ティアラティア獣王国の王族
――ハルさんにお願いされて、咳払いをしつつ一歩前へ。
それだけで、騒いでいた……場合によっては喜びなどを叫んでいた獣人さん達が静まり、俺に注目をする。
一斉に目を向けられて一瞬だけ気圧されかけたけど、これまでにもこうして大勢に声をかける機会はあったおかげで、なんとか持ちこたえられた。
スゥ……と大きく息を吸い込み、緊張を抑えて広場にいる獣人さん達にかける言葉を絞り出す。
……突然の事だったから頭はフル回転ですよほんと。
「え、えーっと……先ほどハルさ……じゃない、獣王様よりご紹介にあずかりました、リクです。獣王国の皆さんの助けになり、魔物の脅威から早く普段の生活に戻れるよう、尽力できた事、大変嬉しく思っております。それからその……こうして無事を喜びあえる場を、そして歓待の宴を開いていただき、感謝の念に堪えません。本日は、存分に食べ、飲み、皆さんが無事な事を喜び合いましょう!!」
危なかった、本日と言った後にお日柄も良くなんて言いそうだった。
というか、内容的にこれでいいのか? と思う部分もあるけど、準備も何もなくいきなりだったからこれでも俺としては上出来……及第点くらいなんじゃないだろうか。
頭にくっ付いているエルサから、溜め息交じりに「腰が低い英雄なのだわ」とか、アマリーラさんからは「もっとほら、こう……やったぞてめぇら! みたいなのを!」という期待の視線があったりはするけど、それらは全てスルーしておく事にする。
それからは、俺の言葉がどれだけ響いたのかはわからないけど、盛り上がりに水を差すという程ではなく獣人さん達がそれぞれ用意された料理に手を付け始めた。
獣王国の重鎮というか、それなりに身分のある人達……つまり、獣人としての力ある人達なんだろうけど、なんとなく盛り上がりと料理を食べる様子は、酒場に集まっている荒くれ方面の冒険者さん達の雰囲気に近かった。
だからか、フラッドさん達冒険者は人間と獣人という種族の壁を感じさせずよく馴染んでいるようだ。
ヴァルドさん達兵士さんは、逆に異様とも言える盛り上がりに戸惑い気味だったけど。
モニカさん達は……うん、ユノやロジーナ、それにべったりのレッタさんに振り回されて、戸惑うどころじゃないようだね。
まぁモニカさんは、獅子亭で似たような雰囲気をよく知っているので、そちらの心配はなさそうだけど。
あと、代わる代わるに俺に謝辞を述べに来る獣人さん達がいたけど、なんとか対応。
ハルさんやアマリーラさんは、そんな俺……というより俺に感謝する獣人さん達や、広場の盛り上がりをニコニコとしてみていた。
「ふぅ、少し疲れたかな……」
大体の獣人さんから挨拶というか、感謝の言葉を言われ終わってから、息を吐きながらグラスに入っていた飲み物を飲む。
「あ、これ美味しい……」
お茶とは違い、果実のジュースなんだけど初めて飲む味だ。
リンゴのような酸味でスッキリしていて、でもマンゴーのような後に残る甘味も感じるし、結構不思議な味わいだ。
「お気に召しましたかな? それは我が獣王国で採れる果実を絞った物です。獣人の中には、酒が苦手な者も多いので、そういった飲み物も多く作っておるのです」
「へぇ、そうなんですね。初めて飲みましたけど、すごく美味しくて気に入りました」
「そうですか! では、リク様にはそちらの果実を畑ごと……」
「い、いやいや! それはさすがに……畑とかもらっても、管理できませんし」
畑事俺に渡そうとするハルさんに、焦ってお断りを伝える。
ほとんど領地をあげると言っているようなものだし、管理なんてできないからなぁ。
植物を育てた経験なんてほとんどないし……小学校の夏休みの課題で、朝顔を育てたくらいだ。
栽培が簡単な朝顔なのに、当時の俺はそれすら枯らせそうになったという、苦い思い出があったりもする。
基本的に、環境を整えさえすれば水を上げるくらいでほぼ枯れる事はないはずなのに……。
「リク様、よろしいでしょうか? いえ、もしリク様がお疲れであれば、こちらの用は放り投げておきますが」
昔の事をなんとなく思い出していると、アマリーラさんが一緒に座っていた人達を連れてきた。
とはいっても、もともと距離が近いので椅子から立ち上がって一歩近づいただけなんだけども。
「精神的にはちょっと疲れていますけど、大丈夫ですよ。用と言うのはそちらの獣人さん達が?」
おそらく、アマリーラさんが一緒委にいる人達の紹介を、とかだろうけど放り投げるのはその人達がかわいそうだ。
こういったアマリーラさんの言動には慣れているので、特に突っ込みはしないけど。
「他の者達が挨拶に来ていたので後回しにしていましたが、私の不肖の兄弟姉妹達です。これで全てではありませんが」
「不肖とは酷いぞアマリエーレ」
「そうよ。でもまぁ、アマリエーレや父上と比べると、確かに不肖なのかもしれないけれど」
「それでも、我々だって魔物を食い止めるために戦っていたんだぞ?」
などなど、アマリーラさんの言葉にそれぞれ突っ込みを入れる獣人さん。
予想通り、アマリーラさんの兄弟や姉妹だったか……つまり、ハルさんの子供達で、王子や王女って事だろう。
毛並みの良い尻尾や耳のモフモフに、思わず視線を奪われて手が伸びそうになるけど、我慢だ。
