クランのあれこれ話し合い
「えっと、このままだと、訓練をしてくれる人がいなくなったりしますかね?」
「まったくのゼロになる事はないと思います。クラン員はほぼ経験豊富な冒険者。戦争は未経験でも、生き残るために必要な事というのはわかっているでしょう。ただ、数はかなり少なくなりかねないかと……」
「できれば、手すきの人には訓練をしていて欲しいんですけどね……もちろん、無理はしないでほしいし、厳しすぎる訓練で怪我をしたりしたら元も子もありませんが」
うーむ、これは何かしないといけないかな……? 皆が訓練に参加したくなるよう何か……。
パッと思いつかないけど、とりあえずやり過ぎないようにエアラハールさんやアマリーラさん、リネルトさんには言っておこうと思う。
「リク様、お話し中に申し訳ありません。カールラさんの事、と言いますか食事についてのご相談なのですが」
「ナラテリアさん、食事の相談というのは?」
うんうんうなりながら、書類の確認と各パーティやソロの人の編入、訓練をどうするかとかを話し合いつつ考えていると、モニカさんと仕事をしていたナラテリアさんから声をかけられた。
「クラン内で食事を希望する人数が想定以上となりそうです。つきましては、クランで出す食事の予算が足りなくなりそうなのです」
「カールラさんの作った料理が評判良さそうだから、ですね。えーっと……」
食事に関しては、先程全員を集めて話をした後に昼食を振る舞った、というかカールラさんが幾人かの料理人さんと一緒に作ってくれたわけだが。
それが特に評判良く、元々希望者にはクランから食事を提供するし、そのための食堂は用意されているんだけど、求める人が多い事からの問題発生か。
初日から前途多難な気がするけど……ちなみに、毎食の想定人数は総クラン員数に対して、半分から七割程度だ。
今日はともかく、普段は依頼などでクランとは別の場所で食事をする人も多くいるだろうからだけど……。
「とりあえず、現状での希望者は?」
「大体ですが、毎食後とにクラン員の九割程度になっています。とにかく、皆が皆食べられるときはクランの中で食べようとしているみたいで」
「九割も、ですか……」
一応、無料ではなく代金は取るようにしているけど……それにしたって多い。
まぁ外のお店で食べるよりは割安だし、クランの関係者のみで前もって言っておくようにはしてあるけど。
しかも、残り一割はクランで食べないというわけではなく、例えば昼食時は用などがあって食べに戻れない人はまた別の、夕食の時に希望を出すなどをしていて、クラン員全員が一日か二日で最低一度は食べたいという希望が出されているらしい。
こうなると、カールラさん達料理をする人達も大変だけど、予算の方も考えなければいけない。
「とりあえず、差し当っては俺の私財と言うか、クランの運営費に充てている資金から出すようにします。ニルヌカニアさん、ナラテリアさん、手続きの方をお願いします」
「畏まりました」
「はい」
俺の私財、つまりこれまでの依頼報酬や褒賞などの大半は、冒険者ギルドに預けてある。
量が量なので、全て持ち歩けるわけがないし、保管するにしても問題があるからね。
だから、必要な時は引き出せるようにギルドから出向している四人の内から一人と、こちらで雇ったクラン専属のナラテリアさんかカヤさん、それからモニカさんの中から一人。
それぞれに確認と手続きをしてもらう事で、俺本人が動かなくても引き出して資金として使えるようにしてある。
最低二人、クランとギルドの一人ずつがいないとできないようにという特別な確認体勢もある事だしね。
まぁ、ヘルサルにいるサブギルドマスターのエレノールさんは、またそれとは別でモフモフ製品開発のために資金提供しているけど。
ちなみに、クランの運営資金や製品開発費を出しても、さらにエルサやユノ達にお小遣いを上げても、預けてあるお金が減った気がしないのはもう気にしないようにした。
マティルデさんからは、大きな街一つを買うつもりか? なんて言われたけど……それも気にしない。
貯め込みたくて貯めているわけじゃないんだけどなぁ。
「とりあえずの予算はそれで。ある程度は、料理提供をしたと際の代金を受け取った後なら、どうにか続けられると思います」
「少しくらいの値上げをするのも、考えた方がよろしいかと。料理の味だけでなく、料金が低いのも希望者が多い要因だと思われますので。まぁリク様のお考えからは、希望者が多いのは良い事ではあるのでしょうが」
「そうですね……希望者を減らしたいわけではありませんが、できればいずれ食堂は食堂で、独自の採算でやって行けるようになれたら、理想的ですかね。ただ、今更値上げして文句が出ないかが心配です。最初の値段設定が間違えていたわけですけど……原価を回収できればの考えでしたし」
元は、料理に使う食材の費用を回収するだけで、利益とか考えていなかったからね。
ただ希望者が想定より多いとなると、むしろ独自の採算で運営できるようならそうした方がいいとも思う。
