クラン所属冒険者の精鋭たち
溜め息を吐きたくなるような、ハンレットとヴィータのやり取りと共に発した魔法は、ハンレットから放たれた十を越える氷の礫、ラウリアを追い越してオーク周辺の魔物へと殺到するそれを、さらにヴィータの魔法で勢いを増す。
目で捉えるのもやっとな速度になった礫は、魔物へと次々に着弾、少しは怯ませたようだ。
とはいえ、さすがにこれだけで一体でも仕留めるなんて事はできない……牽制で放った魔法で、数体の魔物を仕留めるなんてマスターくらいなものだ、俺は間近で見た事があるが。
「あ、ちょっと! 一番剣は私なのに! もー!」
自分より先に魔法が魔物へ到達したからか、文句を言うラウリア。
こっちを振り向かず、今は倒すべき魔物に集中してくれ……これが、「華麗なる一輪の花」パーティが依頼に失敗する事がある理由なのかもしれないが。
「一番剣ってなんだよ! 足が遅いのが悪いんじゃないのか!?」
「ハンレット、いがみ合うな! ヴィータと共に牽制を続けるんだ! ラウリアは、目の前の敵に集中しろ!」
「へいへい、っと……やるぞヴィータ! 遅れるなよ!」
「言わなくてもわかってるわよ!」
「はぁ……トレジウス、アンリ、エーベル、行くぞ! ラウリアの後に切り込む!」
「了解よー! 大変ね、まとめ役はぁ。私は気楽でいいけど!」
「おっしゃー!」
「はいはーい」
「変わって欲しいくらいだ……!」
オークへ斬りかかったラウリア、その後を援護のために追いかけるフラムの横をすり抜け、ガントレットに剣を取り付けた手甲剣とやらを付けたエーベル、双剣を構えるトレジウス、さらに巨大な斧を携えたアンリと共に魔物へ突撃する。
俺の得物は、筋肉と拳……そしてナックルダスターだ。
とげ付きのそれを敵に刺し、叩き潰すための武器。
調子近距離での戦闘は、リスクが高いが筋肉がそれを可能にする!
「むぅん! これぞ『むくつけき男達の宴』だぁ!」
「暑苦しいわね、やっぱりっ! ふっ!」
「ほんと、魔物の血が舞い、浴びるのが宴なんて、俺はごめんだね……ふぅっ!」
「豪快ねぇ。私も負けていられないわぁ!」
オークを斬り捨てるラウリアの横を通り過ぎ、そのラウリアを狙っていたオルトス、フラムが巻き付けた鞭で動きを止めていたのを目掛け、拳を駆けこむ勢いと共に叩きつける!
双頭のオルトス、その片方の顔が筋肉による打撃で潰れて血しぶきを撒き散らした。
直後、トレジウスが双剣で二つの前足を斬り落とし、エーベルの手甲剣がオルトスの腹に深々と突き刺さる。
止めとばかりに、少し遅れて到着したアンリが大柄な俺にも負けない巨大な斧を振るい、オルトスの巨体が真っ二つになった。
……アンリはクラン創設より前からマスターの知り合いだったらしいが――「リリーフラワー」とかいうパーティの一人だったか――巨大な斧を軽々振るって魔物をぶった切り、舞う血しぶきを浴びている姿は壮絶の一言だ。
俺達のパーティ名に通じる何かを感じるな、筋肉はあまりなさそうなんだが。
斧以外は、おっとりした美女なのだが……それがさらに血を浴びて壮絶さを増していた。
ちなみに俺達のパーティ名である「むくつけき男達の宴」、それは筋肉を鍛え、筋肉によって魔物を屠るをモットーにしたパーティなのだが、トレジウスは少し間違っている。
筋肉が舞う宴がパーティ名の由来なのであって、魔物の血しぶきが舞い、浴びるのは筋肉を使った結果でしかないのだ。
筋肉を十全に使った戦いをする以上、超至近距離での戦闘になるのは当然で、潰した魔物の血を浴びてしまうのはいかんともしがたいため、トレジウスのように勘違いをする者が後を絶たないのだが。
しかし、悠長に訂正している状況でもないので、後でクラン員にだけは正しておこうと心の中で決意した。
筋肉による説得をすれば、皆すぐに理解し納得してくれるだろう。