「初まして、リクと申します。こちらは一応ドラゴンのエルサです。気軽に毛玉ドラゴンとでも呼んでやって下さい」
「最近、リクの扱いが雑なのだわ! 毛玉ドラゴンなんて呼ばせないのだわ!」
アマリーラさんに続いてハルさんと、偉い獣人さんとの話にもある程度慣れたから、ちょっとだけおどけつつ立ち上がり、挨拶。
頭にくっ付いているエルサが抗議しているけど、話をしている最中はほぼ動かず、半分くらいは寝ているのを傍から見たら、毛玉のようにしか見えないと思う。
「ドラゴンを毛玉呼ばわりというのは、さすが我らが英雄リク様というところですか。お初にお目にかかります、第二王子のレオル・カッツェ・ティアラティアと申します」
苦笑しつつ、自己紹介をしながら頭を下げたのは第二王子のレオルさん。
ハルさん同様、ヴェンツェルさん以上の大柄で結構な圧力があるけど、なんとなく筋肉質というより細身という感じがする。
表情や口調から力強いよりも、繊細という印象を受けるからだろうか。
さらに続いて、アマリーラさんと一緒にいた獣人さん達が次々と自己紹介。
「第五王子、レリアータ・カッツェ・ティアラティと申します」
「第七王子、レカイン・カッツェ・ティアラティアです。お見知りおきを」
「第三王女、アルーナ・カッツェ・ティアラティアです。リク様のお目通りでき、光栄でございます」
「第九王女、マリット・カッツェ・ティアラティアと申しますわ。この度は獣王国への助力、感謝いたします」
「第十二王女、アリラーマ・カッツェ・ティアラティア、です! よ、よろしくお願い申し上げます!」
さらに追加で、失礼ながら少し年嵩の女性の獣人さんからの自己紹介。
「第一王妃、アールラ・カッツェ・ティアラティアと申します」
「第二王妃のマニグレット・カッツェ・ティアラティアですわ」
と、アマリーラさんの兄弟姉妹だけかともったら、王妃様まで混じっていた!
という事は、ハルさんの奥さんで……って、二人いるのか。
まぁ、重婚というか、一夫多妻制なんだろう。
王家だし、跡取りは必要だろうし……それにしても子供の数が多いけど。
「よ、よろしくお願いします。え、えーっと……」
獣人さん達による代わる代わるの挨拶に加えて、さらに七人の王族の方々が加わり、若干脳内が混乱気味だ。
頭の中で情報を整理しながら、覚えるために個別にいろいろと聞いていく。
第二王子のレオルさんがハルさんに似て大柄、けど戦闘はできるけどどちらかというと、内務的な事の方が得意らしい。
それから第五王子のレリアータさん、アマリーラさんに似て小柄で戦闘を得意とするが、力任せよりも小技が得意だとか。
第七王子のレカインさんは、大柄で見た目通りのパワー系。
第三王女のアルーナさんが、こちらもハルさん譲りでリネルトさんのように大柄だけど、繊細な戦いが好きだとの事。
第九王女のマリットさんの方は、こちらも大柄でレカインさん同様パワー系。
第十二王女のアリラーマさん……本人からはちゃん付けで呼んで欲しいと言われたから、アリラーマちゃんだけど、そちらはまだ十歳くらいのユノと同じく小さな女の子。
だけど、戦うという事に関してはアマリーラさんに匹敵するらしい。
さすがに年齢的にも経験的にも上のアマリーラさんの方が勝っているようだけど、今後はどうなるかわからないとか。
さらにさらに、第一王妃のアールラさんは小柄でアマリーラさんにそっくり。
小柄ながらも落ち着きと貫禄を持っており、将来のアマリーラさんはこんな感じになるんだろうな、と想像ができた。
もしかしたら、初対面の時のアマリーラさんがクールな印象だったのは、アールラさんを見習っての事だったのかもしれない。
そして最後に第二王妃のマニグレットさんは、小柄でも大柄でもなく、平均的で戦えるけど頭を使った内務などの方が得意なんだとか。
アールラさんが、レオルさん、アルーナさん、アリラーマさん、アマリーラさんの母。
マニグレットさんが、レリアータさん、レカインさん、マリットさんの母らしい。
ちなみに、王子様方の名前に「レ」が付くのは父のレオンハルさんの名称の一部を受け継いでいるからで、王女様方の「ア」と「ー」はアールラさんから、「マ」と「ッ」が付いているのはマニグレットさんからだと補足してもらった。
男性は父の、女性は母の名称の一部を受け継ぐ、という風習があるみたいだ。
近い名前なのは覚えやすい反面、間違えやすくもあるので気を付けないと……。
王族の人達の名前を間違えるなんて、失礼極まりないだろうからなぁ、本人達は気にしないと笑っていたけど。
「それにしても、ミドルネームが全員カッツェで、ハルさんとは違いますが……?」
聞いてもいいのかどうか迷ったけど、どうせだからと質問してみた。
「レーヴェというのは、ティアラティアという姓と共に歴代の獣王が受け継ぐミドルネームになりますな。以前は私もカッツェというミドルネームを名乗っていました」
「つまり、レーヴェが獣王であると示し、ティアラティアが獣王の一族である事を示しているのです」
「な、成る程」
姓は家名だけど、ミドルネームは襲名制って事か。
あれ、でも待って。
ティアラティアって性も受け継ぐって言ってなかった?
