帝国からの帰還者
「まぁ冤罪とまでは言わなくとも、そこまで酷い罪を犯したわけじゃないのもいるようだけれどね。例えば、酔って帝国の文句を言ったとか。これは、行き過ぎれば国家侮辱罪に当たるかもしれないし、反逆の意思と取られる可能性もあるだろうけど……特に帝国ではね。ただこちら側から見るとほぼ冤罪とも言える例だったわ」
まぁ、ある程度自由な発言、それもお酒に酔っての事なら罪に問えないよなぁと、国民の自由や人権が認められている日本で生まれ育った俺は思う。
とはいえ、貴族社会や王制が当然な国、しかも帝国は独裁状態らしいからそんなところで酔っていたとしても、口に出してしまったら厳しく取り締まられるのかもしれない。
……この世界で、複数の国の法律とかよく知らないけど。
「そんなこんなで、本人達が言うには大小様々な犯罪者だという事。どの国でもそうだけど、犯罪者というのは持てあますのよ。基本は、罪の重さに応じで罰を与える。けど、それで本当に罪を悔いてやり直すかなんて、誰にもわからないわ。もしかしたら本人だって。で、これが突き詰めて考えるとどうなると思う?」
本人にもってのは、その時は反省していてもいずれまた再犯してしまうかもって事だろう。
それは本人の意思だけでなく、周囲の環境などによってもあり得ると聞いた事がある。
まぁもちろん、反省は表向きだけで――って人もいるんだろうけど。
「えっと……どうなるかわからないなら、わかるようにすればいい?」
姉さんからの問いかけに、頭をフル回転させて答える。
でも、当然というべきか解決策なんて出て来なくてよくわからない返答になってしまった。
わかるようにできれば、誰も苦労しないし悩まないからなぁ……。
「そうね。そして、りっくんは考え付かなかったようだけれど、それを可能にする方法があるわ」
「え……?」
「女王として、いえ施政者ならおそらく一度は考えるでしょう。罪を犯した者は、全員処刑する」
「っ!? そ、それは確かにそうかもしれないけど。でも、わかるようになるというよりは、わからないものを全て排除するってだけのような」
「そうよ。ただもちろん極端すぎるし、そんな事をしようとする施政者には人は集まらないは。通常ならね」
「じゃあまさか……」
「あくまでも、現時点で分かっている推測にはなるけど、そういった者達を集めて一度に処理する方法。そして国にも利点のある利用方法という事なんじゃないかしら?」
「はっ、あのゴミクズなら喜んでやりそうな事ね。周囲にそんな事を考えそうなのもいるし、カス自身も考えそうだわ」
レッタさんが鼻を鳴らしながら言った。
周囲にというのは俺にはわからないけど、レッタさんやロジーナから聞くクズ皇帝の人物像としては、確かにそれは考えそうだと思えるし、誰かが進言したとしても受け入れそうだ。
「けど、それは……」
「まともな王なら採用なんてしないし、考えてもそれだけよ。そんな事をしたら、実行した直後は良くても後々国を滅ぼす事にも繋がるでしょうからね」
犯罪者も保護されるべきとか、人権だなんだと色々とあるけど……大小関係なく、罪を犯して捕まれば即処刑なり、命がなくなるなんて事になれば国そのものが立ち行かなくなる。
なんてのは、詳しくない俺でもわかる事だ。
それこそ軽犯罪でもやってしまえば極刑になるものだからね。
「まぁともかく、そういった者を利用しているようね。全てがというわけではないようだけど、割合は多いと見るわ。あとはそうね……りっくんが捕縛したのがいるでしょ?」
「あの、受け答えすらできないような人だね」
「えぇ。本人はもう亡くなってしまったし、そもそもに話を聞く事すらできない状態だったけど、知っている者が今回隔離した中にいて、少しだけ話を聞けたみたいよ」
「あの人は、特に重症というか……他とも違う印象を受けたけど、どうだったの?」
今回の拠点突入で発見した、爆発する可能性のある人達。
多くは犯罪者だって事だけど、その中に俺がアマリーラさん達と発見した人のような特徴はなかった。
興奮していたりはするけど、言葉すら発せられない状態って事はなかったしね。
「いわゆる、奴隷ね」
「奴隷……やっぱり、そういうのもあるんだね」
「この国では奴隷制はやっていないわ。厳しく監視して取り締まっているし、他国から入り込むのも禁止している。隠れて所持しているっていうのは、もしかしたらいるかもしれないけど……とにかく、基本的にはいないと考えてもいいわね」
奴隷と聞くと、なんとなく警戒してしまうのは俺が基本的な人権が保護されている、日本で生まれ育たからだろうか。
歴史で学んでも、多くは悲惨な扱いを受けていたというイメージが先行しているからかもしれない。
「でも他国は違うわ。全てではないけど、奴隷制を採用している国もある。それにはさすがにこちらから文句を言うのは筋違いだから、何も言えないのだけどね。それで、奴隷にはいくつか種類があるのだけど、大まかには……」
奴隷の種類、姉さんが言うには犯罪奴隷かそうじゃないかというのに、まず別けられるらしい。
