王国での演習
ヴァルドさんから提案された冒険者さん達との合同訓練、軍ととなると訓練というよりは演習のようなものになりそうだけど、悪い案じゃないと思った。
帝国は魔物を使ってくるのはわかっているけど、それだけじゃなく冒険者や兵士なども当然いるだろう。
大量で多種多様な魔物を用意して訓練をするのは難しくても、冒険者が対兵士、兵士が対冒険者などの想定で大きな規模の演習くらいはできる。
戦争まで日数の猶予は少ないと思うから、準備も含めて一度でもできれば違うはずだ。
「……帝国との戦争では、俺は圧倒する事。それが犠牲者を減らす一番の手だと考えています。そのために、兵士さんや冒険者さんの力の底上げというのは悪くない、むしろ良い事だと思いますね」
「では……!」
「はい、こちらからお願いしたいくらいです。――フラッドさん、いいですか?」
「実戦ではないとはいえ、訓練とあれば断る理由はありません。この筋肉もそう言っていますし、さらに筋肉を鍛え上げられるでしょう!」
「筋肉って喋るんですかね……? いやまぁそれはいいとして」
ボディビルダーのようなポーズを決めているフラッドさん。
ナイスバルク! とでも言えばいいのだろうか? 通じるかわからないけど。
「そういえば、合同訓練……じゃない、演習と言えばセンテでもやっていたし、話によればかなり役に立ったと聞いたっけ。ふむ……」
「おぉ、そういえば。センテではそのような事をやっておりましたな。数百の侯爵軍を相手に、リク様がお一人で圧倒したとか」
「いや、ユノもいましたけど……」
それに、二度目は俺は参加せず、エルサやモニカさん達、それにアマリーラさんとリネルトさんだったしね。
「センテでの戦いの際、魔物を見慣れている冒険者でも筋肉が及び腰だった者が多かったのですが、大量の魔物に街が囲まれていても侯爵軍の士気は高かったのです。話を聞けば、リク様と相対する地獄より、確実に倒す事のできるおびただしい数の魔物を相手にした方が、気が楽だと言っておりました」
「そ、そうなんですか……」
筋肉が及び腰ってなんだろう? なんとなくニュアンスはわかるけど。
とまれ、俺達との演習で気持ち的な部分に大きな余裕というか、まぁそんな感じのものができたというのは聞いたけど、俺との演習は地獄だったのか……ふむ。
「じゃあ、経験した事ない人達に、それを経験させれば戦争でも同じように心が強くなるのかもしれませんね?」
「おぉ、それは良いですな! 冒険者達の筋肉にも良い刺激になります!」
「……もしかして私は、提案してはいけない事を提案してしまったのでは……?」
筋肉への刺激はともかく、俺とフラッドさんの話を聞いていて戦慄しているヴァルドさん。
センテでのあれこれ、演習などの事も聞いていたのかもしれない。
フラッドさんは地獄と言っていたけど……あの時はまだ戦争とかは考えておらず、ただシュットラウルさんに頼まれたからというのが大きかった。
結果的に魔物達との戦いの役に立っただけだ。
けど、今回は戦争に向けてという明確な目的があるからね。
帝国を圧倒するために、兵士さん達には……もちろん冒険者さん達もだけど、強くなってくれるならそれに越した事はないはずだ。
俺自身のためにもなると思うし、ユノ達が言っていた結界を使った訓練もあるから、参加できるかどうかはまだわからない。
けど、話が聞こえているのか、こちらを興味深そうに見ているユノなら、面白そうと言って前のめりに参加しそうだしね。
「軍の兵士さんだけでなく、冒険者さん達にも……クラン所属の人達なら、色々できるかな? ふふふふふ……」
「ろくでもない事を考えているのだわー」
あれこれと頭の中で考えている俺の耳に、呆れたようなエルサの声が聞こえたけど、スルーした。
ろくでもないなんて……皆のためだからね、そんな事はないはずだ。
「っ!? な、何やら背中に冷たい物が走るような……もしや、早まった提案をしてしまった……?」
「わ、私も、筋肉が震えて……これは、武者震い!?」
いえフラッドさん、それはただの悪寒だと思います――。
――合同訓練、もとい兵士さん冒険者さんの強化演習についてあれこれ考えているうちに、獣王国国境の関所に到着。
二度目なので、巨大なエルサが関所に近付いても大して混乱は起こらず、入国の際にも対応してくれた獣人兵士さん達に迎えられる。
マニグレットさんから預かった羊皮紙を渡し、ハルさんからの通達を報せる。
その際、これまでも丁寧だった獣人兵士さん達の対応がさらに丁寧になり、キラキラとした目で見られたり、英雄様という声があちこちで湧き上がった。
羊皮紙に書かれた内容は見ていないけど……マニグレットさん、一体何を書いたんですか?
