膨れ上がる嫌な予感
「俺、この戦いが終わったら……なんて言ったら、フラグだよねぇ。まぁ、負ける気はしないけど」
一人呟きながら、オークとオーガをまとめて真っ二つにする。
血生臭い状況の中、何を考えているんだと思わなくもないけど、戦闘に集中しすぎないようにするためには大事だ。
魔力が充実しているせいもあって、全能感という程ではないんだけど襲い来る魔物に負ける気は一切しない。
自惚れるつもりはないんだけど、この程度では……なんて考えが浮かんでくるんだ。
ヒュドラーやレムレースといった、本来一人で戦うような相手ですらない強力すぎる魔物と戦ってきた経験もあるのかもしれない。
数は多いけど、魔力が続く限りは負けるどころか、大きな怪我すらする気がしない。
後ろでモニカさんが見ていてくれて、さらにそれを守っている状況というのも、そういう考えが浮かぶ理由の一つかもしれないけど。
あまりそういった経験とかはしてこなかったけど、やっぱり俺も男で、気になる女性に見られているとなれば、格好つけたくなるものなのかもしれないね。
「んん?」
それからしばらく、時折後退しつつ獣王国王都の門が近付いて、エルサのお迎えがなくても到達できそうだ……と思い始めた頃、違和感を感じた。
はっきりと何か、という感じではないんだけど……。
相変らず魔物は襲い掛かって来るし、数が減った気もあまりしないうえ、俺自身の魔力が多少減ってきた感覚があるから、単なる気のせいという可能性もあるにはあるけど。
「大きな魔力の動き? いや、集まっている感じ、かな? もしかしたら、魔力を消費しているから感じられるのかな?」
怪我の功名というわけじゃないけど、白い剣で存分に自分の魔力を使っているため、思いっきり魔力を放出した時程ではなくとも、ある程度減っている。
多少魔力を感覚でとらえる事ができるようになったおかげもあって、自分の魔力の事もある程度把握できる。
残りは大体、総量の三分の二だろうか。
それでも、ある程度厚めの魔力が俺の全身を覆っているんだから、自分でもどうなっているんだこの魔力量と思わなくもない。
「あっちの方……特に何もない、というかここからじゃ何も見えないけど」
魔力総量が減り、分厚くても少しは体を覆う魔力が減ったおかげか、遠くの方で魔力が動いているような感覚が伝わってきている。
多分、これが違和感として最初に気づいたきっかけなんだろうけど。
なんとなく方向を特定してそちらに視線をやる、というか後方にある門の正面、つまり俺からすると真っ直ぐ南になるんだけどね。
ともかく、そちらに視線をやっても魔物達が邪魔で何もわからない。
ひしめく魔物は、俺が全力で戦い始めてから恐れの感情からか、多少勢いがなくなっているけど、それでも目線が通るなんて事はない。
数も多いしね。
まぁ、勢いがなくなっているのは、上空からの援護と冒険者さん達が活躍してくれているのもあるんだろうけど。
「うーん、何か嫌な予感がする……魔力の動きだけじゃ、何が起こっているのかわからないし。魔力、魔力の動きか……あ!」
アルケニーの足を斬り取って、別の魔物に突き刺すなど、背後で行われているユノ達の異種スポーツをほんの少しだけ真似していると、そういえばと思い出した。
魔力を動かすという事にかけては、レッタさんが一番詳しそうだという事を。
というか、魔力誘導で魔力を動かしているわけだから、何かわかる事があるかもしれない。
誘導をするためには、遠くの方まで魔力に関して知覚しないといけない事もある――みたいな事を聞いてもいたから。
「よし……せぇい!! っと。――レッタさん!」
「は、え、何!?」
ちょうどよく、魔物の大群の中から出てきたオルトスの尻尾、蛇のそれを掴んでぶん回し、巨体を利用して大きく魔物達を後退させる。