犯罪奴隷というのはそのまま、罪を犯した罰として奴隷として強制労働などをさせる。
まぁ罪を犯すような人を奴隷としてであっても欲しいと思う人は少ないので、国が管理して過酷な環境での労働になる事が多いらしいけど。
そしてそうじゃない人は、まぁ売られたり騙されたり、まっとうな理由というのもあるみたいだけど、そうじゃない場合も含めて奴隷になった人達の事だ。
一部では、そうなる理由は本来ないのに自分から奴隷になる、なんてのもいるらしいけどそこらの詳しい感覚は、俺にはわからない。
それはモニカさん達も同様みたいだったけど、ともかく奴隷制を採用している一部の国では、犯罪奴隷だけを扱っているか、両方かのどちらかに別れるんだそうだ。
「帝国は、前皇帝の統治の下、奴隷制は採用していなかったし今も扱い始めたなんて話は聞いていないわ。おそらく、他国から例外的に輸入した奴隷を使っているんだと思うわ」
「他国から、輸入……」
奴隷といえども、人だ。
種族は必ずしも人間ではないかもしれないけど……それを輸入だなんて言うのに引っかかった。
「心情としては理解も納得もしなくていいと思うし、あまり口にしたくはないけれど……奴隷は物品と同じ扱いとされる事が多いのよ。だから、輸出入ね。それで、帝国が輸入した奴隷を使っているという事は、もしかしたらこの先奴隷制を採用するか、準備をしている可能性が高いわね。その過程で、言葉は悪いけど役に立たなくなった奴隷を、工作や実験に使っていると予想するわ」
「あのゴミにも劣る最低最悪の馬鹿なら、やろうと考えてもおかしくないわ。自分以外のすべてを見下しているようなのだし」
「レッタは、帝国にいた時にそういった話は聞かなかったの?」
吐き捨てるように言うレッタさんに、姉さんからの質問。
レッタさん曰く、ロジーナの協力と魔力誘導という特殊能力でクズ皇帝の側近のような立場にはなれたけど、そういった統治とか政治に関する事はあまり関わっていなかったし、関われなかったそうだ。
まぁ話を聞く限り、独裁的で何か意見されるのは嫌いそうだから、レッタさんを近づけたくなかったのかもしれない。
「……なんにせよ、帝国がそういったのを使って仕掛けてきているってわけだね」
「そうね。けど事実を知っても、こちらはやる事に変わりはないわ。まぁこれまで以上に対帝国へ取り組む材料になるってだけね。もしこちらが負けて侵略を許せば、アテトリア王国の国民が帝国の奴隷になんて事もあるんだから。その筆頭は、私を含む国の上層部だけれどね」
「「「……」」」
姉さんの言葉に、部屋にいる全員が押し黙る。
敗戦国の王族だとか、幹部だとかが丁寧に扱われるなんて事はほぼない。
クズ皇帝はどれだけかはわからないけど、多少なりとも姉さんに執着しているようだし、すぐ処刑なんて事はないかもしれないけど……それでも扱いがいいなんて事はないだろう。
姉さんをそんな目に遭わせるわけにはいかないし、元々負けるつもりはなかったけど……もっと負けられない理由ができた。
「……こちらにはりっくんもいるし、エルサちゃんもいるわ。ユノちゃんやロジーナちゃんもそうだし、他にも協力してくれる人がいる。負けるつもりはないし、そのために今全力を尽くしているのよ。帝国何するものぞ! ってところね!」
俺達の雰囲気を見てか、姉さんがことさら明るい声で皆にそう言った。
場を明るくするためだろうけど、それで俺をだしにするのはどうなのか……いやまぁ、もちろん負けないために全力を尽くすけどね。
そんなこんなで、気分を変えるように雑談を交えながら、細々とした話をしながら夜が更けて行った。
一応、まだ破壊工作が完全に終わらせられたという証明がないため、もしまた他の拠点などを見つけたら協力するという約束も姉さんとしておく。
今回みたいに、爆発処理をされた人が他にいるのなら、エルサに頼んで結界で防がないといけないからね――。
――拠点突入の翌日、エアラハールさんの訓練……というよりユノとロジーナとの模擬戦という名の俺がボコボコにやられるだけのものを終えて、魂の修復の進行確認も兼ねての結界作成練習などをしていると……。
「リク様、こちらのおられましたか。陛下がお呼びです」
「陛下が? わかりました、すぐに行きます」
姉さんに呼び出されて、執務室へ。
結界の方はあと少しというところまできているし、今日は試した。
それに無理してもさらなる魂の損傷に繋がる可能性もあるしと、切り上げる。
「んんっ!」
執務室に入る前に、少しだけ気を引き締める。
俺の部屋で話すのと違って、ここでは姉さんではなく女王陛下としてだから、間違えたり気を緩めなたりしないようにだね。
「失礼します。お呼びとの事でしたけど……ハーロルトさん!?」
そうして中に入ると、そこには帝国へ偵察に行っていたはずのハーロルトさんがいた。
「お久しぶりです、リク様」
「リク、呼び立ててすまなかった。ハーロルトが戻って来たので、情報共有も兼ねてな」
「いえ、呼ぶのはいいんですけど。――お久しぶりです。良かった、ハーロルトさん戻ってこれたんですね。アメリさんが心配していましたよ?」
