少しずつ取り戻していく意識
光に呼ばれている、俺もそちらに行きたい。
そんな感情も沸き上がるが、かといって身動きもとれない。
意識としてあるだけで、俺は今もただ大きく激しい何かに流されているだけなのだから。
川を流れる木の枝に意識があったとしても、大海の津波に飲み込まれてしまえばただ流されるしかない。
留まろうとも、川辺に逃げようにも、どうする事もできない。
俺はただ、木の枝のような小さくただ一つだけの異物としての意識なのだから――。
――不思議な事が起こっている。
何が不思議なのかわからずとも、それが不思議なのだと理解する。
段々と、俺という異物の意識が大きくなり、黒い空間に現れては消える何者かの影が減っている。
何度も何度も、ほんの一瞬だとしても、針の先程の小さく細い光が断続的に刺し込んでくれたからだ。
光が見える、感じるたびに、俺という意識が確定していく。
濁流に少しだけ逆らう……駄目だ、まだ大きさが足りない、濁流に流される。
逆らう事も、留まる事もまだ許されないが、それでも考えられる事は増えた気がする。
俺は、俺という存在が何者かに飲み込まれて、混ざり合う前の意識なのだと理解する。
どうすればいいのか、何をすればいいのかまではわからないが、その中でモニカ、エルサ、という名前らしき何かは思い出す事ができた。
とても大事で、俺に必要だとはっきりわかる名前……何故必要なのか、大事なのかまではわからないが、それでも俺という存在の中で確かに大きく深く根付いているのを感じる。
再び刺し込む光……黒い空間が俺の戸惑い以上に大きく揺れた。
周囲に現れていた影が、その光によって消し去られた。
あの光は、外から差し込み俺を引き上げるための光。
何度も何度も刺し込む光。
空間は相変わらず黒いままで、俺は体という認識すらないが、それでも現れていた影の頻度が下がり、濁流が小さく緩やかになった。
その頃には、俺の意識は流される事も飲み込まれる事もなくなった。
流れ、飲み込まれるだけの木の枝から、大木になっていた。
根ざし、どんな濁流が来ても頑として動かない大木だ。
意識としての広がり、考えられる事が増えた。
モニカさん、エルサ、俺にとって大事で必要な存在の名前。
他にも、ユノやソフィー、フィネさんなどの親しく大事な人達の名前を思い出す。
もちろん、姉さんやヒルデさん、お世話になったマックスさんやマリーさん達も、多くの人の事を思い出した。
そして、俺がどういう存在なのかも思い出す。
人間だった……いや、人間である俺。
リクという名前だったはず……本当に?
俺は人間? いや、人間じゃない? いや人間だ。
考える事が増えた中で相反する思いと理解が広がる。
俺は意識だけの存在じゃない、そしてリクであるならば人間だ……それがわかればいいという納得をする。
紺野陸は人間だ……久しぶりに、自分がリクではなく紺野陸だというのを思い出した。
こちら、こちらってのはどこ? まだはっきりとしない部分はあるけど、モニカさん達大事な人と出会った場所では、リクである事が重要だったから。
捨てたわけでもないし、思い出そうとすれば思い出せる。
紺野という苗字。
こちらもあちらも含めて、もう俺だけしか名乗れない苗字……姉さんはもう、紺野ではないから。
少しだけ寂しさを覚えると共に、自分に感情の動きがある事を思い出した。
そうだ、俺は人間だから当然感情がある。
感情、心、思い、気持ち……言い方は様々だけど、それがある。
ただ世界のシステムなんかじゃない。
システム? 作る、壊す……そういったシステム? いや、俺は人間だからそんなシステムじゃない。
でも今、確かに何かを作り出し、存在として現出させ、それが壊していく結果が先にある気がする。
このままじゃいけない。
こうしているだけじゃ、避けられない。
もっと、もっと光を……俺の意識と存在を確定させてくれる光を……!
……俺が求めたからだろうか、濁流に晒される俺という大木に対して、光が差し込む。
その光は連続性を持ち、これまでのような針の先程の光などではなく、大きく包むような光。
だけど、その光は攻撃性を持っていた。
黒い空間、濁流のような人や魔物の影……いや残留していた意識が、光に触れて消えていく。
これまでと違い、光に触れて消えた意識は再び復活する事はない。
体の感覚はまだないが、俺の意識が強くはっきりと、大きくなるにつれて黒い意識が小さく薄れて外へと出ていくような気がする。
外、外はなにがあるのだろうか?
大事な人、必要な人達は待っていてくれているのだろうか?
絶望とも希望とも言える力を降り注がせた。
その力から守るために、隔離結界というものを使ったのだと思い出す。
あれは、結界を重ねて完全に内外を隔離し、簡易的な神の御所を作り出しているはず。
ロ……ロジ……名前を思い出そうとすると、何故考えるとノイズが走る気がするのを抑え込み、思い出す。
そう、ロジーナ。
ユノと表裏一体の存在が、本当の神の御所を真似て作った空間に近い。
何故ユノと表裏一体なのだと知っている? いや、一心同体? そうか、ユノとロジーナから言われて理解していたんだった。
表裏一体と伝えられただけで、今は何故か一心同体でもあると理解している。
つまり、ユノが存在するからロジーナが存在するし、ロジーナがいるからユノもいる。
片方が欠ければもう片方もいなくなる……それはそう作られているから。
……思考が逸れてしまった、これも考えに走るノイズのせいだろうか?
いや、ただ俺があれこれ考えてしまうせいだろう。
とにかく、隔離結界はロジーナの真似でもある。
神の御所、という特別で特殊な場所を真似たロジーナの、さらに真似。
劣化に劣化を重ねているので、特別な環境とは言えず、人でもずっといる事ができる。
それにあれは、ほんの少しだけ空間をずらして外からの影響を受けなくするためのもの。
内側からの影響に対しては、通常の結界をただ重ねただけしか効果はないが、問題ないだろう。
脅威は外からであり、守るための内側には脅威は存在しない。
一部の魔物も一緒だったのを思い出すが、数は少ないため簡単に排除できるはず。
思い出す、とてつもない濁流に意識が飲み込まれ、最後に残った微かな意識で隔離結界を作った。
俺であったはずの意識は、濁流のような意識に溶け込み、隔離結界を作るだけが精一杯だった。
混ざった意識の影響なのか、それからしばらくは俺が俺として動いていたような感覚もあるけど、それはもう俺ではなく別の意識だ。
俺の意識の一部が混ざり合って力を振るっていたはずだ。
その頃には、残った俺としての意識は飲み込まれるだけの木の枝となり、異物としてたゆたうだけになった……んだと思う。
はっきりしない。
けど、大体そんな感じだろうと大きく広がった意識が肯定してくれる。
異物となった意識は、少しずつその大きさを縮小させ、いずれ飲み込まれて溶け込むだけだったはず。
それが、刺し込む光によって浮かび上がり、俺という意識を確立させて大きくしてくれた。
その光は、暖かくも冷たくそして攻撃的。
黒い影を消しているからというだけでなく、なぜか俺という意識が躊躇してしまうような攻撃性を感じた。
なんでだろう? 刺し込む光に救われているはずなのに……。
刺し込む光は意識を意識として確定させて救い、その一方で攻撃性を含んでいる気がするみたいです。
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