魔物と呼ぶ事すら躊躇われる異形
「っ……痛いじゃない、かぁ!」
痛みに耐え、噛み付かれたままの右腕を振り回し、オルトスの体で魔物を薙ぎ払う。
一度噛み付いたら離さない、という強い意志を持っているのか、オルトスはそれでも離れなかったが、自由な左手で顔をぶん殴って破裂させた。
牙が食い込んだ右腕から血が滲んでいるけど、気にしている余裕はないし、痛みは我慢できる。
「ふぅ、はぁ……」
加減なんて言っていられる状況ではないので、とにかく全力で動いて戦っているけど、そのせいで軽く息切れをする。
疲労というよりも、一瞬一瞬に力を籠めるため呼吸を止めるからって感じだけど……!
「とにかく、一刻も早く魔力が集まっている方へ行かなきゃ……!」
レッタさんに急かされていた時以上、魔物の大群に飛び込んで突き進み始めた時よりさらに強く、嫌な予感だどんどんと膨れ上がっている。
それも、一定で膨れるものではなく、加速度的に強く嫌な予感のようなものを感じた。
魔力の方も、俺の嫌な予感を肯定するかのようにどんどんと集まり、こちらも膨れ上がる速度が上がっていっている。
これがどういう事になるのかはわからないけど、レッタさんは獣王国の王都が壊滅すると言っていた。
俺達が近くにいるのに、だ。
ロジーナがいるなら大丈夫と、普段のレッタさんなら言いそうだけどそれもなかったしね。
とにかく急いでなんとかしなきゃいけない……!
「急げ、急げ、急げ……!」
駆けろ! 駆けろ! 跳べ! 駆けろ! 跳べ! 跳べ! 跳べ!
ひたすら魔物を押しのけ、排除して突き進む。
どれくらいだろう、数分か数十分か、キロ単位で突き進んでもまだ到着できず、焦れ始めていた時のことだった。
「っ!?!?」
ドクンッと俺の内側が脈動するような感覚。
鈍感と言われ続けた俺でもわかる程、異様さすら感じる悪い予感と魔力。
「間に合わなかった……?」
思わず足を止め、魔力が膨れている方へと目を向けるが、やはり魔物が邪魔でよく見えない。
ただ、魔物を踏んで跳んだ時に遠くで黒い何かが蠢いているのが見えたの確かだ。
「……いや、まだ!」
魔力はまだ動いている。
先程までとは確実に違う、異質で圧倒的な何かを感じはするけどそれでも、さらに魔力と悪い予感のようなものは膨れ上がり続けている。
奥の手、というのが何かわからなくとも、それが完成したのなら一時的にでもそれらが止まるのではないか? と思う。
「くそっ! だから邪魔だって! 早く行かないと!」
気ばかり急いても、動きを鈍らせ、魔物に邪魔をされて思うように進まない。
それでもあがくように前へと進み続けるしかないのだけど。
自惚れととられるかもしれないけど、もしその奥の手とやらが完成したとしても、俺ならなんとかできるんじゃないか、という思いもあるから。
「っ! エルサ!?」
体を押し込むように、ひたすら前へ進む俺の頭上から突然、魔物めがけて何かが飛来し突き抜けていく。
バッと空を仰ぎ見れば、俺の真上でエルサが羽ばたいていた。
ミスリルの矢、弓隊がエルサの魔法を通して空から援護してくれたんだろう。
モニカさん達といた時より、エルサが高度を下げているおかげで見えたその表情は、いつもの暢気なものではなく、真剣そのものだった。
視線は俺ではなく、俺が進もうとしている先を睨んでいるようだ。
そうか、エルサは空にいて見通しがいいし、目もいい。
さらに探知魔法とかも使えるから、俺が向かっている先に何があるのかわかっているんだろう。
「とにかく、感謝しながら今は突き進む!」
援護射撃のおかげで、魔物が多少ひるんだだけでなく、小さくだけど道が開けた。
おそらく、俺が進めるよう狙って放ったんだろう。
打合せなしのフォローに感謝しつつ、走る!