そんなこんながあった後、手厚いの一言で済ませていいのかわからない程、熱烈な獣人さん達の歓迎を受けながら関所を通過し、アテトリア王国へ向けて再度出発。
俺達が出る頃には、避難してきていた獣人さん達も元の場所に戻るための準備を始めていたようなので、避難民が戻っていくのも間もなくだろう。
早く、元の生活に戻って安心して欲しい。
アテトリア王国側の関所では、こちらも簡単に報告を済ませ、国境を越えて避難してきた獣人さん達も喜んで獣王国へと戻る準備を始めた。
そうして、食事やおやつ休憩――エルサが燃料にキューを要求したからだけど、ともかく関所からアテトリア王国王都、王城へと向かう。
獣王国へ向かう時より少し早めに飛んでいたおかげで、日が完全に落ちる前には王城に到着できそうだ、なんて傾き始めた日を感じながら、そろそろ遠目にでも王城が見え始めるはずと目を凝らしていたら……。
「おや? あれは……?」
「どうしたの、リクさん?」
「モニカさん。あれってなんだろう……魔物、ではないと思うんだけど」
「んー?」
遠くの方で、何かの塊……というより集団を発見した。
それが何かがわかる程はっきりと見えないけど、なんとなく魔物ではないような感じだ。
人が集まっているような感じ、かな?
「行ってみるのだわ?」
「そうだね。何かあったのかもしれないし、王都に近い場所だから気になるからね」
「わかったのだわー」
おそらくエルサには見えているんだろうけど、特に何か言う事もなく進路をそちらに向けるよう問いかけられる。
王都からほぼ真北の位置に、魔物ではない多分人が集まっている……王都に近い場所だし、今あちらでは戦争の準備が進んでいるわけで、何かあったらいけないしね。
何もなければそれはそれでいいし、エルサならすぐだからちょっとだけ寄り道ってだけだ。
「おや……リク様、あれをご覧ください」
「ん……?」
一応何かあるかも、とエルサの背中に乗っている皆には臨戦態勢に入ってもらっている中、俺の近くに待機してくれていたヴァルドさんが手で示す先を見る。
人が集まっているのがわかるようになった一部で、複数の旗が風になびかれていた。
「旗、ですか?」
「はい。片方は国軍を示す旗。そしてもう片方は……複数が入り混じっていますが、貴族軍を示す旗となります」
「国軍と貴族軍ですか……」
王都に近い南側の方は、統一された複数の旗。
それと向かい合うような北側では、いくつかの種類があるように見える旗が、入り混じっている。
ヴァルドさんの話によると、南側は国軍、北側が貴族軍って事みたいだ。
って、向かい合っているって事は……。
「貴族軍が王都に向かっているのを、王国軍が止めようとしている状況、でしょうか?」
脳裏に浮かぶのは、複数の貴族が協力しての反乱。
姉さん達はバルテルの凶行と魔物の王都襲撃の事件後、悪事を働くような貴族はいなくなった、みたいに言っていたけど……。
もしかしたら姉さん達の目を逃れて、反乱を起こすような貴族が残っていたのかもしれない。
それか、帝国と通じていたバルテルという例があるから、改めて帝国と示し合わせるように一部の貴族が謀反を起こしたとかだろうか。
「こ、こうしちゃいられませんね!――エルサ、急いであそこに……!」
「お、お待ちくださいリク様。リク様がお考えになられている状況ではないかと!」
「え……?」
帝国との戦争が控えているのに、内乱なんて冗談じゃない。
そのうえ、王国の戦力を削ぐような事は一刻も早く止めなければ……! と思って、エルサに急行してもらおうとしたけどヴァルドさんに止められた。
「旗の先をご覧ください。全ての旗に金色の布が巻き付けられています」
「言われてみれば、確かに……」
複数種類の旗が掲げられている貴族軍側も、統一した旗を掲げている国軍側も、どちらも旗の先に金色の布がまかれて、旗と同じように風になびかれていた。
「あれは、訓練、または演習を示す印です」
「訓練、演習……って事は」
「はい。争っているわけではありません」
「そ、そうなんですか……良かった……」
切迫した状況とかえではなく、ただ訓練をしているって事だったらしい。
ホッと息を吐く。
「安心しましたけど、あんな旗は今まで見た事がないですね。訓練や演習ではよくあれを? あ、でもセンテでの演習では見なかったかな?」
「それは――」
ヴァルドさんに聞いてみると、旗の役割があるからで、人対人だと敵味方がわかりづらいためや、相手に対してどの軍かと示すからという事らしい。
確かに、人対人ではそういうのも重要か。
地球でも、軍旗で色々な役割を担わせていたらしいからね……敵味方を示すだけじゃなく。
敵だけでなく味方にも必要な物だ。
「金色の布が旗に巻き付けられているのは、女王陛下を示す物で……実際に他国との戦争では用いりませんが、訓練や演習などでは陛下の傘下である事を証明する手段となっています。つまり、我々は女王陛下に恭順している者だと」
姉さん……女王様の命によって動いているため、傍からは軍同士の衝突に見えても、実際には訓練や演習ですよ、と示す事になるわけか、成る程。
それから、俺がこれまで軍と行動しても旗などを見た覚えがなかったのは、ほとんどが魔物相手だったため。