「ロルフ、ホーエン!」
「あいあい、っと!」
「わかってる!」
突撃した俺達の横を抜けて、三体のアダンラダがオルトスの動きを止めていたフラムへと向かった。
別種の魔物同士が連携する事はほぼないと言っていいはずだが、一つの大群となっている魔物達であればそうする事もある、というのはセンテですでに経験している。
すぐにフラムの援護をしている槍使いの二人に呼びかけるが、二人共アダンラダを既に捕捉していたらしく、槍を巧みに使って迎撃に成功。
危なげない動きはさすがだ。
サブマスターで、クラン創設者の一人でるモニカ殿は、魔法と槍を同時に、そして巧みに扱うが、槍のみであればロルフとホーエンの方が上手いかもしれない。
まぁ、そのサブマスター殿も、Aランク冒険者二人を相手にするという、尋常ではない訓練をしているのでメキメキと上達しているようだが。
「げ、アラクネ……! あいつ嫌いなのよね、ネバネバした糸で剣をからめとって来るし」
「文句を言っても、倒さねばならない事実は変わらんぞ!」
「わかってるわよ!」
いくつかの魔物を倒し、さすがに魔物達の方も俺達へと向かい始めた事、アラクネ数体がこちらに向かうのが見えた。
ラウリアは露骨に顔をしかめるが、アラクネにいい思いを抱くような冒険者はほぼいないだろう。
特に近距離戦を得意とする者が、一度でもアラクネと戦闘すればよく分かるはずだが、奴らが口から、もしくは尻から出す糸は蜘蛛の糸。
口からはネバネバとした横糸と同質の物で、尻から出すのは強靭な縦糸だ。
ネバネバした糸で武器や体を絡め取り、強靭な糸で縛る厄介な魔物。
上位のアルケニーのように、全ての足が鎌のようになっているわけではないが、八本の脚による機動力と、人型の半身に付いている人のような腕は脅威だ。
「気を付けろ、奴らは視野が広い! 後ろに回っても油断するなよ!」
「わかってるって! ここにいる奴らの中で、アラクネと戦った事がない、またはその注意点などを知らないやつはいないぜ!」
「えぇ、そうね! 特に私達にとっては天敵に近いし、魔物に対して無知ではここまで生き延びていないしね!」
俺も含めて、クランに参加した冒険者のほとんどがベテランと言っていい。
長ければ十年以上冒険者をやっているのもいるが、それだけ高ランクを維持して生き延びるためには、実力や運以外にも、魔物に対する知識なども欠かせない。
魔物の行動や特性、弱点などを知らなければ、強力な魔物と戦う可能性のある高ランクで、活動は続けられないからだ。
その点、ベテランが多いクラン員達はアラクネに対しての情報もある程度持っているため、頼もしい。
さらにクラン員の中でも、マスターが直接声をかけた一部の冒険者を除き、冒険者ギルドによって選考されたメンバ―全員にはもう一つ条件があった。
秘匿されているわけではないが、人を殺した事があるかどうかだ。
今こうして魔物と戦っているのとはあまり関係がないが、いずれ国同士の戦争に参加するためのクランである事から、多かれ少なかれ、そして故意にしろなんにせよ人を殺した事がある者だけが参加できるというものだった。
もちろん、犯罪などに加担したためとかではなく、悪人、特に野盗などを捕縛もしくは討伐する依頼を受けての事であって、単純に殺人者であれば良いというわけではないのだが。
主なクランの目的は、今回のように魔物を使ってきた際に対抗するためではあるのだが、帝国側の冒険者崩れなども相手にするためだろうというのは、ある程度話を聞いてわかった。
それに戦争だ……本来は人同士の争いなのだから、人を殺める事だってあるだろうしな。
なんにせよ、マスターと冒険者ギルドに選定されたクラン員達は皆、生半可な覚悟じゃないってわけだ。
だからって、アラクネが簡単に倒せるわけじゃないが……!