「んっ! はぁっ!」
とにかく前へ、何もない道をただ走るような速度は出ないけど、小さい魔物は体でぶつかって弾き飛ばしつつ、魔力が動いている場所へと向かう。
大型を狙っているのか、途中からオルトスやオーガなど体の大きな魔物が、俺へ向かってくる数が明らかに減ったのは大いに助かっている。
エルサには、後でキューを大盤振る舞いしないとね……!
「はぁ、ふぅ……この辺りのはずだけど……」
近づくにつれて、はっきりと感じるようになった魔力の動き。
その場所にかなり近いところまで来たはずだけど、と邪魔な魔物を排除しつつ辺りを見回す。
「ん……あれは……?」
ただただ魔物がひしめき合っている中で、特に変わったところがないように思えたけど、一点だけ。
一体の魔物がそこにいた。
他の魔物が乱入してきた俺に対して敵意をむき出しにし、襲い掛かる事もあるのに対し、俺なんて見えない、気にしていないとでも言うかのように、ただただ佇んでいるだけのように見える。
「なんか、気持ち悪いな……っ!」
横から襲い来るオークを蹴り飛ばし、近付きながらその魔物を観察する。
口をついて出た気持ち悪いという言葉は、単純にこの場にあって動かず佇んでいるからではなく、その見た目だった。
人型、に近い形なんだけど、足や腕の数が多く、それが触手のように蠢いている。
表面は真っ黒で、頭も複数……さらに言えば、胴体も不自然に一部が盛り上がっていたり、逆に一部がえぐれているような形になっていたりと、とにかく異形と言える姿だった。
「他の魔物は、初めて見るにしてもある程度理にかなっているというか、なるべくしてなったんだな、とわかる姿だけど……あれは不自然だ」
強いて言うなら、レムレースも不定形に近く、状況に応じて形を変えていたけど、今見えている何かはそれ以上だ。
こうして観察している間にも、腕が増え、足が千切れて盛り上がっていた胴体から別の足が出る……どうも、これときまった形を取ろうとしているのではなく、どういう形をすればいいのかわからないんじゃないか、そんな印象を受ける。
レムレース以上に、物質感がある体なのに不定形、そして生物としての器官が現れたりなくなったりと、まさに異形と言うしかない。
「……少しだけ他の魔物と距離が開いている? 避けられている、というより近付かないようにしているんだろうか?」
さらに不自然なのは、その異形の存在の周囲と他の魔物とは多少の距離が開いていて、そこだけぽっかりと空間が開いているように見える事だ。
隙間なくひしめく魔物達は、お互いの体がぶつかっても気にしないくらい、距離が近いのにあそこだけ開いているのはおかしい。
気づいてしまえば、もはや異常としか思えない光景だった。
「っ!? そういう、事なんだ……」
こちらに襲い掛かって来る様子もないため、観察しながら近づいていると、千切れて落ちた腕が足のような触手に絡めとられ、吸収される。
それと同じように、顔のような部分が伸びて別の魔物に噛み付いた瞬間、対象の魔物の全身に黒い幕のように広がり飲み込む。
当然の理とでもいうかのように、その魔物を飲み込んだ黒い幕は、一体の魔物に戻って元の顔のような形に戻る。
飲み込まれた魔物は……? と思っていると、ボコボコと胴体が膨れ、抉れ、形を変えていくつかの腕や足、と言うよりもはや触手だね、それが付き出てきた。
「周囲の魔物を吸収していくのか……」
ただ飲み込むだけでなく、それにより数を増やす腕や足、異様な体の形や頭……だけでなく、徐々にその質量も増やしているようだった。
要は、魔物を飲み込むごとに大きくなっている。
吸収という以外に表現する方法はなく、ピッタリとも思える程だった。
「レッタさんが、レムレースと似ているって言ってたのがなんとなくわかるし、魔力が動いていたように感じたのもこのためか」
