元ギルドマスター発見
遠くからでも雄叫びが聞こえそうな程、気合十分で鍬を振るっている筋骨隆々とした、上半身裸のおじさん……もとい元ギルドマスターに話しかけるって、結構な難易度な気がした気が重い。
さらに、頭にくっ付いているエルサは暑苦しい相手が苦手なので、抗議のためなのか俺の髪の毛を引っ張っているし……痛いし抜けるのが嫌だから止めて欲しいんだけど……。
「とりあえず、理由だけでも先に聞けるといいかな……」
話しかける前に何をしているのか聞くため、作業員さんの中から忙しそうではない人を探して、元ギルドマスターの事を聞いてみる。
それによると、本当は他にも仕事があって畑を耕す必要はない事をわかっているんだけど、あの人はさっさとそちらの仕事を終わらせて、体を鍛えると言って鍬を振るい続けているらしい。
うーん……マックスさんの影響おそるべし……というか、自分の仕事はさっさと終わらせているのか……それなら、今は必要ない事でも誰かが止めるのも難しそうだね。
情報を入手して、気が重いながらもエルサに髪を引っ張られつつ、元ギルドマスターの方へクラウスさん達を連れて向かった。
あ、いい事を思いついた。
要は体を動かせればいいんだろうし、それなら無駄に鍬を振るう以外にも方法がある……ちょっといろいろと目的を忘れかかっている人達もいた事だし、丁度いいかな。
マックスさんがなんて言うかはともかく、よく話すくらい親しい間柄なら、反対はしないだろうからね。
「えっと、すみませーん!」
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
元ギルドマスターに近付いて呼びかけようと思ったら、そういえば名前を知らないなぁと気付いたので、とりあえず当たり障りのない呼びかけになった。
俺の声は、気合を入れて鍬を振り下ろす際の声にかき消されて、元ギルドマスターは気付いていない様子だ。
ひたすらに鍬を振るうのに集中しているのもあるんだろう、もうこれだけで帰りたくなってきた……。
いやいや、思いついた事も提案しないといけないし、ここまで来たんだからね。
ちなみにエルサは暑苦しいのが苦手だからと、俺の頭にくっ付きながら器用に自分だけを包むように結界を張った。
モフモフの感触が、結界の固い感触になって寂しい……あと、ここ魔力溜まりの影響範囲に近いんだけど……まぁ、端の方だし魔法を使える位置だから大丈夫か。
植物が多いおかげで、魔力溜まりの渦巻く魔力が分散されていて、今回は濃い場所に行ってもエルサは大丈夫そうだし。
「はぁ……すぅ……すみませーん!!」
「ふんっ! ふ……お?」
「んんっ! すみません、元ギルドマスターですよね!」
「おぉ、そうだが……ギルドマスターと言われるのも少し懐かしくも感じるなぁ……って、リク様ではありませんか!!」
「……ようやく、反応してくれた……はぁ……」
「リク、気付いたのだからもう通常通りの声で話してもいいのではないか? まぁ、向こうは叫ぶような声を出しているが……」
「あ、そうだったね。向こうはまぁ、気合を入れて集中していた影響なんだと思うよ。少ししたら、落ち着くかな?」
手を伸ばせば届くくらいの距離まで近付いて、耳へ向けてようやく気付いてくれた元ギルドマスターさん……なんだろう、これだけで凄く疲れた気がするんだけど。
手を止めてくれたので、もう一度叫んで元ギルドマスターなのを確認する。
アルネは手で耳を塞ぎながら、声の音量を落としても大丈夫だと言われてしまった……まぁ、さすがにこちらには気付いたから、もう大丈夫だろう。
向こうもかなり大きな声で応えているけど、すぐに落ち着いてくれるだろうからね。
というか、以前会った時はこんなに大きな声を出す人じゃなかったんだけどなぁ……。
「これはこれは、リク様。どうしてこのような場所に? いえ、このヘルサル農園をもたらしたのは、リク様の功績なのですから、好きに訪れてもいいのですけど……おっと、先程は声を掛けられても、すぐに気付けなかったようで、申し訳ありません。それに、お見苦しい姿をお見せしてしまっています」
「いえいえ、まぁ集中していたんでしょうから……今回は、ちょっとヘルサルに寄ったのでここの様子を見てみようかと思ったんですよ。それに、結界を張ってそのまま放っておくのも無責任ですからね」
元ギルドマスターさんは、鍬を振るって滴る汗を首にかけたタオルで拭きながら、ぺこぺこと何度も頭を下げながら質問と謝罪を投げられる。
相変わらず、見た目と違って腰の低い人だなぁ……拭き切れていなかった汗が、頭を下げた拍子にこちらへ飛んでいる気がするけど、気にしない方がいいんだろう。
あと、以前会った時はここまで丁寧ではなかったようにも思うけど、ギルドマスターじゃなくなったからかもしれない。
あの時は、立場もあったし他のギルド職員や冒険者がいたりもしたからってのもあるかな。
「さすがリク様。人々をちゃんと見ていて下さる! 魔物を倒して英雄視される冒険者は、これまでにもいましたが、国が認めた英雄になれるのは、そのお考えがあってこそですな!」
「いや……あまり持ち上げないで下さい……」
「持ち上げるなんてそんな! 私はただ事実を申しただけです!」
前にあった時も、ヘルサル防衛戦の時の事を感謝をされたりはしたんだけど、ここまで露骨じゃなかった。
なんで今になって、そんなに持ち上げるようになっているのかわからないけど、とりあえず持ち上げすぎるのは控えめにして欲しい……後ろでクラウスさんが、それは自分の役目と言いたそうにしながらも、元ギルドマスターを睨んでいるから。
……なんでこう、俺は筋肉隆々としたおじさんに縁があるんだろうか? いや、別に女性にばかり持て囃されたいわけじゃないけど。
パーティが女性ばかりだから、それはそれでおかしなことになりかねないからね……もっとこう、エフライムのように普通に接してくれればいいんだけど、と思うのは叶わぬ願いなのか。
「とにかく、ヤンさんに言われて元ギルドマスターがどうしているか、様子を見に来ただけです」
「ふむ、ヤン……いや、今はギルドマスターと呼んだ方がいいですな。ギルドマスターはもしや私を連れ戻そうと考えていたりは……しないでしょうな。ヤンは優秀なので、そつなくこなしていそうです」
「まぁ、話した限りでは大丈夫そうでしたね」
「なら、ヤンには楽しく天職を手に入れたと伝えておいて下さい。あ、リク様のお手を煩わせないように、私が冒険者ギルドまで行きましょう」
「うーん、まぁ急に辞めたみたいなので、一度は冒険者ギルドに行って話した方がいいとは思いますけど、俺からも言っておきますよ。それにしても、天職ですか?」
ヤンさんからは俺が頼まれたからね、話す機会があれば言っておこう……それとは別に、元ギルドマスターは一度冒険者ギルドの人達と話す必要がありそうだけど。
それはともかく畑を耕すというのは、連続してやると重労働になるというのは容易に想像は付くけど、それが元ギルドマスターにとっての天職なのだろうか?
いやまぁ、本来の仕事をさっさと終わらせて、必要ないのに鍬を振るっているのだから、本人にとっては楽しい事なのかもしれないけどね――。
鍬を筋肉トレーニングに使う、暑苦しい元ギルドマスターさんのようです。
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