その方が、カールラさん達も自由な料理ができてバリエーションが豊かになりそうだし。
ただ値上げとなると、利用者からクレームが来るんじゃないかという心配が当然ある。
やっぱり、安いと思っていたのに急に値上がりしたら、不満というか損した気分になるからね。
「現在が他の店と比べてかなり安いので、ほぼ文句らしいものは出ないかと思われます。むしろ、一部では安い事に不安がる声もあるみたいですから。質と量が担保されているのです、多少値上げをしても他よりは安く済ませられますし、それで独自の採算に達する事ができるでしょう」
「それならいいんですけど……」
まぁ、クレームが出そうにない見込みなら、多少値上げしても良さそうかな。
タイミングとか、どれだけ値上げするかとかは検討の余地はあるだろうけど。
そうしてしばらく、皆と協力しながら書類を片付けていった。
基本的には確認の作業が多く、一応許可したりなどもあったし、予算関係などで考える事もあったけど、ナラテリアさんとカヤさんだけでなく、冒険者ギルドから出向している四人も優秀なようで、事務作業は任せられそうだった。
「最後になりますが、現在冒険者ギルドで請け負っている依頼の中で、クラン員に仲介しても良さそうなものを選別しました」
「選別という割には、結構多いですね……」
バサッと、紙の束……辞典くらいの分厚さがある束が、俺の机に置かれる。
依頼はギルドが仲介して冒険者に受けてもらうシステムだけど、さらにその間にクランが入り、ちょうど良さそうなパーティなどに斡旋されるわけだね。
報酬としてはクランにも仲介料が入るため、単純に冒険者ギルドから直接依頼を受けるより、冒険者さんが受け取る額などは少なくなるが、クランに所属しているという信頼によって受けられる以来の幅を広げる事ができる。
あと、クランに所属する他の冒険者からの情報や協力、直接参加しての協力も含めて、依頼自体が達成しやすいため、確実にこなせるという利点がある。
さらに言えば、クラン員同士での繋がりや協力も得られる見込みのため、報酬の高い依頼や難しい依頼なども含まれ、これまでは受けられそうになかった依頼や、ランクの高い依頼なども受けられる。
まぁ何かに所属するのを嫌うとか、少しでも自分達がこなした依頼の報酬を減らしたくない、とかでない限りはメリットの方が強い……らしい。
食堂利用も、自分達で用意したり街のお店で食べるよりも安く済むし、武具店や魔法具商店との提携に近いのもあったりで、色々融通が利くしね。
俺のクランは急いでいた事もあって、色々不十分な事もあるけど、でも武具店や魔法具商店などは協力したいと申し出てくれているようだ。
提携すると、武具の整備だけでなく提供もあったりと、かなり冒険者にとっても嬉しい状況になる。
冒険者さん達が一番苦労するのは、やっぱり武具の整備や魔法具などの準備、それにかかる費用などだから、そこが多少なりとも節約できるのは大きい。
そちらはとりあえず、事務員さん達に任せている案件だ。
商品の質は当然見ないといけないけど、良くない商売に繋げようとしている商店もあるようで、まずはそれをふるいにかける事かららしいからね。
まぁ何はともあれ、完全な自由を欲するとかではない限り、ある程度管理もされるクランに所属するのは利点が多いってわけだ。
なんて考えながら、机に置かれた依頼の案件を見て行くけど……。
「……意外と、街の中でこなすような依頼が多いんですね。行列の整備とか、ごみ拾いとか。ドブさらいなんてのもあります」
「はい。リク様は冒険者登録当初から有望であり、さらに高いランクと実力で魔物討伐などをこなしておられていましたが、中にはそういった安全な依頼も多くあります。要は、街や村の便利屋と言ったところでしょうか。これも、この国での特徴の一つなのですが、冒険者の活動が広く受け入れられている証でもあります」
「まぁ、受け入れられず、信頼できない相手に街の中の細かな事を任せたりはしないですよね。まぁ一応、俺も薬草採取の依頼とか、最初の方は安全な依頼もやっていましたけど」
もはや懐かしいくらいだけどね。
とはいえ、薬草採取だって街の外に出るわけで、魔物がいてもおかしくない場所に踏み入れたりもするので、街の中でやる事よりも安全とは言えない。
それに、街の中での依頼とはいっても、治安維持に近いような依頼もあるようなので、絶対に安全とも言い切れないか。
クランが王都にあるので、基本的に回って来る依頼は王都周辺での依頼ばかりだけど、その王都城下町で兵士さんと協力して見回りだとか、犯罪者の捜索、または捕縛なんてのもあった。
これは、民間人が依頼を出すのではなく国からだろうけど、こういう依頼を見る限り、ちゃんと国と冒険者ギルドが協力関係を築いているんだと実感できる。
街の外にいる魔物をとかならともかく、そういった依頼は今まで受けた事がないので、ちょっと新鮮に見えた。
俺がギルド支部とかで受け付けの人に依頼を聞いても、強力な魔物の討伐以来くらいしか紹介されないしなぁ。