暇を持て余していた部分はあるけど、ハーロルトさんが戻って来ないことを気にする様子は、アメリさんと話せばすぐにわかるくらいだったからなぁ。
無事に戻って来れたようで何よりだし、とりあえずはアメリさんも安心してくれるだろうね。
「リク様にもご心配をおかけしました。なんとか、戻って来れましたね……危ない橋をいくつもわたりはしましたが。あ、その部分はアメリには秘密でお願いします」
「これ以上心配をかけさせないようにですね、了解しました」
まぁ、役職とかも以前は秘密にしていたようだし、情報部隊の隊長で危険な情報なども扱うだろうから、心配だけじゃなくアメリさんに話せない事とかもあるかな。
「さて、挨拶も終わったところでだがハーロルト、帝国で調べてきた事を話してくれるか?」
「はっ!」
実際に帝国へ行ってきたハーロルトさんだから、俺達が知らない内部というか向こうの情報を持ってきてくれているんだろう。
ちなみに、俺が来るまでの間に大まかではあるけどアテトリア王国側の現状は、ハーロルトさんに伝えてあるらしい。
センテでの事とか、王城の敷地内にワイバーンがいる事なども含めてだね。
戻ってくる際に、王都周辺で竜騎隊がワイバーンで飛んでいるのを見て、何事かと感じていたとか。
「まず簡潔に申しますと、帝国は酷いの一言です。単純に、国として機能して統治されているとはいいがたい状態です。いえ、統治はされているのですが……」
「ふむ?」
「帝国の民の生活は、ほぼ管理されているようなものです。特に、大きな街など人の多い場所ではそれが顕著でした。人の少ない、こう言うのもなんですが国としての価値が低い人の少ない寒村などでは、比較的自由が許されてはいました。あくまで比較的で、寒村という事もあり生活は厳しいように見受けられました」
「そうか……ある程度予想はしていたが、ハーロルトがそういう程に酷い状況か」
眉間にしわを寄せる姉さん。
国を統治する側として、帝国の人達の生活を想像したんだろう。
「管理、というのはどういう風にだったんですか?」
「帝国兵、各地の貴族兵、それから冒険者による治安維持により、帝国民は常に監視されている状態です。治安維持、と言えば聞こえはいいですが……実態は民を虐げ、思うがままに振る舞っていました。誰の目憚らず、貧民を複数で痛めつける、金品を巻き上げるなどは日常で行われており、何度も目にしました……出せる金品すらも、ほぼないというのに……」
そう言って、顔をしかめつつ歯を食いしばるハーロルトさん。
惨憺たる状況をその目で見て来たんだろう。
しかも、ハーロルトさんがアテトリア王国からの偵察だというのがバレてはいけないので、助けて目立つ事もできない。
正規軍相手に、助けるために乱入してもハーロルトさん一人で全てを解決する事もできないし、仕方ないんだろう。
「冒険者も……やっぱりそうですか」
「聞きしに勝る酷さだったようだな」
レッタさんは基本的に、自分がされた事や境遇などの話で、あとは復讐関連やクズ皇帝に近付いた際の事ばかりだったので、国民の生活がどう七日まではよくわからなかった。
アンリさんとかも、帝国からアテトリア王国に来たのはさらに前……クズ皇帝が即位する前だったわけだし、ハーロルトさんが見てきた状況程酷くない時期だったんだろう。
そして、現在の状況を聞く限りもう冒険者は完全に取り込まれていると考えて良さそうだ。
「冒険者は、正規軍のような扱いを受けていました。一部を除き、帝国正規軍の下部組織という風ではありましたが」
「一部を除き、ですか?」
「冒険者ギルドで定めるランクがありますよね? そのランクが高い者は、帝国正規軍相手でも偉ぶれるようでした。まぁそのランクが正規に認められたものなのかはわかりませんが。やっている事からも私の知っている制度で世紀に昇格されたとは思えませんし、実力の程も疑わしいようでしたから」
冒険者のランクは、本人の実力、人となりや以来の達成率などで考慮されたうえで、ギルドが認めれば昇格したり、場合によっては降格もあり得る。
ただ、帝国に取り込まれた向こうの冒険者ギルドは、そんな正規のランク判断をしていない可能性が高い。
「以前聞いた、裏ギルドとして関わっていると考えるならば、実際の冒険者としてとは違う判断基準だろうな。それこそ汚い手段、通常なら不正と取られる方法などで昇格も考えられる」
「はい」
要は、賄賂だとかで実力に見合わないランクにしてもらうってところかな。
他にも手段があるとは思うけど……ともあれ、マティルデさんやこちらの国でまっとうに冒険者ギルドを運営している人達が憤慨しそうな話だ。
真面目に依頼を受けて活動している冒険者さん達も、だね。
アンリさんとか、逃げ出してこちらに来てよかったと本気で思った――。
帝国は普通に暮らすだけでもかなり厳しい状況みたいでした。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
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