おぼろげで微かな感覚
「男は度胸! やってやろうじゃない!!」
痛みには慣れたくないけど慣れた。
けど、体を覆う魔力を薄くしたら、さらに痛みが増すどころではない可能性も高い。
でもやるしかない……やけくそになったわけではないけど近い心境かもしれないけど。
そう考えてまずはと、さらに深く自分の魔力を意識する。
「……すぅ……ふぅ……んっ!!」
「GYA!?」
「GYAGI?!」
気合一閃、俺の全身を覆う魔力を霧散させるように放出。
意識しながら、できるだけ体内にある膨大の魔力を封じ込めるように、外へと滲み出さないように操作する。
……それでもやっぱり、多少の魔力は外に漏れだしているけど。
ともかく、放出して霧散していく魔力が圧となり、オーガ達が少しだけ怯んだ。
いつもなら、これ幸いにチャンスとばかりに飛び込んで殲滅へ……と動くんだけど、今回はそうじゃない。
オーガ達が怯んで、少し攻撃が緩んでいる間に意識を体の内側から外側へと向ける。
……うーん、よくわからないな。
外に向けるって言っても、どうすればいいのか……あぁ、ここで探知魔法の応用でいいのかな?
自分の外、自然の魔力、オーガの魔力、地面にしみ込んだ魔力等々、今いる場所、俺を中心にした周囲の魔力へと意識を広げる。
探知魔法のように、わかりやすい反応は一切ないけど……なんだろう、薄い薄い膜のような、触れられない、けど実際にそこにあるような。
空気の流れとも言いかえる事ができそうな、微かで判然としない揺らめく何かを感じる気がする。
「気のせい……ってだけじゃないとは思うけど……」
薄い膜のような何かには、意識をそちらへ向けてみるといくつかの種類があるように思えた。
俺とオーガとの間に漂い、空にまで広がっているようなもの。
俺の周囲にはなく、オーガの周囲に広がっているもの。
「もしかして、これが俺以外の魔力……外側の魔力って事なのかな?」
探知魔法を使って返って来る反応とは違う。
ちょっと集中が途切れたら一瞬でわからなくなってしまうような、淡い感覚。
目で見ようと目を凝らしても、そこには何もなく、本当に感覚でそこにある……かもしれないと思う程度だ。
これが錯覚でないのなら……。
「ん……成る程」
視界の隅で、怯んでいたオーガの一体が動き、俺へと向かう。
その動きで少しだけ理解が進んだ。
オーガが動いた事で、ほんの少し、淡く薄い膜のようなものが揺らめいたから。
それは、俺とオーガの間に漂っていた何かを押しのけ、オーガの周囲にあった魔力を濃く感じさせる。
「上から来る……?」
「GI?!」
オーガが纏っているとも言える、薄い膜のようなおそらく魔力。
それの動きに集中して、目ではなく意識で注視すると、どこから攻撃が来るのかがなんとなくわかった。
横から来るオーガの腕の振り卸を、一歩だけ後ろに下がって避ける。
避けられたオーガは驚きからか、火とならざる声を出していたけど……そちらに意識を向ける余裕はない。
「少しだけ予想よりもズレていたけど、これなら……!」
オーガを見るんじゃない。
視覚は補助として、自分の周囲に広がる複数の幕へと意識を深く集中させる。
その頃には、攻撃が避けられたオーガが再び俺へと攻撃するための動作を開始しており、他のオーガも動き出していた。
「……んっ! くっ……! やっぱりまだまだ完全とは言えないけど……初めてだから仕方ないよね、っと!」
前から来るオーガの攻撃をしゃがみ込んで避け、下から上へと浅く斬り付けつつ、飛び上がって後ろから来た攻撃を避ける。
横から来た攻撃は円から出ない程度に体を動かし、左手で受け流しつつ、そちらも斬りつけた。
