まずは宿へ向かいます
「じゃ、宿に行こうか」
何はともあれ、泊まる場所の確保は最優先だ。
それに今回は金が使えないらしいし、代わりに労働もしなきゃならないもんな。
海中ではまた勝手も違うだろうし、出来るだけ早めに探した方がいいだろう。
「ユキタカっち、あれが宿のようだぜ」
カイルが指差した先は大量の巨大サンゴと巨岩を重ねて作り上げた建物だった。
入り口らしき場所には『旅の宿屋』と刻まれた看板が貼り付けられており、色々な人魚が出入りしている。
建物の出入り口は泡で密封されており、中は空気が満ちているようだ。
「どうやって入るにゃ?」
「こうやって身体を押し付けて……っと、こんな具合だぜ」
カイルが泡に身体を押し付けると、ぽんと中に放り出された。
少し湿気ているが、中は暖かく快適だ。
水中で寝食を取らずに済んでちょっと安心。
「なんとも大きな建物なのだ」
「他の建物も全体的にデカいな。水中だから運搬にあまり力が必要ないから、これだけの建物を建てられるんだろう」
水中では浮力で物体の重さがかなり軽減される。
どれだけ重い材料でも、少ない力で運べるからな。
とはいえ軽すぎると海流で流されるから、これだけ大きな建物を作っているのだろう。
足元には貝殻が敷き詰められており、通路の半分はプールのようになっていて好きな方を通れるようだ。
俺はまっすぐカウンターへ進んだ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。一泊したいのですが……こちらの金は使えないんですよね?」
ジャラッと置いた硬貨を見て、宿の主人は首を振る。
「えぇ、ですので代わりに何か労働をして頂く事になっております」
「わかりました。何をすればいいですか」
「ではこちらにお越しくださいますか?」
店主に連れて行かれた先は宿屋の外。
建物はそこかしこが破損しており、地面には沢山の岩が積まれている。
巨大魚の仕業だろうか、よく見れば痛々しいほどの破壊の後が見て取れる。
店主は奥から持ってきた半透明なビニール袋のようなものを俺に渡してくる。
「この袋には粘土が入っています。こねてしばらくすると固まるので、そこらに落ちている岩で破損している箇所を修復して下さい。……そうですね、ここからあそこまでを修繕して貰えますか?」
そう言って店主は約五十メートル四方くらいの面積を示した。
なるほど、壁の修繕作業というわけか。
「わからない事があれば、私でも他に働いている方たちでも構いませんので、聞いてくれれば。仕事が終わったら呼んでください」
「わかりました。やってみます」
宿へと帰っていく店主を見送り、早速作業を開始する。
この袋、魚の浮袋かな。おそらく海水に触れると固まるタイプの粘土だろう。
密封された袋を開くと、柔らかい泥が出てくる。
「よーし、早速やってみようか」
粘土をこねて、岩を乗せて固める。
ぐにぐにと柔らかかった粘土はあっという間に固まった。
「へぇ、本当にすぐに固まったな。こりゃ便利だ」
ぺたぺたと岩を積み上げていく。なんだか楽しくなってきたぞ。
こういう工作は意外と好きだ。
小学生の頃、図工の時間でこんな風に粘土細工を作ったなぁ。
「ボクもやるにゃ!」
「自分もやってみたいのだ」
「そいつを貸してくれよユキタカっち」
俺がやっているのを見て、クロたちも参加する。
粘土を渡し、皆で岩を積み上げ、固めていく。
下が終われば泳いでどんどん上へ、気づけばあっという間に半分程が終わっていた。
「楽しいにゃ!」
手を泥まみれにさせながら、クロが言う。
壁が肉球まみれになっているが……まぁ問題ないだろう。
工事現場でコンクリの上を猫が歩いて、足形が出来ていたのをなんとなく思い出した。
「む、何か騒がしいのだ」
ふと、雪だるまが呟いた。
言われてみれば、あちこちから悲鳴のような声が聞こえるような気がする。
「おいみんな、アレを見るんだぜ!」
カイルが指差した先、町の外側から巨大なクジラが近づいているのが見える。
デカい! サメやカニもデカかったが、それよりも遥かに大きいぞ。
「みなさーん! クジラが接近中でーす! 危ないですので、すぐに中へお入りくださーい!」
下の方で店主が声を張り上げている。
あのクジラ、こちらに向かってきているぞ。
「にゃ、危ないにゃ!?」
「このままではぶつかるのだ!」
クジラは建物を破壊しながら、近づいてきている。
せっかく修繕した建物にぶつかってしまう。
「クロ、あいつを追っ払えるか!?」
「無理だにゃ! デカすぎにゃ!」
くっ、流石にアレは無理か。
諦めて避難するしかない。そう思った時である。
「クロ殿、自分たちも協力するのだ」
「そうだぜクロっち、力を合わせれば追い払うくらい出来るかもしれねぇぜ」
雪だるまとカイルがクロに並び立つ。
「みんな……にゃ! やってやるにゃ!」
そう言ってクロが毛を逆立て、目に見えるほどの魔力を練りこむ。
俺が見てわかるほどのすごい魔力だ。クジラの周囲に魔力の檻が出現し、閉じ込めた。
一瞬、動きが止まるが、暴れるクジラによりミシミシと軋む音が聞こえてくる。
まずい、今にも壊れそうだ。
「カイル殿、自分を背負って欲しいのだ!」
「あいよ! 任せときな!」
雪だるまがカイルの背に飛び乗り、高速で突っ込んでいく。
そして構える雪だるま。手にした氷の剣がどんどん巨大化していく。
うわっ、さむっ! かなり離れているのに水温が低くなってきた気がする。
雪だるまの周りにはいつの間には流氷が渦巻いていた。
「氷刃巨刀流――『流氷牙』!」
斬撃一閃、流氷と共に振り下ろされた氷の刃がクジラへと命中する。
どごおおおおおん! と爆音を上げ、振動がこちらまで伝わってくる。
すさまじい衝撃で吹き飛んだクジラの身体には、うっすらと凍傷が刻まれていた。
「グォォォォォォォ!?」
悲鳴を上げ、慌てて泳ぎ去っていくクジラ。
倒すには至らなかったが、追い払うには成功したようだ。
「すごいぞ雪だるま!」
「自分だけの力ではないのだ。カイル殿が水流を操り、クロ殿がそれを補助したからこそ、自分が集中出来たのだ」
二人をフォローする雪だるま。大人だ。
「もちろんそうだ。二人もやるな!」
「にゃ!」
「へっ、役に立てたなら嬉しいぜ」
俺の言葉に三人は嬉しそうにしている。
ともあれ、建物が壊れずに済んでよかったな。
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