ヘルサルを散歩
「昨日、リクが言っていただろう? パーティなのに魔物の討伐をリクに任せて、何もしなかったって。その罰みたいなもんさ。……まぁ、ソフィーの方は喜んでそうだったけどね」
「成る程……それでモニカさん達が走ってるんですね」
「そうだよ。手が空いたら、また厳しく訓練をさせるつもりだよ。フィリーナっていうエルフは、私が離れてる時の監視役だね」
マリーさんは、俺に任せるだけで魔物討伐に協力しなかったモニカさん達を、説教するだけでなく、鍛え直す気のようだ。
昨日の説教の流れで、そう決まったんだろうとも思う。
ソフィーは、訓練とかが好きだから確かに喜んでそうだし、動いてお腹を空かせたら、料理がさらに美味しくなるとでも考えていそうだけど。
フィリーナは戦闘に参加しなかったけど、パーティどころか冒険者ではない事、土の状態を調べる役目だったから、マリーさんの訓練からは逃れる事ができたらしい。
まぁ、あまり体力のなさそうなフィリーナが、マリーさんの訓練を受けたら大変な事になりそうだから、良かったけど。
「あれ? でもユノは? ユノも同じように戦闘に参加しなかったんですけど……?」
「っ!」
俺が疑問に思い、黙々と掃除を手伝ってるユノに視線を向けながら、マリーさんに聞いてみる。
話が自分に及んだとわかって、一瞬だけユノが体をビクッとさせたような気がするが……もしかすると、訓練を課せられないよう注意してるのかもしれない。
「あぁ、ユノはしょうがないよ。小さい子だし……そもそもまだ冒険者になってないからね。これから先、冒険者になる事があるようなら、その時にでも心構えを叩き込もうかね。……そもそも、ユノに訓練で教えられる事なんて、私にはないからねぇ」
「あはは、そうなんですね」
「ユノちゃん、見た目からは想像できないくらい強いんでしょ? 元冒険者のマリーさんが、訓練できないくらいなんて……獅子亭の看板娘にもなれるのに、すごいわ!」
「えへへ、なのー」
ユノもフィリーナと同じく、冒険者というわけではないという事で、お目こぼしされたようだね。
それに、マリーさんの言う通り、ユノに訓練ってこの場にいる誰よりも戦いに関しての技術があるのに、何を訓練する事があるのか……という事でもあるらしい。
マリーさんの言葉を聞いて、ユノがホッと息を漏らしたのを、俺は逃さなかったけどな。
俺とマリーさんの話を聞いていて、カテリーネさんが掃除の手を止め、ユノに近付き頭を撫でながら、褒めるように言う。
カテリーネさんに褒められて、嬉しそうな、照れてるような仕草で笑うユノは、確かに看板娘になれるくらい可愛かった……いや、マスコットかも?
