リクが勝てない相手
「そうじゃの……幸い、フィネ嬢ちゃんが受けてくれたから良かったものの、まだ力任せな部分は完全に抜けておらんの。あの場面での最適解というわけではないが、一旦振り向くより先に前に踏み出し、距離を離す事じゃの。フィネ嬢ちゃんはリクを飛び越えた動きの勢いで、話された距離を追うのは遅れるはずじゃ。とにかく、相手が視界にいない時に無理にどうにかしようとするのではなく、相手を視界に戻す事が先決じゃの」
「前に……距離を離すだけなら、横に飛んでも良さそうですね」
「うむ。とにかく、相手が見えない状態では何をしようとしているのかすらわからん事が多い。状況にもよるし、絶対にその行動が正しいと言えんのが戦闘なのじゃがの」
フィネさんは俺を飛び越えているのだから、体を捻って向きを変えていたとしても、その勢いはまだ背中側にあったという事かな……慣性がかかっている状態とも言えるか。
もしかすると、そのおかげもあって俺の振り払いが間に合ったのかもしれない。
あの時もし、俺が前に進んで振り向かなければ……というより、後ろを向きながらフィネさんと距離を離そうとしていれば、少しは余裕が生まれたという事を、エアラハールさんは言いたいんだろう。
フィネさんなら無理にでも追撃をしてきそうではあるけど、勢いを逆に向ける必要があるため、速度や威力は最初の一撃より低いのは間違いないか。
ともかく、エアラハールさんが言いたいのは、戦闘に絶対はないけど相手が見えない状態で闇雲に動くのではなく、対処できる幅が広がるように行動しろという事なんだろう。
見えないと、何をしようとしているのか、どこを狙っているのかとか、わからない事が多過ぎるから危険だからね。
「フィネ嬢ちゃんの方は、経験による動きが多くみられるの……」
ある程度、俺に先程の模擬戦での指摘をした後は、フィネさんの改善点へと移るエアラハールさん。
そちらの方も参考になるなぁ……と思い、しっかり聞いて模擬戦は終了した……と思っていたんだけど……。
「さて……これで終わるのも、リクばかり勝って面白くないじゃろう」
「……え? いや、ソフィーにはある意味負けましたけど……」
「あれは 特殊な例じゃ。ソフィーも、勝ったとは思っておらんじゃろ?」
「相手を驚かせる、という一点は成功しましたが……実戦でと考えるとあれは使えません。正直、あぁするしかなかった部分も多く……勝ったとは言えないでしょう」
「うむ、という事じゃ。まぁ、たまにはリクにもはっきり負けてもらわんとの。というわけで……ユノ嬢ちゃん!」
「はいなの! 楽しそうだからリクの相手をするの!」
「え、ちょっと……相手がユノって……」
それぞれと模擬戦が終わったので、後は別の訓練や体を鍛える方へ……と思っていたんだけど、最後の最後におまけというか、俺にとって本番が待っていた。
ソフィーは確かに、最終手段過ぎる飛び蹴りだったから、勝った気分になれないのはわからなくもないけど。
だからって、負けが確定している相手と戦う事はないんじゃないかな? なんて木剣を持って意気揚々と前に出てきたユノを見て呟くと、モニカさんから「リクさんを相手にするユノちゃん以外は皆、同じ気持ちだから……」なんて言われてしまった。
……避けられそうにないか、仕方ない、これも運命ってやつだろう……なんて恰好を付けてもやるのはただの模擬戦なんだけどね。
「初めじゃ!」
「行くのー!」
「ちょちょちょっ、まっ……! うぉっ!」
俺が仕方なく木剣を構えるかどうかくらいで、エアラハールさんが開始の合図をし、ユノが楽しそうに声を上げて飛びかかっていく。
その後、自分の体が魔力のおかげで丈夫な事を後悔する程、こっぴどくユノにやられてしまう。
丈夫じゃなかったら、もう少し早く終われていたと思うから……痛かったりは変わらないだろうけど。
こっちが何をしても避けられて木剣を打ち付けられ、防ごうとしても掻い潜って打ち付けられ……ユノが持っているのが木剣で良かったと、心底感じた。
というかユノ、途中でエアラハールさんの最善の一手を何度も使っていたよな? エアラハールさん、自分の技を軽々と使われたのを目の当たりにして、訓練場の隅っこでちょっと落ち込んでいたぞ?
