筋肉の語らい
「獣王国の協力まで取り付けるとは、さすがリク殿だ。獣人の気質から、リク殿であればほとんど無条件で協力を取り付けられる、とは思っていたが」
「それはさすがに買いかぶりすぎですよ。まぁ、運が良かったんです」
マギシュヴァンピーレとか、ネメアレーヴェさんとかね……魔物が襲っていて、それをタイミング良く助けられたというのも、あんまりいいイメージの言葉じゃないけど、恩を売る事ができたからそれも大きいかな。
……ハルさん達の反応を思い返すに、そういった事がなくとも協力してくれた可能性はあるけど。
駆け付けるのがもう少し遅ければ、マギシュヴァンピーレによる被害で戦争への協力どころじゃなかったかもしれないし、やっぱり運が良かったってところだろう。
「貴族軍は、指揮をするために貴族の当主が参加し率いているのと、領地から離れられず、信頼できる者に任せているのもいる」
「貴族って、直接指揮をするものなんですか?」
話は変わって、貴族軍の事。
俺の中では、貴族様と言えば後方……それこそ、戦いの余波が届かない安全な場所にいるようなイメージだけど。
シュットラウルさんのように、自ら魔物に突撃したがる人もいるので、最近はそのイメージが崩れかかってはいる。
「人による、というところだろうな。指揮をするのに向いている貴族もいれば、向いていない貴族もいる。ただ、基本的には領主であり、民を治める立場である者として、戦場では最前線と言わずとも参加するのが望ましいとされているな。義務、とまでは言わんが……国難に際して動かぬ貴族は、民からの信頼を失うだろう」
「あー、そういう感じなんですね」
「軍全体の士気にも関わるからな。命令系統がはっきりしているのも利点ではある。そのため、貴族軍の方は当主もしくはそれに連なる者が率いていない場合は、別の貴族軍に組み込まれてもいるぞ」
指揮系統を混乱させないため、信頼できる人に任せている貴族軍は別の貴族の指揮下に入ると。
だから、空から見た時貴族軍がの旗は、色んな種類が入り乱れていたんだろう。
トップに貴族を置いて、その下にその貴族の軍、別の貴族の軍を混ぜて部隊ごとに自貴族の旗を掲げるとかそんな感じかな。
「しかしな……一部を除いて、貴族軍の兵士は少々頼りないという感想だな」
「そうなんですか? 数は……空から見ていたら、貴族軍の方が多そうでしたけど」
数は力だからね。
エルサから飛び降りる前に見た感じだと、貴族軍は国軍の倍近くいるように見えた。
それをもって、頼りないというのはどういう事なんだろう?
「これまで、大量の魔物を前にした事があるかどうか、で分かれると言った方がわかりやすいか。王都は国軍、他にはセンテやルジナウムなどだな」
全部、俺が関わっているのはともかくとして
「今は演習の切り上げにかかっているところだが、それまでに何度かお互いがぶつかった結果……この通りだ」
そう言って、周囲にいる兵士さん達を示すヴェンツェルさん。
総指揮官だろうヴェンツェルさんの周囲を固めるのは、当然精強な兵士さん達のようで、さらにワイバーンの鎧を身に着けている。
他にもちらほらワイバーンの鎧を身に着けている兵士さんが多く、行き渡り始めているんだなと感心するけど……それだけではなく、鎧が多少汚れている兵士さんはいるものの、破壊されたり、怪我をしている人すらほぼいないようだっだ。
「被害ゼロとは言わんが、ほぼ損耗がない我が国軍に対し、貴族軍のほとんどはもう今日の所は動けないのではないか? と思う者ばかりだ。今、向こうの損耗の確認をさせているところだが、芳しくないだろうな」
「ワイバーンの鎧のおかげっていうのもあるんじゃないですか?」