「ティアラティアも、受け継いでいるんですか?」
「獣王国は獣王に連なる王族が次代の王になわけではありませんので、ティアラティアという国名も、獣王になった一族が受け継ぎます。王族ではありますが、王に連なる者であるだけ、という考えですな。特別な権限などはありません。まぁ、他国などの対外的には利用する事もありますが」
「獣王国内では王族といえど、重鎮とは思われても大した身分ではないのです。ですので、私を含め母上や兄弟姉妹達も、戦える者は戦い、知恵ある者は獣王国の要職でその腕を振るうのです」
「あらゆる側面から、力ある者が獣王になるのですが、我々はただ獣王である父の子供と言うだけで、次代の獣王と決まってすらいません。父上が仰るように、人間の国など他国に対しては王子、王女として身分が高い者としての対応をしますが、ただそれだけなのです」
「そ、そうなんですね……」
ハルさんに続くように、アマリーラさん、それから第二王子のレオルさんが教えてくれる。
他の王子王女、王妃様達も頷いているから間違いないんだろうけど、皆それと同時に尻尾が揺れるから、そちらに視線や手を伸ばさないように我慢するのが結構辛い……とりあえずエルサで我慢しよう、至高で極上のモフモフだからね。
と思ったら、とりあえずなんて考えが伝わったのか、エルサに手をはたかれてしまった……くそう。
何はともあれつまり、一族経営というか王族から次の獣王が決まるとかそういうわけじゃないって事か。
だから、アマリーラさんも含めた全員が、王位継承権はあるようでないと……ちょっとややこしいけど、継承権を巡って骨肉の争いに発展しにくい、というのはいい事なのかもしれない。
獣王国は完全な一枚岩、と言っていた要因の一つなんだろうね。
まぁ、人間の国でその制度が馴染むかは疑問で、獣人さん達だからだろうとは思うけど。
それからしばらく、ハルさんを含めた王族の方達……結構人数が多いけど、その人達と談笑をして過ごす。
時折料理とかもつまみ、エルサがキューの山にダイブしたりなんかもあったけど、盛り上がり続ける俺の歓待、というより祝勝会の雰囲気はとても良かった。
何かしようとするたび、使用人さんが先に動いてお世話してくれるのは、慣れない俺にとってちょっとだけ居心地が悪い気もした……ハルさん達が、常に俺を立てた接し方をするのもその要因かもしれないけど。
ちなみに料理は、獣人と言うイメージから肉料理が多いと思ったんだけど、結構野菜をふんだんに使った料理が多かった。
考えてみれば、獣だって肉食がいれば草食もいるし、雑食だっているんだからただの偏見だったんだろう。
獣人さんと自然の獣を一緒にするのは失礼かもしれないから、口には出さなかったけど。
ただ特に意外だったのは、大柄なハルさんがやレオル第二王子、アルーナ第三王女とダリット第九王女は、野菜類の料理を好んで食べていた事かな。
逆にアマリーラさんやレリアータ第五王子など、小柄な人の方肉料理を好んでいた。
ユノと同じくらいのアリラーマ第十二王女が、自分の顔より大きな焼かれた肉の塊に向かって豪快に齧り付いていたのは驚いたけどね。
口の周りを汚して、アールラ第一王妃と使用人さんから拭かれていたのは、年相応に見えて微笑ましかったけども。
「して、リク様。今回の件ですが、アテトリア王国とアマリエーレちゃんの連名での報せがありましたが、帝国と緊張状態だとか?」
宴もたけなわ、と言うわけではないけど、集まった人達などが追々に散り始めた頃、少し真剣な表情になったハルさんからの質問。
レオルさん達も、雰囲気が変わったと表情を引き締めた。
アリラーマちゃんだけは、まだ一生懸命モグモグしてお肉を食べているけど……和むなぁ。
「えーと、こういった席ですけど、その話をしても?」
「構いません。皆は酒と料理に夢中でこちらの話は聞いておりませんし、届きません」
そういって、使用人さんの方に視線をやるハルさん。
すると、ズラリと並んでいた使用さんのうち数人が魔法を発動したらしい。
結界のように透明で、目ではほぼ見えないけど俺達がいるステージっぽい場所と、モニカさん達や集まった獣人さん達が騒いでいる場所との間を遮るような、薄い壁ができた。
風の魔法、かな……? 隔離と言うわけじゃないけど、声などが届かないように膜を張ったみたいな感じだろう――。
宴から一転、真面目な話をするようです。
別作品も連載投稿しております。
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