寝坊するリク
「いつまで寝とるんじゃ! 早く起きんかい!!」
「っ!?」
「……うるさいのだわ」
「んにゃんにゃ……」
深い眠りから、怒号で目を覚ます。
怒鳴られて起きるなんて経験がほとんどないから、驚いて心臓がバクバクだ……。
「まったく……昨日は割と早く起きて来たかと思いきや、今日はこのざまじゃ。昨日の訓練がきつかったとは思えんが……何かしておったのかのう……」
「エアラハール様、リク様達は昨夜、少々遅くまで起きておりましたので……」
「リクさん達が遅くまで起きて、何かやっていたのかしら?」
「町に繰り出して遊び……というわけではないだろうな。ユノもいるし……」
「……あれ、皆?」
驚いた反動で体を起こし、心臓を落ち着かせているとベッドの傍で複数の声。
怒鳴り声があったから、エアラハールさんがいるのはなんとなくわかってたけど、他にも誰かがいるようだ。
ゆっくりそちらへ視線を向けると、エアラハールさんだけでなく、モニカさんとヒルダさんがいて、さらに後ろにはヒルダさんの姿も見えた。
ヒルダさんは昨夜遅くまで起きていてくれたのに、疲れた様子はない……侍女として表には出さないようにしているのかもしれないけど。
「あれ……? ではないわい! もう昼じゃぞ!? 一体いつまで寝ておるん……グフォ!」
「うるさいの! 朝から大きな声を出さないの!」
「……今のは綺麗に入ったわね」
「あぁ。しばらく動けそうにないな」
「……ユノはいつも、寝起きが悪かったりはしないんだけど……エアラハールさんにだけは当たりが強いよね。あとユノ、もう朝じゃないみたいだぞ?」
俺がぼんやりとした声を出したからか、エアラハールさんが再び怒鳴る。
確かに、日の入っている部屋は明るく、依頼のための準備をしているはずのモニカさんやソフィーがいることからも、時間は昼に近いんだろう。
だけど、それを認識できたくらいに、エアラハールさんの怒鳴り声を遮って、ユノがベッドから飛び上がってお腹に向かってドロップキック。
いつものように、衝撃を和らげるために体を逃すような事もできず、鈍い音と共に部屋の壁まで飛ばされて動かなくなった。
多分、大丈夫だとは思うんだけど……ユノはやたらとエアラハールさんに当たりが強い気がする。
もしかすると、初対面の時に色々と小さいと言われた事をまだ、根に持っているのかもしれないね。
モニカさんとソフィーは、飛ばされたエアラハールさんの方を見て、ドロップキックの感想を言い合っていた。
二人の傍には、パンパンになった鞄が置いてあるから、ちゃんと必要な物を買いそろえて準備してくれたようだ。
エアラハールさんはともかく、早くから動いてくれた二人を余所に、悠長に寝ていたと考えると、申し訳ない。
ちなみにエルサは、ユノにエアラハールさんが蹴り飛ばされたのを確認して、再びベッドで寝始めた。
うん、お前はそれくらい気楽でいいと思うよ……できるなら、機嫌が悪そうなユノと一緒に寝ていて欲しかったけど。
「とんでもない嬢ちゃんじゃ……死ぬかと思ったわい」
「その割には、平気そうに動いていますが……」
ちょっとした騒動の後、ササッと朝……ではないけど支度を済ませる。
その間に、ユノはエルサに抱き着くようにしてふて寝し、エアラハールさんは何食わぬ顔でソファーに座ってお茶を啜っていた。
……あれだけの一撃を、身構える事もなく受けたのに、痛がる素振りすらなく平気とは……これが元Aランクの実力かぁ。
多分、ほとんど関係ないような気もするけど。
とりあえず、昼食の用意をしてくれると言うヒルダさんに、お礼を言いつつ見送り、俺もソファーへ座る。
すでにヒルダさんによるお茶は用意されていた……さすがだね。
ふて寝しているユノと、まだ暢気に鼻提灯でも膨らませそうなくらい気持ち良さそうに寝ているエルサは、食べ物の用意が終わったら起きてくるだろう。