貴族軍でワイバーンの鎧の特徴である、青い鎧を着ている兵士さんは、空から見下ろしていた限りではいないように見えた。
もしかすると、ほんの少しくらいはいるかもしれないけど……。
「それももちろんあるだろうな。だがやはり、練度が足りていない。ハーロルトは、それでも帝国兵の練度と比べればかなり優れているとは言っていたがな。こちらの損耗の多くは、シュットラウル殿が率いる軍によるものだ」
「シュットラウルさんが……」
というか、シュットラウルさんも来ているのかな? 侯爵軍はいるって事なんだろうけど……いるなら、センテの方は落ち着いたのか後で聞いておきたい。
「魔導鎧、だったか。攻撃面も防御面も、ワイバーンの鎧より優れていたな。数が多くないのが惜しいが」
「魔導鎧も持ってきているんですか……」
魔導鎧は、シュットラウルさんが侯爵軍で開発させた物。
大きめの全身鎧で、魔力を使うけどヒュドラ―の猛攻すら防いでいた物だね……まぁ、後方からの援護やマックスさん達の活躍あってこそではあるけども。
外骨格型のパワードスーツとか、乗り込む形の強化アーマーと言った方がわかりやすいかもしれない。
動きは電動ではなく魔力であり、クォンツァイタに蓄積した魔力を使う事で、誰でも扱えるようになっていたはずだ。
とはいえ、サイズの問題があって合わないと十全に力を発揮できないとかだったと思う。
センテを離れる前にフィリーナが、魔導鎧用のクォンツァイタをある程度用意していたみたいだから、それを使っているのかもね。
それからヴェンツェルさんによると、部分的に青いワイバーンのうろこが使われているらしく、演習ではあるけど魔導鎧への損耗を与える事は出来なかったと、そこは悔しそうに言っていた。
ワイバーンの素材、結構取れていたのを渡していたからそれを使ってさらに強化したんだろうなぁ、味方である事を考えると、かなり心強い。
それからしばらく、演習の話をヴェンツェルさんから聞く。
ただ軍同士が何も考えずぶつかるだけでなく、お互いに陣形を変えつつ、色々と試したらしい。
侯爵軍を始めとした貴族軍の一部以外は、国軍側の方が総じて士気が高かったとも。
理由は戦闘経験によるものとかではなく、俺に対する事が関係しているとか。
貴族本人はバルテルの凶行の際、王城にいた人が多いので俺を知っているけど、貴族軍の兵士さんのほとんどは噂でしか知らない。
その俺が英雄と言われていたり、国軍の兵士さんや一部の貴族軍兵士さんが称賛しているのに対し、侮るような言動が見られたとかなんとか……。
だからそれに対して国軍の兵士さん達の士気が高かったとヴェンツェルさんは笑っていたけど、俺をダシにしないで欲しい。
というか、それくらいの事で士気に影響しないで欲しいなぁ……。
ちなみに、そんな風に士気が高かった国軍に対して、俺を侮っていた貴族軍の兵士さん達も最初は士気が高かったらしいけど、一部の過激派がそんな貴族軍の兵士さん達を打ち倒し、俺のあれこれを延々と説いて士気を砕いたとか。
過激派ってなんだろう……怖い。
「それじゃ、そろそろ俺は王城に戻ります。ね……陛下に報告をしないといけませんし」
このままここで話していても、兵士さん達を待たせているし、ヴェンツェルさんの邪魔になるだろうからね。
こうして話を聞いている間にも、各所から確認などの報告が届いているし。
それに、獣王国との協力という以外にも、話しておかないといけない事があるし……。
「そうか。では、行こうか」
「……え?」
ポン、と俺の肩に手を乗せ、一緒に歩き出そうとするヴェンツェルさん。
国軍の一番偉い人だから、多分演習でも総指揮官とかで、ここにいなきゃいけなんじゃないかな?