「くっ、かったい!」
「足止めくらいならできるが、俺やラウリア、それにエーベルは相性が悪すぎる!」
アラクネはアルケニー程ではないが、人間のような形をしている半身も含めて、全身が硬い。
これで、人間に似た半身を持つのは、人間へ進化をしている途中だという研究結果も出ているようだが、どうも信じられない。
ラウリアやトレジウス、そしてエーベルの剣を弾き返す程の硬さで、その際に出る音や感触、そして光沢すらも金属質なのだ。
人間とは程遠い。
「虫ごときがぁ!」
「……エーベル、素が出ているぞ……むん!」
そんなアラクネだが、斬撃には強くとも打撃にはあまり強くない……いや、弱くもないのだが、鍛えた筋肉であれば折る事くらいはできる。
足を斬る事はできなくとも、折る事ができれば動きを鈍らせられるのだ。
「糸に気を付けつつ散開! 仕留めるよりも、足止めに集中しろ!」
「私の剣で斬れないなんて……だからアラクネは嫌いよ!」
「剣で斬れない魔物なんて、他にもいるだろうに。まぁ、生理的に受け付けないってのならなんとなくわかるが」
「私はその口よ。あの足がいっぱいあるの、いつ見ても受け付けないわ」
無駄口を叩きつつも、数体のアラクネから吐き出される糸を躱し、八本の足の内、前身の尖った足で突き刺そうと、さらに人間のような腕で捕まえようとする攻撃を掻い潜るラウリア達。
俺だけは、筋肉による打撃で一体に集中せず、隙を見せたアラクネの足を折っていく。
ナックルダスターに付いている棘は本来、突き刺すための物ではあるが、硬い相手にはただの打撃として機能する。
それもこれも、筋肉を鍛えているおかげだ……!
「ぬぅん!」
「……力任せに斬るってのもあるのねー。あれをやったら、剣がボロボロになりそうだからやらないけど」
「あれができるのは、アンリの姉さんと、フラッドの筋肉組だけだろうさ」
「アンリさんは、筋肉じゃないでしょ? 一部、羨ましいくらい肉付きがいいけど」
あいつら……アラクネの攻撃、さらに他の魔物による攻撃などをさばきながらだが無駄口を叩きおって……。
仕事はしているのだから文句を言う筋合いはないかもしれないが、若干危なっかしい場面があったように見える。
……戦闘が終わったら、マスターに説教をしてもらうか。
あのマスターは、誰かに説教をするタイプじゃないかもしれんが。
「くぅっ……私の鞭じゃ、一体を抑えるので手いっぱいよ!」
後方にもアラクネが行っているため、フラムの嘆きがこちらまで聞こえてくる。
鞭は多様な使い方ができるが、アラクネが相手では剣以上に相性が悪いか。
他の魔物は、ロルフとホーエンがなんとか捌いているが……。
俺の筋肉とアンリの斧が、アラクネを全て砕くまで持ちこたえられそうにはないな。
「ハンレット、ヴィータ、まだか!?」
「もう少しだ! 炎よ、盛り猛る炎よ……! ヴィータ、もっと早くできねぇのか!」
「うるっさいわね! そっちこそ、もっと早く展開しなさいよ! 穿つ炎、貫く炎……!」
フラムよりもさらに後方にいる二人は、言い合いをしながらも呪文を唱えつつ、魔法の準備をしている。
大体の魔法は、魔力の収束展開と変換を一度に済ませ、魔法名のきっかけで発動するらしいが、規模が大きく、使用者が発する核となる魔力や自然の魔力の濃さによって、呪文を詠唱する必要があると聞いた。
魔法が使えない俺にはよくわからないが、不慣れな魔法も似たような事があるらしいが、二人が使おうとしているのは規模が大きい方だ。
左右から同時に迫るアラクネの足を叩き折りつつ、後ろを振り返ると、ハンレットとヴィータの周囲には数十……いや、数百か? 数えきれない程の炎の玉が浮かんでいる。
「う、ぐぅ!」
「ラウリア!」
「任せて!」
油断したわけじゃないだろうが、いつまでもアラクネの攻撃を避け続けられるわけじゃない。
一瞬の隙を突かれて、ラウリアがアラクネの人間のような手に捕まり、首を締め上げられている。
助け出そうとする俺の横を抜けて、アンリが巨大な斧を振るってアラクネの手、というか腕を切り落とした。
「がはっ! けほっ、けほっ!」
「大丈夫ぅ、ラウリアちゃん?」
「う、うん。すぅ、はぁ……助かった、ありがとうアンリさん」
「いえいえ~」
咳き込むラウリアを庇うように、アラクネの攻撃を巨大な斧で捌くアンリ。
口調はのんびりとしていて思わずこちらの力が抜けてしまいそうだが、その斧捌きは苛烈だ。
どうしたらあの巨大な斧を、あれだけの速度で振り回す事ができるのか……俺でも無理そうだが。
いや、もっと筋肉を鍛えればなんとかなるか?
