問題発生の獣王国
「その返事が本日来たのだが……芳しくない、いやはっきり言うならこのままでは軍の派遣はできないだろうとの事だ」
「え? そうなんですか……」
「申し訳ありません、リク様! 自信を持って協力してくれる、そう宣言したのにこの体たらく……!」
「あ、いえ……アマリーラさんのせいではないでしょうから。それで、派遣できない理由ってなんなんですか?」
ガバッとリネルトさんと一緒に頭を下げるアマリーラさんだけど、国として国家間の戦争、しかも直接ではなく間接的に、離れた場所への軍の派遣というのは、簡単にできる事じゃないからね。
何かしら理由があるようだし、まぁ断られる事だって考えていなかったわけじゃない。
アマリーラさん達は、むしろ断れるなんてあり得ない……という感じだったけれども。
国としての判断として、友好的であっても断られる事だってないとは言えないはずと俺は思っている。
本人はそれでいいと言っているけど、実際は王女様であるアマリーラさんがこちらの国で傭兵をして、さらに戦争に参加するわけだからね。
それで向こうが怒っている、なんて事も考えられるし。
「獣王国が怒っている、とかですか?」
「いや、そちらは大丈夫そうだ。返答の方も、むしろ頼んでいるこちらが申し訳なく思ってしまう程の謝罪が書かれていた」
「それなら、どうして……?」
「うむ、それがな……獣王国の王都に今、大量の魔物が押し寄せているらしい」
「っ! それって!!」
「まさか!?」
姉さんの言葉に驚いて、思わずモニカさんと一緒に叫ぶ。
大量の魔物が押し寄せる、アテトリア王国で何度か体験した事だ。
その全て、というか俺が関わった物に関しては帝国が仕掛けた事。
獣王国はアテトリア王国から北東……帝国とは逆方面でかなり距離もあるけど、あっちにも仕掛けていたのか?
「リク達も予想したのだろうが、はっきりと帝国が関与しているかどうかはわからない。あちらでは、魔物が大量発生するような事が、これまでにも何度か起こっているようだからな」
「……獣王国では、周期的に魔物が大量発生する事があります。獣人が増えすぎたからや、元々そういう現象の起こる土地だったから、など様々な説が唱えられていますが、まだはっきりとは判明していません」
「という事は、今回もそれと同じ事が?」
「起こった可能性はあります。ただ、リネルトが言ったように周期的に発生するので、備える事ができます。そしてそれは、まだ起こらないはずなのです」
周期的に起こるって事は、数年だろうと数十年だろうと、大体は発生する時期がわかるってわけか。
でも今回はそれとは違う……だったら? と考えたのを察したのか、アマリーラさんが首を振った。
「必ずそうだというわけではないのです。ほとんどが周期的であり、大きくても十日前後のズレがある程度です。ですが、それでも突発的に発生する事もあります」
「つまり、それが帝国の仕掛けた事なのか、突発的に起こったのかはまだわからない、という事ですね」
「はい、そうなります」
大量の魔物だからって、必ずしも帝国が関わっていると断定はできないわけか。
アテトリア王国ではそういった事はないようだから、不自然な程大量の魔物が押し寄せるなんて事、帝国がやったとしか考えられないけども。
「そういう事情もあり、獣王国からの援軍は期待できなくなった、という事ですな」
宰相さんがそう言う。
「魔物が押し寄せている状況ですし、仕方ないですね」
原因がなんであれ、援軍が来ないのは残念だ。
ん、待てよ……? いつ開戦かはまだはっきりしてないけど、ハーロルトさんの報告によればもう少し余裕があったはず。
「……魔物の数とか、詳しい状況とかはわかっているんでしょうか?」
「ふむ、そうだな……」
ちらりと宰相さんを見る姉さん。
「あちらからの返答と合わせた状況報告によりますと、魔物の数は数万との事です。魔物の詳細などは全てわかっているわけではないようですが、向こうの調べによると強力な魔物はほとんどいないとの事ですな。獣王国の王都ですので、被害はあれど壊滅するような事はないでしょう。獣王国の戦士は数こそ多いとは言えませんが、一人一人が精強ですし、あちらにも冒険者はおりますので……」
「えぇ。獣王国が抱える獣王直下の戦士団、さらに他にも戦える獣人が集まる戦士団が複数あります。それに、周期的に大量の魔物が発生する事への日頃の備えもあります。王都であれば内部へ入り込まれるという事もないと考えます」
宰相さんの言葉を継いで、頷きながらそう話すアマリーラさん。
聞いてみると、獣王国の戦士団、特に獣王直下の戦士団という、まぁ騎士団とか近衛兵に当たる人達は周辺国にまでその精強さが轟くほどらしい。
規模としてはアテトリア王国の一つの騎士団の半分も人数はいないようではあるけど、戦士団の一人につき人間の兵士百人の戦力という換算と言われているとか。
リネルトさんは近衛戦士団で所属が違うけど似たようなものとからしいけど、とにかくそのリネルトさんの実力に近い人がほとんどって事みたいだ。
