、一息吐けるのもお客さんがいなくなってからなんだけど。
「はぁ……母さんからの訓練よりマシだけど、久しぶりに一日ずっと手伝うと、疲れるわ。訓練していたおかげで、体力も付いて以前より楽になると思っていたのに……」
「以前とは違って、ずっと忙しいからな。交代で休憩くらいはするが、あまり長くは休憩できないしな」
「あら、モニカはこの中で一番慣れているはずなのに、もう疲れた様子ね。師匠に鍛えられているはずなのに……鍛え方が足りないのかしら?」
「か、母さん……だ、大丈夫だから。エアラハールさんにはしっかり鍛えてもらっているし、疲れているのは今まで以上にお店が忙しいからだから……」
モニカさんが、テーブルに突っ伏したまま疲れた様子でこぼしているのが聞こえる。
ソフィーも同意しているね……まぁ、以前以上の忙しさで食事も落ち着いてできないくらいの休憩に、昼と夜の間も休まず働きっぱなしになっているから、前とは勝手が違うから仕方ないと思う。
ただ、マリーさんがモニカさんから漏れた声を聞きつけて、もっと鍛えた方が……と考えている様子になり、モニカさんが慌てて弁解していた。
マリーさんの訓練って、技術的な事はまだしも体力的にはエアラハールさんの訓練よりも、厳しいからなぁ……ひたすら走り込みとかするし。
「あぁ、そうだ。マックスさん、元ギルドマスターと会ったんですけど」
「お、あいつか。そういえば農作業で体を鍛え直すとか言っていたな……リクは今日、その農場の方をみにいったんだったか」
「はい、それでその……」
とりあえず話をするだけしておこうと、マックスさんに元ギルドマスターの事を伝える。
ルギネさんはいるけど、ソフィーやモニカさんに獅子亭での動きに負けて、テーブルに突っ伏して落ち込んでいるので、後回し……直接話を持って行くのは、アンリさんが帰って来てからが良さそうだからね。
とりあえず、獅子亭としての人手の確保や、ルギネさん達が鍛錬をする余裕を持たせたりと言った話をマックスさんとしておこう。
……ルギネさん、ソフィーもそうだけどモニカさんは長い間獅子亭で働いていたし、余裕のある状況でマリーさんからみっちり指導されているから、まだ働き始めて短いルギネさんが負けても、落ち込まなくていいんですよー? なんて、心の中で声をかけておいた……通じてないだろうけど。
「っ!?……んー?」
「どうした、ルギネ?」
「いや、なんだか私を励ます気配を感じた気がしたんだけど……」
「……落ち込み過ぎて、変な声が聞こえ始めたか?」
「そ、そんなんじゃない!……はず……多分」
……もしかして、俺の心の声が聞こえたとか? 俺、知らないうちにテレパシー的な能力とか、魔力を知らず知らずに使って何かしていたとかだろうか。
いや、そんなわけないよな……ソフィーに同情する目で見られ、必死に否定するルギネさんを横目で見ながら、こちらも気のせいだと思う事にしてマックスさんとの話に集中した――。
――それから数日間、獅子亭を手伝いつつヤンさんと話したり、農園を見に行ったりして過ごした。
ヤンさんへ元ギルドマスターの事は伝えたし、農園の様子見も終わってとりあえずは問題がなさそうなのを確認したから、すぐにエルフの集落へ行っても良かったんだけど、どうしても忙しい獅子亭を放っておけなかったからね。
連日働き詰めの皆を見て、リクは心配で街を離れられないようです。
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