実際に後退したわけではなく、近い魔物達を弾き飛ばしただけだけど、それはともかく。
レッタさんに近づきながら呼びかけると、驚きつつこちらを振り向いた。
……ロジーナとユノを見るのに夢中だったっぽいなぁ、魔物が近付いてくる数は減ったし、近付いてきていても俺が対処するから、休憩中のモニカさんを守る意識もあまり必要なくなっていたようだし。
この分だと、もしかしたら魔力誘導とかも忘れていて、俺の感じた違和感もわからないかもしれない。
なんて、ちょっとだけ不安に駆られながらも少しの空間を作った猶予を生かすべく、レッタさんに駆け寄った。
「あっち、あっちの方に何か魔力が動いていて……違和感を感じるんですけど、何かわかりませんか!?」
「え、あ……そ、そうね、ちょっと調べてみるわ」
オルトスをぶん回したからだろうか、ポカンとしているモニカさんはいるけどとりあえずレッタさんの調査を待つ。
やっぱり、魔力誘導をもうほぼ使っていなかったみたいだ。
まぁ、調べてくれるんだから少しだけ待とう。
「ふぅっ……せやっ!!」
再び近付いてきた魔物を、太く長く範囲を重視した白い剣で薙ぎ払いつつ、レッタさんの調査結果を待つ。
どうやら、遠くの魔力を感知するのはある程度集中する必要があるみたいで、あれだけロジーナ達を見ると言っていたレッタさんも、目を閉じて集中しているようだ。
ユノ達の方で爆裂音――フレイムフォグのものではなく、ユノ達が何かをやった音――が聞こえるたびに、ピクッと体が反応してそちらを見たい衝動に駆られてはいるようだけど。
元々立場としては敵対関係と言っていいはずだけど、それでもちゃんと協力してくれるのは助かる。
「……っ!?」
「レ、レッタさん!?」
「ど、どうしたんですか!?」
魔物と戦っていたから、正確にはわからないけど数分程度だろうか、突然レッタさんが目を大きく見開いて体を大きく震えさせた。
近くにいたモニカさんが驚き、俺も初めて見るレッタさんの表情に驚いて声をかけた。
「な、なんであれが……!!」
「レッタさん!?」
そんな俺達にも構わず、一つの方向を凝視しているレッタさん。
俺が魔力の動きがあると感じてみた方向と一致するけど……。
「リク、今すぐ向かいなさい! あれが動き出したら、獣王国は……いえ、少なくとも王都は壊滅するかもしれないわ!」
「え!?」
鬼気迫るレッタさんの表情と叫び、それだけ驚く事があるんだろうけど。
王都が壊滅するって一体何が……。
「今すぐいかないと間に合わないかもしれないわ!」
「で、でもここは……レッタさんとモニカさんの二人じゃ、魔物を押しとどめられないし、門は見えているけど、まだ遠いですよ!?」
王都の門は遠近感が狂いそうになる程大きい……まぁ破壊されているんだけど。
その門まで、魔物越しに見えていてもまだ数百メートルはあるだろう。
門に到着すれば、向こうで魔物が派手に巻き上がっている様子から、獣人さん達やアマリーラさんとリネルトさんがいるかもしれないし、モニカさん達も安全になるんだけど。
でも、今この状況で置いて行ったらユノ達が門方向に夢中な状況では、モニカさんとレッタさんは魔物に押し潰されかねない。
「いいから! この場にリクがるより、向かう方が確実なのよ! あれは……あれは帝国の奥の手だったはずなのに……!」
「奥の手!? そんなの聞いていませんよ!?」
「まだ確実に使える程の実用性はなかったの! 私がいなくなって、むしろ実用まで遠のいただろうから、使われる事はないと思っていたのに!!」
「その、奥の手ってどんなものなんですか!?」
焦っている様子のレッタさんに影響されたのか、俺もそうだけどモニカさんも似たような感じになってしまった。
とにかく、帝国の奥の手ってそんなのを隠していたのか……。