その他にも戦える獣人をまとめた戦士団などがいくつかあるらしく、さらに言えば有事には他国に出て傭兵をしている獣人も呼び戻す事もあるそうで、数万とはいえ強力な魔物があまりいないのであれば、対処は可能と。
大量の魔物が押し寄せて来るのはこれが初めてじゃないから、獣王国の王都を含めた大きな街は、それに対して堅牢で守りやすい造りになっているとらしいし、なんとでもなるって事みたいだね。
さらに言えば、強力な魔物が少なく数が多いだけというのも、これまでと状況は似ているらしく、何度も撃退している実績もあると。
ただまぁ、魔物を殲滅した後にアテトリア王国に兵士を派遣というのは、さすがに時間的にも兵士さん達の体力的にも厳しいからこちらに来れないだろう……。
数万の魔物を相手にした直後に、長距離の移動、さらに国家間の戦争となればどれだけ精強な戦士であっても疲弊するのは当然だし、戦力としては低下してしまうだろうからね。
「……」
「リクには、何か考えがあるのか?」
押し黙って考え込んでいる俺に何か察したのか、水を向ける姉さん。
「無理にこちらへ軍の派遣を求めるわけではありませんけど、日数に余裕を持たせる事はできるかなって。あと、被害を減らして早期解決すれば、もしかしたら協力してくれるかもって期待もあります」
まだ少し余裕があるだろう状況だし、魔物の殲滅を早めればそれだけ被害は減るし、獣人の兵士さん達も疲れを少なくさせられる。
間に合うようであれば、こちらに援軍を派遣してくれる可能性は上がるんじゃないかな。
「もちろん、どうしても派遣してもらうよう強制とか、迫るつもりはありませんけど……」
「まぁ、元々は我が国だけで帝国との戦争をするつもりだからな。成る程、そういう事か。だが、そうなれば強制と変わらない気がするが」
俺が何を考えているのか、はっきりと理解したらしい姉さんだけど、そうなんだよね……戦う力に限ったわけじゃないけど、強さを重視する獣王国。
アマリーラさん達の俺に対する反応を見ていると、多分俺が考えている事を実行したら、こちらが望む望まないに関わらず、無理にでもなんとかしようとしそうではある。
でもそれでも……。
「アマリーラさん、リネルトさん。俺がこういうのもなんですけど、やっぱり心配……ですよね?」
改めて聞かなくても、二人の表情を見ればわかっている事ではある。
俺が聞けばそれを抑えてでも問題ない、といいそうではあるけど……少し目に力を込めて、嘘やごまかしはないように、という思いを込めて二人に問いかけた。
「……獣王国、その王都が壊滅するなどという事は起こらない、というのは自信を持って断言できます。ですが……」
「やっぱり、被害がないというわけにはいきませんのでぇ、そこは心配ですねぇ。同胞の危機、とまでは言いませんけどぉ」
「ですよね」
一瞬、強がろうとしたアマリーラさんが、俺の視線を受けて観念したのか正直に答えてくれた。
リネルトさんも言っているように、被害をゼロで済ませる事ができない以上、死傷者は出てしまうだろうからね。
祖国だし、獣人さん達は国を出ている人であっても愛国心が強いようだし、同じ獣人に何かしらの被害が出るというのは、当然心配になってしまうだろう。
距離も離れているし、すぐに情報のやり取りができないからなおさらね。
もちろん、援軍に来てもらっていたとしても、帝国との戦争である程度被害が出るだろうから、結局どっちもどっちではあるんだけどね。
「……よし、決めました。いえ、もちろん他の人にも相談する必要はありますし、俺一人で決める事ではないかもしれませんけど」
俺なら、というよりエルサに頼めば獣王国まで急げば一日かからず到着できる。
ワイバーンだともっとかかるだろうけど、エルサ単独ならすぐだ。
アテトリア王国の王都から北の国境まで、最速で一時間もかからないくらいだしね。
……まぁ、ここ数日はエルサがミスリルの矢などを作って魔力を使っているし、以前全力で飛んだ時ほどの速度は出ないと思うけど。
「俺とエルサ……だけでなく、ちょっと協力者を募って、獣王国へ救援に行かせて下さい」
「リクらしいな。リクの行動には私の許可がいるわけではないが……いや、他国も絡む事だからな、一応こちらも許可を出しているという方が都合が良いか」
「も? というのは?」
「冒険者としてであれば、基本的に他国に行くために国の許可は必要ないからな。だがまぁ、こちらから援軍要請を先に出しているし、リクは戦争に参加すると宣言している。獣王国との関係を考えれば、我の許可もあった方がな」
「成る程」
俺の考えをすぐに理解してくれた姉さんが、頷く。
それから、リク様の手を煩わせるなんて! みたいな事をアマリーラさん達が言っていたのを説得。
俺が獣王国への救援に向かう事が決定した。
まぁ一応、この後他の皆にも話しておかないといけないけど……今一緒にいるモニカさんは、仕方ないみたいな表情だし大丈夫っぽいけど。
「それでリク、協力者というのは?」
「クランの冒険者さん達です。魔物が相手ですが、獣王国の戦士団を見る機会にもなりますし、依頼をこなす以上に何かの糧になるんじゃないかと。あと、俺一人よりは魔物掃討も早くなるでしょうし」