「む?」
首を傾げて見上げる俺に、同じく首を傾げるヴェンツェルさん。
何かおかしい事でもあったか? とでも言いそうだ。
「いえ、ヴェンツェルさんはここにいないといけないんじゃないですか?」
「そういうわけでもない。報告などは私に届いているが、実際には二番目に届いているのだ。統括者ではあるが、指揮官ではない。私以外に指揮官は任せてある」
なんでも、いつでもどこでも、国軍と言えばヴェンツェルさんが総指揮官をやれるわけでもないし、大隊長さんとかの手腕を見るため、ヴェンツェルさんは一歩引いた立場だったらしい。
戦争ともなれば、必ずしも一か所で戦闘が起こるわけではないし、部隊を分ける事もある。
それらを想定して、別の人に指揮を任せているとか。
「でも、報告が絶えず届いているようですけど……」
そう言って、走って来る伝令さんに視線を投げかける。
何故かその伝令さんは俺の視線を受けて、体をビクッとさせて走る速度が緩まったけど……咎めたりとかじゃないから、俺の視線は気にせず報告して欲しい。
「演習自体も、引き上げようとしているところだったからな。報告も今聞かないといけない事ももうないし、後でも構わんさ。――というわけで、私はリク殿と共に王城へ戻る。手筈どり、貴族軍にも伝達し王都へ帰還しろ」
「はっ!」
今来た伝令さんに、ヴェンツェルさんから別の命令を伝えて再び走らせた。
鎧を着込んでいるのに、休憩もなくまた走らさられるのは大変だなぁ、と思っていたら遠くで馬に乗って駆けて行ったのが見えた。
そりゃそうか……数千、もしかしたら万はいる兵士さんが広がっているのに、そんな中をずっと走るだけで移動なんて難しいよね。
国軍、貴族軍を合わせると数キロ、距離を離して向かい合っているから、端から端までだと十キロを超えるかもしれないし。
「というわけで、ヴェンツェルさんも連れてきたよ。一緒に帰るみたい」
「ヴェンツェル様も? けど、いいの?」
エルサが兵士さん達から離れて着陸し、欠伸をしている場所に戻ると、皆も休憩していたようでエルサの背中から降り、追々に談笑したり、軍の様子を観察したりしていた。
ヴェンツェルさんと、早く王都に戻りたいと言うよりエルサに乗りたいだけなのでは? という話をしながら戻ると、先程の俺と同じような反応がそれぞれから帰って来た。
ヴァルドさん達兵士さんは、敬礼していたけど。
ともあれ、ヴェンツェルさんが軍から離れてもいいという話を皆にもしておく。
「むっ!?」
「むむっ!!」
そんな中、何やら急に眉根を寄せるヴェンツェルさん。
その視線の先には、同じく眉根を寄せたフラッドさんが……。
「むぅん!」
「ぬ、むぅ!」
その場で鎧などを脱いだ二人が突然駆け寄り、お互いの体をぶつけあう。
えーっと……?
「ぬぅ! むむぅん!!」
「む……ぬむぅ!!」
「むぅん」だの「ぬぅ」だのおおよそ言語と言えない声を発しつつ、全身でぶつかり、離れたと思ったら腕をぶつけ、脚をぶつけ……とにかく暑苦しい何かがぶつかり合っていた。
ほとばしる汗が、俺だけでなく他の人達を寄せ付けない。
いや、別に汗自体が汚いとかそういう事は思っていないけど、暑苦しい何かに巻き込まれたくない、という思いが二人以外の全員に共通した思いだった。
「くっ……まだまだ未熟、でした」
「ふっ、精進せねばな。筋肉の道は簡単なものではないぞ!」
「はい!」
……何がどうしたのか、フラッドさんが地面に膝を付き、ぶつかり合いは終わったようだ。
以前、マックスさんとヴェンツェルさんがあった時にも似たような事があったけど……筋肉での語り合いとかだろうか?
どうしてこう、俺の知り合いの一部は筋肉に対する執着心が強い人が多いんだろうか?