「説明するには状況が悪いわ。でもそうね、帝国から随分と離れたこの場所だから、使えるのかもしれないわ。あれは、周囲の何もかもを消滅させる危険があるのよ! だから奥の手、だからアテトリア王国との戦争では使われないだろうと高をくくっていたわ!」
「何もかもを消滅って……何が起こっているのかわかりませんけど、それは俺が言ってどうこうできるものなんですか?」
「要はレムレースと似たようなものと考えればいいわ! 魔力の集合体。その魔力を魔法に使うだけのレムレースより、はるかに危険ではあるけど……とにかく、完成する前になんとかしないと! この場では、リクしか対処できないわ!」
「レムレースと……」
魔力の集合体って事は、白い剣での魔力吸収が通用するって事なのかもしれない。
レムレース自体、俺以外だと確実な対処とは言えないし、それ以上なんて確かに他に誰がどうこうできるものでもない可能性はあるか。
ただ……。
「そうはいっても、ここにはモニカさんが……レッタさんも……」
「そんな事、ロジーナ様を呼べばしばらく持ちこたえる事くらいなんとでもなるわ! 今向かわないと、それこそ取り返しのつかない事になるわよ!?」
確かに、門へ向かうのを辞めてユノとロジーナが協力してくれれば、レッタさんとモニカさんが魔物に押し潰される心配もなくなるか。
ユノ達は派手に戦っているし、ちょっと魔力と体力が心配ではある。
でも、レッタさんの焦った様子を見るに、考えている猶予などはほぼないようだ。
「リクさん、私も随分休憩できたからある程度は戦えるわ。レッタさんもいるし、こっちは大丈夫よ」
と言って、強気な笑顔を槍を構えるモニカさん。
だけどその顔からは色濃い疲労が見えて、むしろ心配になる程だ。
息は整っているから動けることは確かだろうけど、ずっと戦えるわけじゃない。
けど、そんなモニカさんの決意などを無駄にするわけにもいかず、逡巡するのも惜しいと感じた俺は、もう一度だけ周囲を薙ぎ払って時間を稼ぎつつ、決意した。
「……ふぅっ!! っと。わかった。モニカさん、レッタさん、ここは任せます。すぐに戻ってきます。でもこれだけは――」
とにかく迅速に、何があるのかわからなくとも急いで対処して戻ってくれば、それだけモニカさん達の危険も少なくなる。
そう考えて頷き、さらに魔物を一蹴しておこうと思った瞬間の事だった。
ドンッ!! という音と共に何かが空から飛来し、俺たちの前に大きく砂埃を巻き上げながら着弾。
落ちてきたそれは、砂埃の中で動き、立ち上がって人の姿……にしては大きな形を取る。
「こ、今度は何が……?」
「がはははは! お主がリクか!?」
「え、は? そ、そうですけど……」
豪快な笑い声と共に、巻き上がった砂埃の中から姿を現したのは、二メートルを優に超え、三メートルに届きそうな程巨漢の、立派な鬣と髭を蓄えた獣人だった。
「ふぅむ、アマリエーレちゃんから聞いて想像していたよりは、人間らしいというか、小柄だな。ふぅん! 邪魔な魔物どもが……ふむ、そのような小柄な体で本当に……っ!?」
「ど、どうしました?」
「な、なんだこの、背筋も凍る程の圧倒的な魔力は……!」
ジロジロと俺を見る獣人さん。
邪魔な物を振り払うような気軽さで、飛び込んできたオーガを裏拳で弾き飛ばし、複数の魔物を巻き込んでいた。
そこから俺を改めて見るその一瞬だけ目が光ったと思ったら、鬣を総毛立たせた。
というか今この獣人さん、アマリエーレちゃんって言ったよね? アマリーラさんの本名だけど、獣王国の人なら知っていてもおかしくないとは思う。
けど、王女様でもあるから、そのアマリーラさんをちゃん付けで呼ぶって……。
「リク、敵っていう雰囲気でもないし、アマリーラの事を知っているなら尚更よ。今はとにかく急いで!」