魔物は当然魔力を持っている。
飲み込まれた魔力が吸収され、膨れ上がっていくのを俺は魔力が動いていると感じていたんだろう。
そして、レムレースのように不定形、近くで感じるとわかる単純な魔力の塊と言えるような存在感。
違うのは、まだ試していないけど触れられるだろう、よくわからない質感があるというところだろうか。
実際に触ってはいないけど、レムレースはゴーストなどと同じで魔力の集合体のため、その魔力が源である魔法などを介さないと傷つける事すらできないからね。
目で見ている限りでは、そのレムレースとは違ってそこらの金属の剣でも斬る事ができそうだ。
……それが、相手に大きなダメージを与えられるかどうかわからないけど。
観察していると、足や腕、体を両断したとても大したダメージになりそうには思えないんだよね。
「……わからないならとりあえずやってみる、だね! ふっ!」
こうしている間にも、さらに周囲の魔物を飲み込み、それだけじゃないのか俺が倒した魔物やそれ以外からも魔力のようなものがその何かわからない存在に集まっていっているようで、徐々に大きくなっていっている。
考えていても仕方ないし、一足で飛び込める距離まで来た瞬間に、斬りかかった。
狙い違わず、剣はあっさりとその存在の胴体を横から切り裂き、いくつかの腕も斬り落とした。
「手応えは……ないね」
あっさり、空気を斬るなんて程じゃないけど液体に向かって剣を振るったような、そんな感覚で振りぬいた剣。
真っ二つに分かれた胴体は、確かに斬られて地面に落ちた。
だけど、その存在が動きを止めるなんて事はなく、両断された断面から別の腕、というより触手が出てお互いをくっつけ、飲み込み再び復活する。
「ただ斬っただけじゃ、やっぱり駄目みたいだね」
魔力も何も込めていない剣の一振り、レムレースならただ通過していくだけで、目の前の存在はちゃんと斬る事ができた、という違いはある。
けど結局ダメージらしいダメージは与えられたように見えないし、魔力は減っていないように感じるし、膨張も止まっていない。
というより、剣で斬った時の液体のような感触はなんだろう? 見る限りでは液体のようには見えないんだけど。
そう考えつつも、これ以上魔力を膨れ上がらせるわけにもいかないね。
白い剣の魔力放出モード、次善の一手など、魔力を剣身にまとわせながらの攻撃。
先程よりほんの少しだけの抵抗、液体ではなく柔らかい豆腐のような物を斬る感覚があったけど、はっきりとした効果は見られない。
駒斬りにしても、小さな破片になった黒いのを踏みつぶしても、その全てが数秒で元に戻る。
しかも元に戻る速度は回数を追うごとに早くなっているうえ、別の魔物、周囲に漂う魔力すら吸収しながらなので、ダメージ以上に魔力の膨張と元に戻った体の質量が増えているくらいだ。
「周囲の魔物も、これには驚いている……というより異常さを感じたのかな」
ここに至って、俺の前にいる存在が魔物という括りでは語れない程の異形だと気付いたのかもしれない。
その存在と開いていてた距離は、吸収されたからではなく魔物達が後退してさらに開き始めていた。
相対している俺に、他の魔物が襲ってこなくなったのは助かるけど、それ以上に目の前の存在が厄介に思えるね。
これを相手にするくらいなら、周囲の魔物全てがいなくなるまで戦い続けた方が楽だ、とさえ思えるくらいだ。
「……レムレースと似ているなら、これはどう、だっ!」
最終手段、というわけじゃないけど、白い剣を魔力吸収モードにしての斬撃。
最初に魔力も何も介さない一撃を見舞った時と同じような、液体を斬る感覚で一瞬意味がなかったかな? と思った瞬間、目の前の存在が揺らいだように感じた。
頭っぽい形の何かはあるけど、目や口、耳や鼻などの器官がないので表情とかはわからないけど、なんとなく魔力が揺らいだように思えたんだ。