魔物が相手となると、敵に対して旗で意思表示などを示す必要はないというか、意味がないからね。
だからセンテの時なども、旗はなかったんだろう……ってそういえば、部隊拠点というか、部隊に指示を出す人がいる所など、一部では旗というか布とかを使って目印があったような気がする。
それが、旗の代わりになっていたんだろう。
味方に何かを示したりするための手段ってわけだ。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」
「えぇ」
モニカさんに言って、地上近くに高度を落としたエルサから飛び降りる。
訓練だとわかってホッとしていたら、国軍側の一つの旗が大きく揺らされてこちらを呼んでいるように見えたからだ。
というか、ヴァルドさんに聞いてみると指揮官を示す旗が振られ、その振り方は呼ばれているのを示すんだとか。
振り方でも色々変わるんだなぁと思った……モールス信号に近い通信手段みたいなものでもあるのかもしれない。
おそらく、遠くから近づいてくる俺というか、エルサに気付いたんだろう。
とりあえず、全員がエルサから降りる必要があるかわからず、俺だけ様子見で先に降りて、他の皆は別の場所でエルサに着陸しておいてもらう事になった。
「っと……えーっと」
地上に着地し、辺りを見回す。
近くにはワイバーンの鎧を着こんだ兵士さん達が、俺を驚いた様子で見ている。
エルサは見慣れている人達のはずだし、俺の事も知っているはずだけど……もしかして、エルサから飛び降りるとは思っていなかったのかもしれない。
「空から舞い降りる英雄……」
俺を見る兵士さんの一人が、ボソッと呟くのが聞こえた。
さらに波紋が広がるように、にわかに兵士さん達がざわつく。
……そういえば、アメリさんを助ける時に似たような事をして、噂が王都に広まったんだった。
「おぉ、リク殿! こっちだ!」
「ヴェンツェルさん!」
ざわつく兵士さん達の中から、聞き覚えのある声。
ザザッと兵士さん達が左右に分かれて道を作った先には、ヴェンツェルさんが大きく手を振っていた。
「獣王国に行ってたのだったか」
「はい。戻る際に王都近くで人が集まっているみたいだったので、こうして様子見に来たんですけど……」
「ふむ、やはり空からでは簡単にわかるか。一応、ここは盆地のようになっているし、林などもある。地上からだとそれなりに近付かないと見えないのだがな」
「空からだと高低差や木で視界が塞がれる事はないですからね。それにしても、ヴァルドさんから聞きましたけど、演習ですか?」
遠くを見渡すためには、高い場所が最適だからね。
「ヴァルド……あぁ、リク殿に同行した弓兵隊長か。これも、準備の一環だな。アテトリア王国では長年戦争が起こっていない。もちろん、魔物や人と戦闘をする事くらいはあるが、国同士の戦争となるとな。なので、こうして引き締める意味も込めて演習をというわけだ。備えられる事は、全てやっておきたいからな。それに、聞いているぞ? 魔物が相手だったとはいえ、センテではリク殿との演習が非常に役に立ったとな」
「ま、まぁこれから魔物と戦うからって事でやったわけではないんですけど。そうですか……ちょうど、獣王国から戻って来る途中でヴァルドさんと演習や訓練について話していたんですよ」
「ほぉ?」
「冒険者さんと兵士さんとの共同でって話ですけどね」
「ふむ、訓練であればリク殿も含めて王城の訓練場で共にやった事があるが……演習もか。成る程な」
ヴェンツェルさんはセンテで俺がやった演習の事を聞いて知っているから、面白そうだという風に頷いていた。
姉さんに話を通して提案してみるつもりだったけど、この分ならヴェンツェルさんから伝わりそうだし、問題なくできそうだ。
「まぁそれはいいとして、ヴァルドさんからは貴族軍が向こうで、こちらが国軍だと聞いたんですけど」
「うむ、そうだ。陛下の名の下、貴族達に軍の招集をかけていたのだ。治安維持や、帝国以外に隣接している他国への備えなどもあるから、全貴族軍とは言えぬが」
そりゃまぁ、領地を治めておかないといけないし、漁夫の利みたいに狙っている国がないとは言えないから、全ての軍を終結させるわけにはいかないか。
ある程度、外交などで懸念は除外してはいるだろうけど……獣王国の王都を襲った魔物達が、アテトリア王国以外の国々を通って行っていたと思われるように、帝国と協力している国があってもおかしくないからね。
とはいえ少なくとも、獣王国の方は大丈夫だろう、協力を取り付けたし、ハルさん達の様子やネメアレーヴェさんの事も考えれば、裏切るなんて考えすら湧かない。
といった事をヴェンツェルさんに伝えた。
協力をしてもらうためというよりは、後方の憂いを発つために、獣王国を助けるために、というのが大きかったのが協力という話になっていたのに、ヴェンツェルさんは驚いたというよりも、深く頷いて納得している様子だった――。
ヴェンツェルさんは、そうなるだろうと予想していたのかもしれません。
別作品も連載投稿しております。
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