マスコットの座を賭けて、エルサと勝負し始めるようなイメージが頭に浮かんだけど、すぐに打ち消して掃除を手伝う事に集中した。
ユノ対エルサって、エルサがひっくり返って負けを認める未来しか見えないしね……。
「街をゆっくり歩くのも、久しぶりだなぁ……」
獅子亭の掃除の手伝いが終わり、汗だくになってほうほうのていで戻って来たモニカさんやソフィーを加え、皆で朝食を頂いた後の事。
マリーさんは店の営業が始まるまでや、合間を見てモニカさんとソフィーの訓練。
フィリーナはガラスを使う事の準備を始め、俺とユノとエルサが何もする事がなくなった。
お世話になってるマックスさん達に、少しでも恩を返そうと思って、獅子亭を手伝おうとしてたら、王都で城下町に出られない状況になっている事を知ったマックスさんが、ゆっくり街を見て回ったり、休んでたらどうかと提案してくれた。
確かに、俺はパレード以降街を歩いていない。
オシグ村では自由に過ごさせてもらってたけど、あの時は他に色々あったし、クレメン子爵のいる街でも、騎士団との訓練とかでゆっくりする事はほとんどなかった。
良い機会だと、マックスさんの提案に乗り、久しぶりのヘルサルの街を見て回る事にした。
まぁ、冒険者ギルドと獅子亭の往復やらで、街中を歩いてはいたんだけど、ゆっくり見て回る何てことはしてなかったしね。
それに、マックスさんとしては、昨日モニカさん達の協力なしで魔物の討伐をした事で、少しくらいは休んだらどうか、という考えらしい。
「しっかり働いたんだから、今日くらいはしっかり休め。冒険者は、休んで有事に備える事も重要だ」
とはマックスさんの言葉。
俺はいつものんびりしていて、ずっと働き詰めの感覚はないし、特に疲れたという事もないんだけど……マックスさんからするとそう見えたらしい。
モニカさんとソフィーは、昨日魔物討伐で働かなかったので、マリーさんの訓練を受けるのは決定らしいけどね。
というわけで、何もやる事のない俺とユノ、あとはくっ付いて離れないエルサを連れて、ヘルサルの街へ繰り出した、というわけだね。
「お、リクさんじゃないか! いつ戻ってたんだい?」
「お久しぶりです。ちょっとした用事があって、少しだけ。またすぐ王都に行く事になりますけど……」
「そうかい……リクさんにゃ、いつまででもこの街にいて欲しいが、冒険者だし、仕方ないか!」
ヘルサルの大通りを久しぶりに歩いていると、通りに面している八百屋さんから声をかけられる。
センテからも仕入れていて、獅子亭もお世話になってる店だね。
ヘルサルにいる時から、顔なじみだった店主のおっちゃんに声をかけられて、足を止めていくつか話す。
王都の城下町と違って、こうして声をかけては来てくれるけど、人が集まって歩けなくなったり、色々質問攻めにして来るような様子はないので、ありがたい。
防衛戦をしたのは大分前の事だし、その前から顔見知りだった事も、大きいのかもしれないね。
「お、そうだ。久しぶりに良い野菜が入ったんだ! 食って行ってくれよ!」
「え、でも売り物でしょう?」
「いいんだいいんだ。珍しい物ではあるが、あまりなじみのない物でな? 仕入れたはいいが、この街じゃあんまり売れないんだよ」
「そうなんですか……だったら、少しだけ……」
「何か食べられるの?」
八百屋のおっちゃんが、でっぷりと出たお腹を揺らしながら、珍しい野菜を食べさせてくれると言う。
ヘルサルを歩いてると、時折こういうことがあるけど、皆、防衛戦で頑張ったお礼のつもりらしい。
お金を払おうとすると遠慮されるし……ちょっと悪い気もするんだけど、こういう雰囲気は好きだ。
下町情緒……とでも言うのだろうか……まぁ、本当の日本の下町を俺は知らないけど。
八百屋のおっちゃんが、食べ物を用意してくれる様子なのを見て、ユノが首を傾げる。
ついさっき朝食を食べたばかりなのに、まだ食欲があるのか……これからは、食欲魔人ユノとでも名乗るといいかもしれない。
「お? リクさんかい? そっちで食べるなら、こっちも何か持ってくよ!」
「おぉ、リクさん! 帰ってたのか! 良い物が入ったんだ、ついでに持ってくから、待っててくれ!」
いくらでも食べられそうな雰囲気を出すユノを見ながら、適当な事を考えていると、八百屋のおっちゃんの様子を見た他の店のおっちゃん達が、寄ってたかって声をかけて来た。
皆、俺達の事に気付いたらしい。
気軽に声をかけて来てくれるのは嬉しいし、城下町と違って、動けなくなるような事はないんだけど……さっき朝食を頂いたばかりで、俺はお腹いっぱいなんだけどなぁ……?
お腹いっぱいでも、食べ物を勧められるのは、ある意味辛い事です。
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