希望すれば、もしかしたら受けさせてもらえるのかもしれないけど。
「そういう事です。そして、安全な依頼をこなす事で着実に実績を積む事もできます。そうしてランクを上げる冒険者というのもいますね」
「それは堅実でいいですね。危険がない分、生存はあまり考えなくていいでしょうし」
「ですが、実力という意味ではあまり評価されませんので、一定のランク以上には上がれません。魔物を倒す依頼をこなし、実績と共に実力も示さないとBランク以上にはなれないのが現状です」
つまり、Cランクまでは安全に上がれるのか。
とはいえ堅実だからといっても、それでCランクに上がってそこから急に魔物討伐の依頼を受けようとしても、実力と経験が伴わずに危険という場合もあるから、考えようとやり方次第か。
やっぱり、冒険者としての華というわけじゃないけど、ランクが高いのは実力も確かという事で、強い魔物を倒してなんぼ――みたいな部分もあるのかもしれない。
「クランには、それだけで活動してきた冒険者はいませんが、場合によって今は街内での活動をしたいなどの事がありますので、そういった依頼も混ざっております。その……私が言うのもなんですが、女性だけのパーティとかだと、一定期間激しく動けない状況というのもありますから」
そう言って、少し恥ずかしそうに俺から目を逸らすのは、ここまで色々と説明してくれたニルヌカニアさん。
女性で一定期間動けない……? と一瞬だけよくわからなかったけど、なんとなく話を聞いていた他の人達の様子や、部屋に流れる微妙に恥ずかしいような雰囲気で察した。
あぁ、まぁ、女性はね、仕方ないよね……重い人とかは本当に動けなくなるらしいし、貧血にもなりやすいみたいだし。
俺は詳しくないし、というかそういう事に詳しいまだ二十にもならない男っていうのも微妙だしで、どうしたらいいかわからないけど。
ただ、変に口に出す事はしないよう気を付けた。
うぅむ、クランマスターになると、そういった事も考えないといけないのか……中々難しいね。
「えぇっと……そう言った人は、ナラテリアさん、カヤさんが中心となって、ニルヌカニアさんとカレリーさんも協力して、女性の冒険者に聞き取りを。動けない状態になっているのに、危険な魔物討伐の依頼を受けたりはしないようにして下さい」
「畏まりました」
微妙な雰囲気と空気の中、とりあえず無理だけはさせないようにと方針を固める。
その空気を変えるため、とにかくこれまでに受け取ったパーティの実績や相性表の書類と示し合わせ、いくつかの組み合わせと依頼を任せてみる提案をしておく。
クラン員は一応、依頼を断る権利はあるから強制ではないけど、できるだけ皆で合いそうな依頼を選んだから、断らずに受けて欲しいなぁ。
なんて考えつつ、とりあえず差し当たってのクランとしての活動、というかしばらくは通常の他のクランと同じく依頼を斡旋する方向へと進めた――。
「これは中々……派手にやっているなぁ」
「立っているのは一部だけみたいね」
諸々の書類仕事をある程度片付け、注意というか様子見に訓練場へ入る。
中では、訓練した人達の熱気だろうか、他とは違うムワッとするような空気の中で、ほとんどの人が壁近くでへたり込む、または倒れ込んでいた。
……一応、倒れ込んでいる人達には、大きな怪我をしている人はいなさそうなので一安心。
まぁ、擦り傷とか小さな怪我はしているようで、こちらも冒険者ギルドから出向してきてくれているクラン職員とも言える人が、手当てをするために奔走しているみたいだけど。
「あ、リクが来たの!」
「ようやくね。未熟者達ばかりで退屈していたのよ」
「はぁ……ロジーナ様が冒険者をなぎ倒す光景、目に焼き付けられて幸運です……」
俺が訓練場に入って来たのを、ユノとロジーナに見つかる。
レッタさんは、俺に視線を向けることなくただただ恍惚とした表情で、ロジーナを崇めていた……いつもの事か。
というか、ユノもロジーナもここにいて、訓練に参加していたのか。
この場の惨状を見るに、アマリーラさん達だけでなくユノ達もかなり派手にやっちゃったみたいだけど。
「……ちょっと、やりすぎな気がしますけど……今日は実力を見るだけとか、言っていませんでしたっけ?」
ほとんどの人が床に倒れ込んでいる、まぁ座っている人もいるけど、立てないような状態にまでなるのはどうなのかと思いながら、エアラハールさんに声をかける。
パッと見では酷い怪我をしているようないなさそうだし、意識がない人とかもいないみたいだけど、うめき声を上げているような人もいるみたいだしなぁ。
訓練場に行く時、エアラハールさん達からはクラン員としての冒険者さん達、その実力を確かめる程度で、それから訓練内容などを検討する……みたいな話をしていたのに――。
初日から訓練はかなり厳しく行われていたようです。
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