海底料理を食べました
「おおおーーーっ! クジラが去っていくぞーーーっ!」
クジラが逃げていくのを見送りながら、人たちが歓声を上げる。
ふぅ、なんとかなったな。
これで作業を再開出来る。
と、再開しようとした矢先に周りで先に作業していた人たちが近づいてきた。
「すっげぇな兄ちゃん! あのクジラを追い払うなんてよ!」
「とんでもなく強ぇ使い魔だ! これ程の使い魔を従えるとは大したもんだぜ!」
「この国の恩人に作業させるわけにはいかねぇ! あとは俺たちに任せてくれよ!」
そう言って、俺の分の仕事を勝手に始めてしまった。
しかもめちゃくちゃ早い。
俺が呆けている間に、指定されていた箇所の修繕作業は終わってしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「なぁにいいってことよ! 礼を言うのはこっちの方だからな!」
「その通りだ! ゆっくりしてってくんな!」
バシバシと背中を叩きながら、豪快に笑って彼らは自分たちの作業に戻っていった。
俺は彼らの背中に礼を言い、再び宿へと入る。
「これはこれはお客様! 先刻はクジラを追い払ってくださってありがとうございました。しかしお客様も人が悪い。これ程の魔法使いであるならば、早く言ってくれればよろしかったのに!」
「いやー、ははは……」
店主は先刻までの態度をガラッと変え、揉み手をしながら俺を迎える。
「ささ、こちらへどうぞ。シェフ自慢の料理を用意しておりますので」
「にゃ! ゴハンだにゃ!」
店主の言葉に我先にとネコ掻きでついていくクロ。
「ったく仕方ない奴だな」
「いいじゃねーかユキタカっち、俺っちも美味いもん食いてぇぜ」
「海底での料理、とても楽しみなのだ!」
……ま、俺もそれは楽しみなのだが。
なんだか面倒ごとに巻き込まれそうな予感がプンプンするんだよなぁ。
「さぁ、ゆっくり召し上がって下さいね」
テーブルに置かれた料理はパイにグリル、ハンバーグにスパゲティと意外にレパートリーに富んだものだった。
「美味しそうにゃ!」
「うん、驚いた。もっと刺身や煮魚のようなものを想像していたんだけれど」
ちゃんと火を使った料理を見て俺たちは目を丸くする。
こんな水中で一体どうやったのだろうか。
「ふふふ、驚かれたでしょう? この辺りは海底火山があるので、熱源には困らないのですよ。あとで大浴場も案内しましょう」
「おお、風呂もあるんですか!」
水中でも風呂の文化ってあるんだなぁ。
どんなものだろう。今からワクワクしてきた。
我ながら現金である。
「ユキタカっちよう、風呂もいいけど今はメシにしようぜ。腹が減ったぜ」
「そうだな。いただきます」
俺たちは手を合わせ、料理を口に入れる。
「美味しいにゃ! こんな魚食べた事ないにゃ!」
「ふむ、この料理に使われているのは恐らく深海魚なのだ。地上では滅多に食べられないが、淡白な見た目と裏腹に脂が乗っているのだ」
「そういえば深海魚は体内の脂肪を使って浮力を調節しているから、脂が多いと聞いたことがあるな」
ただあまりに脂分が多い為、人体に害がある魚もいるらしい。
例えばバラムツという深海魚は臭みもなく脂も乗っており大トロ並みに美味いが、脂分が非常に多く、人体の許容値を超えると尻から溢れ出てくるらしい。
しかも踏ん張りがきかないらしく、気づいたら勝手に漏れているとか。
それを見た時は壊れたブリキのおもちゃかよと笑ったが、俺には万能薬があるから大丈夫か。
というかプロの料理人がそんなものを出すとも思えないしね。
気にしないことにしてスパゲティを一口、ぱくり。
む、この味……普通の麺じゃないだと。
「そうか、麺に魚肉を混ぜているのか! 地上のものとは少し違った食感だ。旨味がすごいな」
何かの料理漫画で見たような手法だな。
これだけ大量に魚があるからこそだろうか。
添えられている魚肉ソーセージと海藻もいい味出している。
「このパイ、中に魚が入ってるにゃ」
「見た目はちょっとグロテスクだがよう、中々美味いぜこりゃあ」
クロとカイルはパスタに手を出している。
げっ、パイに小魚が丸ごと入っている……これはどこかのアニメで見た気がするな。リアルで見るとやっぱりキモい。
でもあえて挑戦してみよう……ぱくっとな。
ボリボリという骨の感触、そしてサクサクのパイ生地が合わさって、せんべいのような味わいだ。
やはりイロモノ感はぬぐえないが……これはこれで美味いかもしれない。
「ユキタカどの、このハンバーグはカニと魚肉のミンチなのだ」
「へぇ! そりゃ美味そうだ」
早速一口。うん、これは贅沢な一品だ。
カニと魚とか淡白すぎるかとも思ったが、深海魚の脂分でハンバーグとしても成立している。
「――うん、美味い!」
変わった料理だが、これはこれで味わい深い。
俺たちは海底料理をペロッと平らげるのだった。