「レムレースと同じく、魔力吸収の方が効きそうだね」
それが、異形の存在が魔力によって成り立っている証明とも言えるのかもしれない。
物質であり、斬れるのに本来は空気のように触れる事がかなわない魔力と同質……。
いや、空気も物質と捉えれば魔力も同様で、違うとは言えないのか? なんて学術的かどうかわからないけどそんな事を考えている暇はないか。
「なら、レムレースと同じように……っ! っと!!」
斬るのではなく、魔力吸収モードにした剣を突き刺す。
が、それが邪魔だと感じたのか、それとも目の前にいる俺をも吸収しようとしたのか、複数の腕や足が触手のようになって伸びてきた。
さすがに魔物と同じように吸収されたくないので、跳び退る。
「レムレースは、剣を突き刺して魔力を吸収したら動かなくなったのに、こいつは違うのか……」
無数の触手を掻い潜りながら、何度か試すけど結果は同じ。
剣を突き刺した状態だと、俺が剣を持っていなきゃいけないし、まともに動けない。
それを知ってか知らずか、襲い来る触手を避けるには距離を取るなど、剣を突き刺したままではいられない。
「しかも、何度か試してある程度魔力を吸収しているはずなのに、ほとんど変わりがないように見えるね」
剣が魔力を吸収する方が、周囲から魔力を集めるよりも強いのか、剣を突き刺していればほんの少しずつ小さくなっていっていた。
でも結局、剣を離せば集め続ける魔力によって元に戻るし、数秒離れただけでそれ以上になってしまっているように見える。
さらに言えば、魔物へ触手を伸ばして吸収すれば、剣で魔力吸収をするよりよっぽど早い。
まぁ、魔物の持っている魔力が丸々入ってしまうんだからそれは当然か。
「困ったぞ……斬ってもダメ、魔力を吸収してもダメ、他に手は……魔法が使えればいいのかもしれないけど、それはできないし」
俺の持つ特殊な白い剣では、こいつを対処するための方法が思いつかない。
魔法は結界ならなんとかできるようになったけど、俺を標的と見たのか、多少距離が離れても触手を伸ばしてきていて、それを捌きつつの結界は難しい、というか多分できないだろう。
そもそも、結界を張れたとしても触手や他の魔物からの攻撃を防ぐ程度で、対処にはならないだろうし……まぁ、結界内に閉じ込めて周囲の魔力を吸収させないように、ってくらいはできるかな。
できたとしても、それでこいつ――適当に、ミュータントとでも呼ぼう――ミュータントの魔力吸収を止めたとしても、倒せるわけじゃないからね。
「でも、レッタさんは俺にはできみたいな事を言っていたから、何かあるはずだけど」
魔力に関しては俺より詳しいレッタさん。
さらに言えば帝国の奥の手だとも言っていたし、ミュータントの事をある程度知っているのは間違いない。
そんなレッタさんが対処可能と判断したのだから、できるんだろう。
こういう事で気休めや嘘をいう人じゃないと思うし……。
まさか、センテの時みたいに俺を陥れて破壊を撒き散らせるとか、俺自体を排除しよう、という事ではないと思うし、思いたい。
ロジーナが協力してくれる以上、変な企みをする事はないはずだけど。
「とにかく、何か打開策を考えないと……エルサからの支援は望めないし」
俺がミュータントに肉薄したあたりから、空からの援護は止まっている。
というより、俺以外のほかの場所を援護しているんだろう。
ミスリルの矢の威力が高いからと言って、剣で斬ってもほぼ意味ないようなミュータントに対して通用するとも思えないし、エルサならそれも理解していそうだからね――。
今のリクには対処方が見出せないのか、それとも思いついていないだけなのか……。
別作品も連載投稿しております。
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