「……よし、準備できたわフラッド!」
「おせぇーよ! 俺はもう準備完了してたんだぞ!」
「うるさいわね! ハンレットのは雑なのよ! 精度を高めて効果をより強くしようとした結果よ!」
恐ろしくも頼りになるアンリ、アラクネの注意を引きつけるトレジウス達、多少危ない場面はあったが、それぞれ掠り傷程度でなんとかしていたが、そろそろ体力的にも限界を感じていた頃、後ろから頼もしい声が届いた。
言い合いをする二人に思わず喧嘩をするなと注意したくなるが、あれはあれでそのやり取りがあった方が調子が出るのだろう。
張り合いみたいなものか、本人達は否定しそうだが。
「言い合いもいいが、さっさとやってくれ! 距離を取るぞ!」
「おう!」
「ようやくね!」
目の前のアラクネの足を一本、置き土産として折りながら他の連中に声をかけて距離を取る。
巻き込まれちゃたまらないからな。
俺の声に応じたトレジウスとラウリアだけでなく、エーベルとアンリも距離を取るのを確認。
それに伴い、フラム、ロルフ、ホーエンも少し後ろに下がった……小規模すぎるが、前線を下げるイメージだな。
「ハンレット、ヴィータ!」
「俺に任せろ!」
「ハンレットだけじゃないわよ!? 私もいるんだから!」
俺が足を折り、アンリが斬って動きが鈍っているアラクネの多くは、距離を取るこちらに追い付けない。
十分な距離を取り、ハンレットとヴィータの魔法がアラクネへと飛んで行く。
「うぉっ!」
「もうちょっと距離を取った方が良かったか?」
「でも、これ以上はハンレットさん達の所まで下がるから、危険よ」
「そうね、他の魔物もいるわけだし」
「魔法はアラクネを狙ったものだからぁ、私達は二人に他の魔物を近付かせないように、ねぇ!」
無数の炎、一つ一つが小さく、簡単に握り潰せそうな火の弾。
アラクネに殺到していくそれらは、周囲に中々の熱気を放つ。
それに少し驚きつつも、他の魔物が近付かないようにハンレットとヴィータを全員で守る陣形。
火の弾は、アラクネに次々とぶち当たって行くが、一つ当たった程度でなんとかなるわけじゃない。
だが、二つ三つと当たったアラクネが怯み、硬いあのアラクネの金属質な皮が燃え、弱くなった場所へとさらに火の弾が当たる。
穴が開き、全身が燃え、悶え苦しむような姿をさらすアラクネに、情け容赦なく次々と火の弾が降り注ぐ。
次々と火の弾に焼かれ、穿たれて動きを鈍くするどころか、みるみるうちに崩れ落ち、動かなくなっていく。
別方向からこちらに向かってくるオーガを受け止め、力比べをしながら、内心でようやくあの気持ち悪さもあるアラクネがいなくなるのだと、内心で安堵していた――。
集団アラクネの対処はなんとかなったようです。
別作品も連載投稿しております。
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