暗く黒い空間にたゆたう意識
真っ暗な空間にたゆたう……。
真っ暗? 暗いのか明るいのかわからない。
目を開ける……閉じていなかった、いや瞼を動かす事ができない。
一体これは……?
声に出したつもりが、声が出ない。
もしかしたら出ていたのかもしれないけど、自分の声が聞こえない。
ここはどこなのか……俺は何をしているのか。
また、夢でも見ているのだろうか?
夢? 本当にこれは夢なんだろうか?
考える事はできるけど、体を動かすという感覚その物がないような気がする。
動けないとかじゃなく、動くという事そのものを忘れたかのような。
暗い空間、俺は独りぼっち……。
ん? いや、独りじゃないみたいだ。
目の前、本当に自分の目の前なのかはわからないけど、とにかくすぐ前に人の顔や魔物と思われる何かが現れては過ぎ去っていく。
知っている人じゃない……魔物は見た事がある気がするのも混じっていて、それらが連続的に過ぎ去っていった。
見える、誰か、何かわからない物が過ぎていくのが見える。
黒く、形作られてもはっきりとした表情などは窺えない。
暗い……黒い? 黒いのか。
現れては消えていく何者かの黒い影のような物以外、何も見えないと思っていた。
けど違った。
ここは暗いのではなく、ただただ黒く塗りつぶされている空間のようだ。
その中で、少しだけ黒さが薄い何かが、人や魔物の形となって表れては消えていく。
俺の前から過ぎ去る何か、目の前で現れたと思ったら形が崩れて消えていった。
これはなんなんだろうか……?
俺は、どうしてここにいるのだろうか?
夢のような気もするし、夢じゃない気もする。
相変わらず体は動かないし、体があるという感覚すらない。
何がなんだかわからないし、どうすればいいのかもわからない……夢から目覚める気配は一切ない。
どうしてこうなったんだろう? おぼろげながらに、濁流のような激しく巨大な何かに押し流されたような気がする。
それは今も流れていて、俺という存在を流しているかのようで激しく翻弄されているような気すらする。
暗い、いや黒い空間……黒い濁流に飲み込まれて、俺はただ流されるだけ。
俺はただ、川に流れる一つの木の枝のようなもの。
それを巨大な津波が押し寄せるかのように、圧倒的な大きさと勢いで俺を飲み込んだ。
川に浮かぶ程度の木の枝は、ただただそれに飲み込まれて流されるだけ。
流れに逆らう事などできない。
一体何があったんだろうか? 不思議に思うも、その不思議に思う事すら意味があるのかわからなくなる。
俺は一体……? 俺? 俺ってなんだ?
目の前に現れる黒い何者か、そのうちの一人が俺と言った。
別の一人は私と言った。
さらに別の人は僕という……我、自分、ワシ、あたし、うち、我輩、あっし……それが本当に人なのか、それとも魔物が言ったのかすらわからなくなる。
これは自我だ。
いくつもの自我が溶け合い混ざり合っている。
それらの自我が現れては消えていく。
その中で、俺だけが混ざっていない……溶けていない、ただの異物。
俺が消えれば、これらは一つになれるのだろうか?
一つの自我として成立するのだろうか?
現れた人の顔が、憎しみに歪んで消えていく。
魔物が苦悶の表情をして過ぎ去っていく。
俺の前に現れる人や魔物は、例外なく苦しみに満ちている。
それは、自我が一つになれないからなのだろうか? 俺が溶けて混ざり合い、異物でなくなればただ一つの自我になり、苦しみから解放されるのだろうか?
でも、俺がそうする理由はない。
ここにいるだけで、苦しみどころか何も感じない。
ただただここにいて、現れては消えていく黒い影を見させられているだけだ。
どうしてこうなったんだろう? 俺という存在すら希薄な中、考えを巡らせる。
本当に考えを巡らせているのだろうか? それも不確かな中で大事な事があったのだと思い出す。
思い出すが、それが本当に大事な事なのか、どんな事だったのかを思い出せない。
何か、何かがあったはずだ……守らなければいけない、攻めなきゃいけない。
相反する二つの感覚に、戸惑う。
本当に戸惑っているかという感覚も曖昧だけど、俺は確かに戸惑っていた。
揺れる、周囲が揺れる。
地震ではない、空間そのものが揺れている。
俺が戸惑うのに応えるかのように、黒い空間が震えた。
どうしてだろう、異物だからだろうか? それもわからない。
でも、初めて俺がここで何かができたような気がする。
空間の揺れが収まる。
どうして? あぁ、俺が納得してしまったからか。
納得して落ち着いたから、揺れる事がなくなったのかもしれない。
もう一度揺らそうと体を動かす……いや、動かない。
そうだ、体なんてなかったんだ。
だったらどうすればいいか、さっきどうしたら空間が揺れたのかを思い出そう。
大事な物、大事な事があったはず。
でもそれは、目の前に現れる何者かの黒い影が増え、激しい濁流となって俺を飲み込み、何がどうなっているのかすら考えられなくなった――。
――あれからどれくらいが経っただろう?
濁流に飲まれて、憎しみ、怒り、悲しみなどの感情に押し潰されていた。
その中で、一瞬だけ……まばたきする間もないくらいの一瞬、針の先のような光を感じた。
黒い空間の黒い濁流が、ほんの少しだけ緩やかになる。
この空間に気付いてから、これまでの事が浮かぶ。
針の先程の光、その影響で俺を飲み込んで押し潰していた黒い何かの間から、俺という意識が浮かび上がる。
おかげで、考えるという事を思い出した。
考える事を思い出したからといって、何ができるのだろう? 何もできない。
いや、何かできる事を考えるための考える事なはずだ。
例えばそう、思い出す事……俺がどうしてこうなっているのか、俺という意識がなんなのか。
忘れている何かを思い起こさせる、焦燥感のようなものが胸にある。
胸? それはどこの事だろう? 今の俺には体がない。
動かすべき器官も、感覚も全てがない。
ただただ意識として黒い空間にたゆたうだけだ、夢なのかもわからずに。
でも思い出さなきゃいけないという事だけはわかる。
それはどうしてだろうか……光、さっきの光だ。
何かが俺を呼んでいる気がする。
大事な何か……それが俺の意識を、ここでは異物のはずの意識を取り戻させてくれた。
あの光はなんだったのだろうか? 見える、というよりも感じるといった方が正しい気もするけど、どちらでもいいしどちらでもあるような気がする。
だめだ、今は思い出さなきゃいけない事を思い出さなければ。
あれ、なんだ?
再び、閃光のように刺し込む光。
それは、黒い空間を斬り裂くように、針で貫くかのように刺し込んできた。
また一瞬だったけど、それは確かに俺という意識を確実にさせてくれる。
あの光は……?
モ……エ……なんだ? 浮かぶ何者かの存在。
今も現れては過ぎ去っていく、人や魔物の黒い影とは違って、確かな存在。
目の前に現れるのでゃなく、意識の内側に浮かび上がる。
俺でも、黒い空間に散らばる何かでもない……それは大事で、俺が俺であるための理由だと思えた――。
ほんの少しだけ、意識に眠る記憶を辿れたようです。
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