呼んでいた人物が割り込んでくる
「どこに連れて行かれたのかはわからないけど、しばらくすると椅子だと思うけど、私は座らされたの。その後、私を連れ出した女の声と他にも知らない声が複数、かすかに聞こえたわ。何か話していたんでしょうね。何を話しているのかは、聞き取れなかったけど」
自分の体を抱き締め、小さく震わせながらも淡々と話すアンリさん。
そうしないと、その時の事、その後の事に押し潰されてしまうからと俺達に伝えているかのようだ。
「それからすぐの事よ。全身の痛みが強くなったの。いえ、強くなったというよりは新しい痛みなのかしら。わからないけど……意識がはっきりしていたら、のたうち回っていたかもしれないわね。そんな体力もなかったし、痛みのせいでできるかはわからないけどね」
「全身の痛み……」
「痛みだけじゃないわ。吐き気や体の中が熱くなったり冷たくなったり……言葉で言い表すにはどう言えばいいのかすら、わからないくらい。そんな感覚に苛まれながら、再び自分の意識があるのかないのかわからない状態になったの。今だから思うけど、意識はなかったのかもね。一瞬の事で、意識を失ったのかもしれないわ。そうしないと、正気を保っていられるのかもわからないくらい、酷い感覚だったから」
幻痛というわけじゃないだろうけど、実際に痛みとかを感じたのは一瞬でも、アンリさんの中では長い間その感覚に苛まれたようにすら感じた、という事なんだろうね。
「そして、気付いた時には帝都の外だったわ。そこもまた酷い場所で、人だったような物が積み重なっていたの。その場所で、動いているのは私だけだったわ」
「人だったもの……」
もしかして、亡くなった人を捨てるなんてとんでもない場所とかだろうか?
人だったような物、とアンリさんが言うには原型をとどめていたかは怪しいし、詳細を聞く気にはあまり慣れないけど……。
「まぁ、そうしてなんとか無事、と言えるかはわからないけど、生きてはいたの。でもそれからよ、体内にこれまでなかったような力を感じたのは。私は魔法が使えないけど、しばらくしてからそれが魔力だって気付いたわ。魔法具なんかは誰にでも使えるから、それを手にしても疲れ知らずだったんだもの」
魔法具は魔法の使えない人でも、誰でも持っている魔力を流せば、魔法のような効果を発揮できる物だ。
魔法を使えても、便利だからと魔法具を使う人はいるから、使えない人専用というわけじゃないけど……モニカさんみたいに。
その魔法具、効果などにもよるけど数回発動すれば、魔力が減って疲れを感じたりもするらしい。
その疲れを感じなかった事で、自分の魔力が増えているとアンリさんは確信したんだろうね。
「生死を彷徨うような事があったからなのか、連れていかれた後に何かをされたのかもしれないけど……そんな事はこれまで聞いた事がなかった。だから私は、この事を隠して帝国を離れる事にしたの。もしかしたら、また何かされるかもしれないし、捨てられていたって事は私が死んだと思われている可能性もあったから。誰がどうしてなのかは全くわからないけど、生きていると知られたら、いけない予感もあったわ」
アンリさんの意識が戻った時にいた場所が、本当に亡くなった人を捨てるような場所だったとしたら、捕まえた奴らはアンリさんが死んだと思ったのは間違いなさそうだ。
恐怖とか逃れる感覚的なものかもしれないけど、帝国を離れようとしたアンリさんの判断は、結果的に良かったと思う。
クズ皇帝が仕組んだ事であれば、もしアンリさんが生きていると知られた場合、必ず何かしようとしていただろうから。
それは、レッタさんの過去を聞いてもわかっている事だ。
「本当、離れて良かったと、その判断は間違っていなかったわね」
「……レッタさん」
「こんな場所で、いつまでも待たされているから出てきたわ。早くロジーナ様の所に戻りたいのに……」
鉄格子の外側から、急に女性の声が割り込んできた。
振り返ると、レッタさんが溜め息を吐きながらそこに立っている……ロジーナがいないので不満そうだ。
まぁ、俺が呼んだんだけどね。
ギルド職員さんに連れて来てもらって、姿を見せないようにして近くで立ってもらっていた。
理由はまぁ、アンリさんの魔力量に関してで、引っかかる事があったので真偽を確かめるためだね。
とはいえ、アンリさんがあっさりと話してくれたので、レッタさんを呼ぶまではしなくて良かったのかもしれないけど。
「っ! っ!」
「アンリ、ど、どうしたの? 大丈夫?」
グリンデさんの気遣うような声を聞いて、そちらを見てみると……アンリさんがさっきよりも体の震えを大きくさせているようだった。
ただ先程までと違い、俯いているのではなくアンリさんにとっては突然現れたように見える、レッタさんを真っ直ぐ見ていた。
驚いているのか、目を見張っている。
「あら? そちらの女の子、震えているわね? リクが何かしたの?」
「いや、俺は何もしていないですけど……アンリさん、大丈夫ですか?」
俺は話をしていただけだし、震えているのは過去の事を思い出していたせいだ。
原因は……間接的に俺と言えなくはないけど、何かしたわけじゃない。
あと、多分ロジーナが怪我を治したか何かで、若返ったと言っていたからそのせいだと思うけど、見た目的にレッタさんとアンリさんはそんなに年齢の違いはなさそうだから、女の子というのもちょっとどうかと。
実年齢を考えたら、まぁね……うん……危険だからこれ以上は考えないでおこう。
「そ、その声……は……っ! うっ……! はぁ、はぁ……!」
俺やグリンデさんには答えず、アンリさんレッタさんを見たまま声を絞り出し、途中で込み上げる物を抑えるように両手で口を押える。
なんとか抑え込めたようだけど、荒い息を吐いているし……なんだか汗を流しているようでもある。
……暑いからとか、動いたからとかではなく、冷や汗のように見えた。
「体調でも悪いの? まぁ、こんな所にいたらそうなってもおかしくないわよね。私も、嫌な事を思い出しそうだわ。あなたも、私と同じだもの」
俺やベリエスさん達が入ってきた、開いたままの鉄格子の隙間を通ってこちらに近付くながら、レッタさんはなんでもない事のように言う。
一応、言葉に葉気付かう様子はあるにはあったけど、なんとなく軽い。
まぁレッタさんも、帝国に捕まって色々あったから、こういった地下の牢屋とかにはいい思い出どころか、嫌悪感すらあってもおかしくないか。
……呼ばない方が良かったかも、失敗したかな。
「ふーん……薄暗くてよくわからなかったけど、成る程ね」
「レッタさん?」
俺の隣に立って、アンリさんを観察したレッタさんは、何やら納得した様子で頷いた。
「この子、私が担当した子だわ。魔力貸与のね。まぁ、魔力を動かすあれもあって、基本的にすべて私の担当ではあるのだけど。私が知らない所でやらかしていたら、把握していない人もいるでしょうけど」
「……レッタさんが」
クズ皇帝からの魔力貸与は、魔力を誘導する特殊能力を持ったレッタさんがいてこそ、という話だった。
多分だけど、レッタさんがいなければ魔力貸与そのものがほぼ成功しないと思われる。
レッタさんがいても、かなり低い確率みたいだけど。
クラウリアさんなどの成功例を聞いただけど、実際に何人中何人が失敗して成功率はどれくらいか、などはわからないけど――。
魔力貸与に関わっている人はほぼ、レッタさんが知っている人でもあるようです。
読んで下さった方、皆様に感謝を。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。