魔法が使えれば一人でもなんとかできるんだけど……主に、センテの時みたいにフレイちゃんなどの、精霊召喚、でいいのかな? をすればなんとでもなるだろうし。
ただそれができないから、クランの冒険者さん達も幾人か連れて行って、少しでも早く掃討できるように、さらに経験も積んでもらおうってわけだ。
……経験という意味では、俺が一番少ないけどね。
クランに参加してくれているのは皆、地道に活動してきた人達ばかりだし。
「わかった。我が国としてはこちらに集中して欲しいとは思うが、友好国の事でもあるしな。だができれば、早めに戻ってきて欲しいのだが……」
「さすがに、センテみたいな事はないはずですし、頃合いを見て戻って来ます」
魔物の数にもよるけど、殲滅できなくても戻ってくるつもりではある。
ロジーナと戦った時みたいに、通常とは違う空間に囚われてみたいな事はないだろうしね。
アマリーラさんやリネルトさんからは、助力しなくてもなんとかできるだろうという言葉ももらっているし、そこは交渉して時間がかかり過ぎるようなら離脱できるようにお願いするつもりだ。
それなら中途半端に行かなくても、とは思うけど……まぁ俺の自己満足みたいなのも入っていて、そこは目をつむってもらおうと思う。
「ならば、我からは何も言うまい。リクが協力してくれているのは、こちらとしては好意に甘えている事でもある。冒険者であるからその考えに反対し、押しとどめておく事はできないからな。ふむ……」
了承するように頷く姉さんだけど、何を思ったのか口に手を当てて考える仕草。
「リクはエルサに乗って行くのだな?」
「そうですね、急いでの移動になるので。移動速度を考えたらエルサに乗るのが一番ですし、ワイバーン達も連れて行かないように考えています」
馬とかだと、日数がかかり過ぎるしね。
リーバー達を連れて行ってもいいんだけど、とにかく迅速に動くならエルサ単独で移動する方がいい。
早ければ早い程、獣王国の被害は減らせるだろうし、戻って来るのも早くなる可能性が高いわけだから。
「先程、冒険者達の経験と言っていたが、それだけでなくだな――」
姉さんの考えを聞き、納得。
間に合うように戻って来る事前提で、冒険者さん達以外にも経験を積ませると共に、試験的にではあるけどセンテでの戦いの一部を再現、戦略として組み込めるかを試そう、という事らしい。
「成る程、それはいい考えかもしれません。まぁ、エルサに頼む増えてしまうでしょうけど」
「センテでは、ヒュドラーを押し留めるのに一躍買っていた、というのは間違いありません」
エルサは多少文句を言うかもしれないけど、ご褒美のキューをあげれば了承してくれるだろう。
魔力の方も、俺が補充しているから問題ないだろうしね。
モニカさんも保証するように頷いているのは、別で戦っていたから直接見ていないだろうけど、全体の状況とかはその後に聞いていたはずだから。
「報告は聞いていたからな。少し前にリクから提案された事の実践でもある。この機会に、というのは獣王国に対して悪いが……」
「いえ、構いません。リク様に協力してもらう、それだけで光栄な事ですから」
「アマリエーレ殿がそう言うのであれば、こちらとしてもやりやすい」
そう言って、姉さんが宰相さんに目配せする。
「畏まりました。すぐに選定して動けるように伝えましょう」
「うむ。少数にはなるが、その後の共有も含めてある程度の者を」
「はい」
姉さんや俺に一礼して、執務室を出て行く宰相さん。
提案の内容は、王国軍の兵士の一部を俺に貸してくれるというもの。
センテでの戦いと、エルサが作っているミスリルの矢、例の遠距離攻撃を試そうというわけだ。
獣王国がどのように戦っているかにもよるかもしれないけど、大量の魔物が押し寄せているという事から、遠慮なく試せるうえに経験も積ませられるという考えだね。
大きくなってもらったエルサならそれなりの人数が乗れるから、ついでに少数の兵士さんも乗せて運び、それらを試してみようと。
「他には――」
「でしたら――」
その他、諸々の話をして細かい部分を詰めて行く。
兵士さん達を連れて行くだけでなく、向こうに行った際の獣王国の人達との事などだな。
アマリーラさんがいるとはいえ、いきなり行って受け入れてもらえるわけじゃないからね。
そのための親書や、向こうでまずしなければいけない事なども、アマリーラさん達を交えて決めていった。
あと、俺やエルサが獣王国へ行った後の、王都城下町に潜伏している帝国工作拠点に関する対処なども話しておく。
結界がないと、もし爆発する人を見つけた際に危険だからね。
それに関しては、フィリーナ達に協力してもらう要請をする事になった。
咄嗟に周囲に被害をもたらさないよう爆発を封じ込めるのは難しいけど、大きな危険や被害を出さないようにするくらいはできるだろうからね――。
リクがいない間のあれこれも、話し合って決めておかないといけません。
別作品も連載投稿しております。
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