「ほうむ、何やら急いでいるようだな? 挨拶にと思ったのだが、そうであればここはワシに任せい! いや、任せてください、リク様!」
「え、あ、いやえっと……」
「早くしなさい!」
「わ、わかりました! えっと、どなたか存じませんが、モニカさんとレッタさんの事をよろしくお願いします!」
「承知した! 獣人は力が最上! リク様の命に従うならば本望というもの! 命を賭してでも全うして見せましょう!」
レッタさんに急かされて、よくわからない状況ながらも、とにかく魔力が動いている方へ向かう事にした。
なぜか、鬣を総毛立たせた獣人さんが俺をリク様と呼び始めたけど、気にしている猶予はないらしい。
とりあえずお願いだけしておいたけど……なんとなく獣人さんの反応に既視感。
というか、大げさな受け方がアマリーラさんを彷彿とさせるんだよねぇ、獣人さんの多くがそうだと言われたら、そうなのかもしれないけど……。
ともあれ今は、頼もしい味方ができたと安心しておこう。
俺が奥の手とやらに対処するのも早ければ早いほど良さそうだし、気にはなるけどとにかく急ぐべきだから。
「くのっ! 邪魔! いざこっちからとなると、隙間がないくらい魔物がひしめいているのは面倒だねほんと……!」
魔力が動いている方向へ向かって走り始め、オルトスやアラクネの体の下をスライディングで通り抜け、その先にいるガルグイユを拳で砕く。
剣を前に構えて突き込むようにしながら、魔物の隙間に俺の体を割り込ませ、無理矢理にでも前に進む。
大量の魔物が所狭しと並んでいるせいで、直進するだけでも一苦労だ。
時折、白い剣を大きくして周囲を薙ぎ払った。
ただそれも、前に進む速度が多少上がる程度で、薙ぎ払った後の魔物が邪魔になって思うように前に進めない。
こうしている間にも、嫌な予感のようなものがどんどんと膨れ上がっていっている。
魔力は、ひとつの場所へと集うように動いている事だけがわかる……まだ遠い!
「意思統一がされているわけではないみたいだけど、んっ! どいてっ!」
魔物達は意図的に俺の進行を邪魔する、というよりは突撃してきた俺に驚きつつも、とにかく近場の人間というか敵と見なした相手に襲い掛かる、といった風だ。
足止めをしようとしているわけではないため、荒っぽく力任せに抜ければいいだけなんだけど、いかんせん数が多すぎる。
レッタさんはできるだけ早く、と言っていたから少しの猶予もなさそうだし……。
「っと! よし、こっちのほうが少しは楽に進めるかなっ!」
ここにいる魔物の中で一番の巨体はオルトスだけど、四足歩行のため一番身長が高いという意味で大きいのはオーガになる。
三メートルくらいの、平均的なオーガよりもさらに大きめのオーガの上に飛んで、頭を踏み台にして大きくジャンプ。
邪魔な魔物を倒しながら進むより、スルーした方が楽だよね……っと。
ただこれ、着地する瞬間に少し無防備になるのがちょっと怖い。
「つぅ……!」
幅跳びの要領で距離を稼いで魔物めがけて着地した瞬間、ガルグイユかまた別の魔物か、とにかく俺めがけて石の礫が飛んでくる。
魔物に挟まれ、自由に動ける場所を確保していないため、避ける事もできず受けて耐え……ようとした瞬間、他の魔物をなぎ倒しながらオルトスが噛み付いてきた!
連携なのか偶然なのかはわからないけど、石の礫が俺の右腕に着弾した次の瞬間にはオルトスの一方の顔がその場所へと噛み付かれる。
さすがに、連続攻撃のようにされれば魔力がある程度充実していたとしても、多少は痛いし怪我もするのも仕方ない。
オルトスの牙が服の袖を貫き、肌に食い込む鋭い感覚がわかった――。
突き進むのを優先していれば、リクでも多少の被害を受ける確率は上がるようです。
別作品も連載投稿しております。
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