フラッドさんの率いる『むくつけき男たちの宴』パーティはその最たるものだし、その人たちに影響したのか、クラン所属の冒険者さん達の一部男性が興味を持ち始めているとも聞いた。
筋肉は裏切らない……というのが共通認識で合言葉のようになっているとも聞いたけど、全員ブハギムノングの鉱山に行った方がいいんじゃないか? と思う事がある。
あちらは男女共に、筋肉編重の人が多かったから。
鉱山送り、というと何かの刑みたいだから、強制はできないし確かに筋肉、というか鍛えている人はれっきとした戦力だから、頼りになるのは間違いないけど。
……時折、今のヴェンツェルさんとフラッドさんのような事になるから、ちょっとだけ引いてしまうから――。
――筋肉のぶつかり合いののち、気を取り直してエルサに乗って再出発。
すぐに王都、王城に到着していつも離着陸に使っている中庭へと降り立った。
途中、王城付近で迎えなのかワイバーン数体に歓迎されたけど、竜騎隊の兵士さん達とも仲良くやれていて、運用に堪える事を示してもくれたりもした。
「はぁ、ようやく戻ってこれた……」
「なんだか、ものすごい疲れた気がするわね……はぁ」
モニカさんと共に溜め息を吐く。
その原因は、直前にあった筋肉のぶつかり合いだが、ほとばしる汗と筋肉が悪かったのか、暑苦しいのを嫌うエルサがヴェンツェルさんとフラッドさんが背中に乗るのを拒否するなんて事件もあった。
エルサを宥め、ブツブツと「筋肉をもっと効率よく鍛えるためには……」と呟いて筋肉世界……じゃない、自分の世界に入り込んでいるフラッドさんをなんとか乗せるのに少し苦労したせいで精神的な疲れが、重くのしかかった気がしたからだ。
筋肉に影響されたり、引きずられたりしないよう気を付けなければ。
「お帰りなさいませ、リク様。他の方々も。ご無事な様子で何よりでございます」
「お帰りー、りっくん!」
「ただいま、ヒルダさん。それと陛下」
兵士としてのあれこれがあるヴァルドさん達、クランの方へ行って帰還の報告をお願いしたフラッドさん達と別れ、王城内の部屋に入れば、ヒルダさんと姉さんに迎えられた。
二人共、俺達が戻って来たと知ってこの部屋で待っていてくれたみたいだ。
ただ、ダラ~ッとソファーに寝そべってフランクに声をかけて来る姉さんには、外で話すときと同じように返した。
だって、ヴェンツェルさんもまだ一緒だし……ヴェンツェルさんは色々と知っているけど、一応ちゃんとしておかないとね。
「はっ!……ん、んん! リク、よく戻った」
「陛下、色々手遅れです。陛下がそれでいいのならいいのですが」
俺の後ろから、ぬっと大柄な体を見せて部屋に入るヴェンツェルさんに気付き、姉さんが居住まいを正す。
ヒルダさんの突っ込みも、どこ吹く風だ……強引に押し通すつもりらしい。
「陛下、リク殿と共にただいま帰還致しました」
「う、うむ」
ヴェンツェルさんは、姉さんがどこにいるかを王城の人に聞いて、俺の部屋だとの事だったので、報告のために一緒に来ている。
早速とばかりに、ソファー近くで大柄な体を縮こまらせて膝まづくヴェンツェルさん。
姉さんの方はまだ少しリラックスしすぎていた余韻が残っているようだけど、なんとか表面は取り繕えるようになったかな。
「えーっと、まずは俺からの報告ですけど、獣王国では――」
荷物などを置いて、姉さんと向かい合うようにソファーへと座り、報告を切り出す。
モニカさん、ユノやロジーナ、レッタさん、アマリーラさんやリネルトさんも同じように荷物などを置いて合流している。
その間に、ヴェンツェルさんのも含めて全員分のお茶を用意してくれていたヒルダさんは、さすがだね――。
お城に戻ってすぐ報告会が開かれそうです。
別作品も連載投稿しております。
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