解氷作業の再開
「手間をかけですみませんが、よろしくお願いします」
「はっ! リク様の伝令、謹んでお受けいたします! 必ず、侯爵様の下へ……では!」
「はい……って、もう行っちゃった。誰かに任せてとかじゃないんだ、悪い事しちゃったかな?」
敬礼した隊長格の兵士さんは、意気込みながら隔離結界の中へと走って行った。
誰か他の……それこそ下っ端の兵士さんとかに任せるのかと思ったけど、本人が行っちゃったね。
まぁ、侯爵様であるシュットラウルさんや、王軍を率いている大隊長のマルクスさんに向けてだから、そこらの人に任せられないのかもしれないけど。
「あれ? でもそういえば、あの鎧……ワイバーンの鎧って、誰にでも支給されているわけじゃなかったよね?」
「……そう言っていたのだわ」
ふと首を傾げ、呟く俺にエルサが答えてくれる。
独り言のつもりだったから、返事が来るとは思わなかったけど……それはともかく。
以前取ったワイバーンの素材は大量だけど、それでも全ての兵士さん達に行き渡るような量じゃない。
だからマルクスさんは、大隊長のマルクスさん自身を始め一部の兵士だけと言っていた。
新人兵士さんにも支給されてはいたけど、今回は来ていないわけで。
となると、青い鎧を着ている人達は皆、下っ端じゃないって事になる。
大体は中隊長さんや小隊長さんとか、新兵さんを除けば上位の役職の人から支給されていたはずだし。
となるとさっきの人は、他の人達と兜が違っていて上の立場っぽかったから、中隊長くらいの人なのかもしれない。
小隊の中で、さらに班長とかもう少し細かく役職が別れたりはするけど……今ここにいる兵士さん達の数を考えると、小隊長未満の人が混じっている数じゃない。
数十人くらいだから、全員が小隊長とかだとしたら、やっぱりさっきの人は中隊長さんとかかもしれないね。
うーん、結構上位の人を使いっ走りにしちゃったみたいだ……本当に悪い事をしたかもしれない。
ま、まぁ本人は意気込んでいたから、多分大丈夫だろう。
「うぅ、やっぱり寒いわ……スゥ……フレイムレディエイション!」
「まぁ、我慢よフィリーナ。フレイムウォール!」
伝令を頼んでいる間に、体を温めたフィリーナとモニカさんが復活し、再び地面の氷に向かって炎の魔法を放ち始めた。
とは言っても、焚き火からはあまり離れないようにしてるから、寒いのは変わらないんだろう。
それにしても、フィリーナは先程とは違ってしっかり目が覚めているようだ……ソフィーが揺さぶっていたおかげだろうか? と思ったら、頬に薄く赤い跡があったのではたかれたっぽい、痛そうだ。
ちなみに、フィリーナが放った魔法は手の平から炎を放射する魔法で、まぁ魔法名からもそうだけど単純な火炎放射だね。
それを地面の氷に当てて少しずつ溶かしているようだ。
モニカさんの方は、さっきも使っていた炎の壁を発生させる魔法。
使っているのを見るのは初めてだけど、いつの間に覚えたんだろう? 後で聞いたんだけど、ヒュドラー達と戦う前に何やらマリーさんと一緒に、魔法屋さんに行って新しく使えるようになったんだろうか。
炎の壁は、大体二メートルくらいの高さの炎が、左右に三メートルくらいに広がるまさに壁だ。
熱としては高い場所へと向かうので、大きく氷を解かすまでには至っていないけど、広範囲に氷の表面を少しずつ溶かしている。
フィリーナの火炎放射は、狭い範囲で確実に氷を解かしているから、対照的だね。
「それにしても、本当に溶けないねこの氷……」
「周囲を極寒にする程の低温なのだわ。多少火であぶった程度じゃ、簡単に解けないのだわ」
「やっぱり、そうだよね」
氷を解かす作業を見つつ呟く俺に、エルサの声。
それに頷きながら、焚き火の周囲を見る。
大きく燃え上がっている焚き火の炎は、当然ながら地面の氷に直接触れているし、かなりの高温で周囲を温めてくれている。
けど、直接火があたっている場所も、空気が温まっている場所も、完全に氷が解けていないんだ。
もちろん、表面は少しずつ解けて行っているから、時間を掛ければ氷は解けてなくなるんだろうけどね。
でも次善の一手が効かず、叩いても殴っても割れる人が限られるくらいに硬いうえに、簡単には解けないとは、寒さや滑るだけじゃなく、思っていたより解かすのに時間がかかってしまいそうだね。
まったく、こんな苦労しそうな氷を作り出すなんて、傍迷惑な……俺がやったんだけどね、皆ごめんなさい。
「さて、俺もそろそろ氷を解かす方を手伝わないと。まずは、皆が凍えないようにって、焚き火を優先させたけど、もう大丈夫そうだし……俺自身も温まれたし」
最初はすぐに氷を解かす作業を開始しようと思ったけど、焚き火の方が上手くいっていなかったようだったからね。
一先ずは、皆がしっかり作業できる環境を整えようと……焚き火があれば、青い兵士さん達以外も少しずつ作業に入れるようになるはずだし。
ともあれ、俺もそろそろモニカさん達のように、氷を解かす手伝いを始めないといけない。
「……やり過ぎには注意するのだわ。一歩間違えば、ここにいる全員が吹き飛ぶのだわ」
「ちゃんと調整はするつもりだし、さすがに一気にやろうとはしていないから大丈夫……だと思うけど、皆が吹き飛ぶ?」
さすがに、今いる皆が吹き飛ぶような魔法は使う気はないし、万が一失敗してもそんな事にならないような魔法にするつもりなんだけど。
「氷を解かすのだわ? だったら高温をぶつけるのが一番なのだわ。けどリクが失敗したら、とんでもない高温で、それこそ簡単に水が蒸発するような事をやりそうなのだわ」
「さすがにそこまでは……高温というか、他の人達のように炎を出す魔法にはするつもりだったけど」
まぁ、信用がないのはわかっているし、やり過ぎれば加減しているとしてもかなりの高温を発生させる魔法を使ってしまう可能性はある。
水が蒸発するくらいにも、確かになるかも……ってあぁ。
「エルサが心配しているのは、水蒸気爆発なのか」
「そうなのだわ。だから、リクを助けに行った時も赤い地面を冷やせなかったのだわ。やり過ぎは良くないのだわ」
「成る程ね、気を付けるよ」
水蒸気爆発……大量の水が高温に接して蒸発する事によって起こる現象だったかな。
詳しい条件までは知らないし、ここでも同じ事が起こるのかはわからないけど、とにかく高温の物に水を、もしくは水に高温の物をぶつけるのは危険だって事だね。
爆発が起こらなくても、熱された水蒸気はそれだけでも危険だし。
多分エルサは、テレビとか学校の授業とかでなんとなく覚えていた俺の記憶から、その事を知ったんだろう。
詳細な条件はわからないながらも、とにかく危険な現象として。
ともあれ、忠告を受けたわけだし、近い現象が起こらないようには細心の注意を払おう。
焦らず、モニカさん達のように地道にだね……考えれば考える程、フラグと呼ばれる何かのようにも感じるけど、本当にそんな事は引き起こさない。
これ以上センテの人達に迷惑をかけるわけにはいかないからね――。
失敗はしないよう、リクは細心の注意を払うようです。
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