あらゆる攻撃を避け、オーガを倒す事よりも避ける事、外側へ向けた意識を途切れさせないようにするけど……何度目かで避け損なって攻撃が掠る。
体を覆う魔力を放出して薄くしているからか、掠っただけでも鋭い痛みと強い衝撃を感じた。
全身を覆う自分の魔力が、そのままだった時に直撃を食らった時以上だ。
これ、直撃すると危ないよね……場合によっては踏ん張れずに弾き飛ばされる可能性もあるし、大きな怪我をする可能性だってある。
「もっと、もっと深く集中しないと……薄い膜、おそらく魔力の動きを感覚で捉えて、その動きに合わせてこちらも動く……」
呟きつつ、俺を掴もうと後ろから手を伸ばしてきたオーガの腕を逆にこちらが掴み、別方向から迫っていたオーガへと投げ飛ばす。
囲まれている状況で、倒して数を減らさないとジリ貧になるのが本来だけど、とにかく避ける事に集中する。
時折、オーガを切りつけるのも忘れずに……。
「……視界は、むしろ邪魔だね。目を閉じていた方が深く入れるし、意識も外へ向けられる」
目を開いていると、どうしてもその視覚情報を頼りにしてしまう。
だからその部分すらも、外側に漂う魔力と思われる何かに対して意識を向けたい。
まだ雲をつかむようなおぼろげな感覚だから、ほんの少しの魔力の揺らぎ、動きに対して感覚を研ぎ澄ませないとね。
オーガの攻撃が掠って、薄く割けたために垂れてきた腕の血を拭いながら、ゆっくりと目を閉じる。
「よし……これなら……」
最小限の動き……ができているかは微妙なところだけど、しばらく続けるとほとんどの攻撃を避ける事ができるようになった。
それでも、時折掠る事はあった。
痛みや衝撃で、集中していた意識が途切れそうになるのは、なんとか堪える。
そうしていると段々、おぼろげだった感覚がさらに感じるように……はならなかった。
「うくっ! 今ほど、自分の魔力が邪魔だと思った事はないね……まったく!」
掴み損ねた揺らぎ、一瞬だけの戸惑いと共にくる衝撃。
どうやら、オーガの攻撃が直撃したらしい。
ただ、痛みや衝撃は先程よりもかなり少なく軽減されている。
どうしてかというと、先程放出していたはずの魔力が再び、俺の体を分厚く覆っていたから。
魔力で体が覆われると、外側に感じていた幕のような魔力もわからなくなってしまうのか……。
魔力量が多くて助かった事はこれまでいっぱいあったけど、邪魔になったのはこれが初めてかもしれないと吐き捨てながら、もう一度魔力を大きく放出させた。
魔法の失敗に関しては、あまり考えないでおこう。
「うん、よし……」
体を覆う魔力が薄くなると、再び薄くおぼろげな周辺の魔力を感じられ始めた。
大体、俺が手を伸ばしてさらにその先……二メートルくらいだろうか。
俺を中心に魔力と思われるそれを感知し、揺らぎや動きに意識で注視して、オーガの攻撃をやり過ごし、やり返し、いなして避けて、投げ飛ばして時間を稼ぎ、少しずつ、少しずつ感覚を掴んでいく作業を続けた……。
「倒す事は考えなくていい。今はまだ、避けて少しの傷を与える事だけを考えろ……」
オーガを打ち倒す事は考えない。
多少なりとも攻撃を加えていれば、いくらタフなオーガと言えども動けなくなるし、それがなくてもこれはオーガを倒す事を目的とした訓練じゃないはずだ。
俺が周囲の動きを把握し、力任せではなく考えて動く事を目的とした訓練……だと思う、多分。
それに、俺がオーガを倒さなきゃいけないのなら、そもそもモニカさん達に俺の救出作戦のような訓練を課さないはずだ――。
リクの訓練は、ただオーガを倒す事が目的ではないのかもしれません。
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