「それでリクさん。昨夜は何かしていたの? リクさんが寝坊なんて、珍しいわよね? 獅子亭にいた頃は一度もなかったと思うけど」
「まぁ……寝るのが遅かったからね。ちょっと、エルサの気晴らしに付き合ってたんだよ」
「エルサちゃんの?」
「……ドラゴンの気晴らし、と考えると……壮絶な事を考えてしまうのだが」
「そんなに大したことじゃないよ。ただ、全力で飛ぶエルサに乗ってただけだから」
「「全力で……」」
「ドラゴン殿が飛べるのはわかるが、それが気晴らしになるのかの?」
ソファーに座った俺に、早速とばかりにモニカさんから質問される。
簡単にモニカさんやソフィー、エアラハールさんに何をしていたかの説明。
気晴らしと聞いて、ソフィーは別の事を想像していたみたいだね。
まぁ確かに、ドラゴンの気晴らし……というイメージだけで考えると、戦闘をしたりとか、破壊活動に近い事を想像してしまうのかもしれないけども。
多分、この世界でエルサと出会ってなかったら、俺も近い想像はしていただろうし。
「エルサは、空を飛ぶのが好きみたいですからね。それに、いつもは全力で飛んでないみたいなので。何も気にせず、力を出し切るというのは気持ちいいようですね」
「ふむ、なんとなくわからんでもないの。ワシも、時折全力でおなごの尻を触りたいと思うものじゃ。それと同じという事かの」
「……いや、それはちょっと……」
エルサが空を飛ぶ事と、エアラハールさんが痴漢を働く事を、一緒にしないで欲しい。
空を飛ぶ事が崇高だとは言わないけど、さすがに比べるのもおかしい事だしね。
「そういう事なら、私も参加したかったけど……エルサちゃんの事だから、結構無茶したんじゃないの?」
「無茶って程ではなかったかなぁ……? 思ったより乗り心地は悪くなかったよ。いつもの移動する速度の方が、ゆったりしていてのんびりできるのは間違いないけどね。多分、もう少し結界の使い方を改善したら、俺やユノ以外も乗れるんじゃないかな?」
「それは、一度乗ってみたいな。空を飛ぶ事だけでも特別なのだが、ドラゴンの全力というのを見てみたいしな」
「そうね。けど、乗り心地以外にも何かありそうな気もするけどね……」
「んー、まぁそうだね。エルサに乗って結界に守られているから、危険な事はほぼないんだけど……ちょっと高すぎるかなぁ……」
モニカさんやソフィーも、エルサに乗るのに慣れているから、全力でというのも試してみたいとは考えているようだね。
結界の使い方を少し変えたり、方向転換の時に揺れる事、あとは……下降する時の浮遊感や全力で前進している時に、少しだけ感じる圧力のようなものに耐えられれば、なんとかなると思う。
どれも、慣れればいいだけだしね。
万が一落ちても、結界を張っていればそれに乗っかるだけだし……いや、それはそれで危険でもあるんだけどね……エルサの体が大きいから、数メートルの高さから落ちるようなものかな。
あとは、モニカさんがなんとなく考えているように、別の問題があって……早い話が高すぎる事だね。
俺は飛行機に乗ったり、空からの空撮されている写真を見たりといった経験を日本にいる時にしていた。
ジェットコースターにも乗った事があるし、高い建物の展望台に行った事だってある。
けど、この世界の人達はそういった事に慣れ親しんだりはできないから……高所恐怖症になってしまってもおかしくない。
好奇心でエルサに乗って、高所恐怖症で乗れなくなる……なんて事も考えられるから、あまりお勧めはできない。
地上との距離が数十メートルくらいに保たれている、いつものエルサがやる飛行移動よりも、数倍……いや十倍以上高いように感じたからね。
高所恐怖症にならないよう、まずはあまり高くないところを飛んで慣れましょう。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。