木剣であれを使うもんだから、ユノの持っている物も、受けた俺の木剣も体も、ボロボロになってしまった――。
「うぁ~……疲れた……」
「お疲れ様です。お茶の方はいかがいたしましょうか?」
「あー……少ししたら起きるので、お願いします」
「畏まりました……」
訓練後、部屋に戻ってすぐにベッドへ倒れ込み、ヒルダさんに気遣われるのに感謝しながら、お茶が用意されるのを待つ間に目を閉じて休憩する。
……このまま疲れに任せて寝てしまいそうだけど、まだ就寝する時間じゃないから気を付けないと。
ユノに模擬戦でこっぴどくやられた後、モニカさん達がそれぞれの訓練を始めるのを横目に、何度も休憩してはユノと戦うというのを繰り返し、動くのも辛い状態だ。
幸いというかなんというか、木剣だったおかげで怪我らしい怪我は打ち身程度だったし、魔法ですぐに治せたからいいんだけど、代わりに何本もの木剣を犠牲になった。
まぁ、魔法で治すのを見たエアラハールさんが、「それならもっとできるの?」と言って、さらにユノをけしかけてきたからなんだけど……。
魔法のおかげで痛みはすぐになくなっても、疲労は消せない……当然息切れもして、立っているのも辛いくらいの状況まで追い込まれて、魔法がなかったら俺ってまだまだなんだなぁと思い知らされた。
相手が悪すぎたというのもあるんだろうけど。
ともあれ、やられ続けた訓練が終わって、王城の大浴場でよ汚れた体を洗ってようやく部屋に戻ってきたってわけだね。
訓練の後はいつも大浴場を使わせてもらっているんだけど、女性陣は特にお気に入りのようで、長風呂になりそうだったから俺とエルサだけ先に上がった。
大きいお風呂にゆっくり浸かるのは、気持ちいいからね……俺は疲れていたから、エルサを洗ってさっさと上がったんだけども。
ちなみにエアラハールさんは数日前、女性用の大浴場に入ろうと目論んでいたため、いつも強制で男性用に連れて行って汗を流させた後は、すぐに追い出されるという措置を取られていたりする。
脱衣場の手前まで入り込んでいたからね、言い訳とかができる状況じゃなかった……ユノによっていつも以上に殴り飛ばされていた。
大体、いつも汗を流し終えて追い出された後は、拗ねたフリをして城から出てお酒を飲みに行っているらしいから、反省してなさそうでもあるけど……。
「……はぁ、少しは回復したかな」
「あれだけやられて、すぐにそう言えるのは十分におかしいのだわ」
「んー、疲労の回復力とかも、通常より高くなっていたりするのかな? それはともかく、エルサ……そのリュックを気に入っているのはいいんだけど、背負ったままお風呂に入ろうとするのはどうかと思うぞ?」
「別に……気に入っていないのだわ……」
横になって少しだけ休めたおかげで、ある程度動けるようになったので、ヒルダさんのお茶を頂いたエルサにドライヤーもどきでモフモフの毛を乾かしてあげながら、注意をする。
部屋にいる時は、俺の荷物と一緒にリュックを置いてあるんだけど、部屋から出る時は必ず背中に身に着けるようにしているから、大浴場に入る時もそのまま入ろうとしていた。
さすがに、リュックと一緒にお風呂に入るのは駄目だろう……背中が洗いにくいし、リュックが濡れるし。
ワイバーンの素材を使っているから、通常のリュックより丈夫だし多少は濡れても大丈夫なんだろうけど、だからってお風呂に入るのにリュックを背負ったままっていうのはね――。
エルサは恥ずかしがって認めませんが、お風呂にも一緒に入ろうとするくらいがま口リュックを気に入っているようです。
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